3・心の在り処






よく、

このまま時が止まってしまえば良いのにと思う事がある。




芙蓉◆





前局長が去って数年、

雨の強い日の午後の事だった。

流魂街からずぶ濡れで帰ってきた涅局長が

その腕の中で眠るあの子を差し出してきた時

”ああ、とうとう俺の上司は人攫いまで始めちまったんだ。”

と、冷や汗を浮かべたものだ。



――「どうしたんスか、その子供。」

――「ちょっとネ。拾い物だよ。」

――「拾い物って…;」


ずぶ濡れの手から手渡された意識の無い幼子を、とりあえず着ていた白衣で包むと、局長を疑心の目で訴えた。
弁解の意味なのかは知らないが”合法的に解決しているから、問題無いヨ。”とだけ伝え、局長は洗面台で崩れた化粧を落としだした。

普段あまり見ない局長の素顔は世辞にも垢抜けては無いが、やけに傷心しているような、慈しむような目でその幼女を見つめる。


――「この子は私の娘にするヨ。」

――「え。」


思っても見なかった言葉に、詰まった声が出てしまう。


――「何か、才能でもあるんスか?」


(俺みたいに。)


自意識過剰とは言わせない。
自分は突出した頭脳がある。


――「そんなもの無いヨ。」

――「だったら何を―…」

――「お前、秘書は欲しくないかネ?」

――「!」


企んだような笑み。
自分は局長のこの笑顔が苦手だ。(もちろん科学者として尊敬はしているが。)
寒さで震える少女の抱く腕を無意識に力ませた。


――「科学者じゃあ無いんだ、研究も実験も一切させるつもりは無いヨ。」

――「……。」



有り得ない。


――「外部との接触も好ましくないネエ。」

――「……。」



まさか、この俺が。



――「それでも、お前がその子の技局に居る間私の代わりに教育するのであれば”秘書”としてくれてやら無い事もないヨ。」



局長は、俺が断れない事を知って言っているんだ。


ああ、だから副隊長を差し置いて、こんな姿でまっ先に俺の所に来た訳か…


唖然とするこの状況の俺に、金色の瞳はグルリと回りその端を楽しげに歪めトドメに言った。



――「もちろん、所有権は私のモノだがネ。」



職権乱用。

初めは理不尽な人事異動の何ものでもなかった。






アレから数十年。

局内で囲いに囲って育てた幼女はいつの間にか

初心であどけなさを残す少女になった。



自分も局長も随分、変わったと思う。
















「何だ、まだ居たのか。」


破面の薬品投与の確認を済ませた阿近が研究室に戻ると、机に座って資料をまとめるぷらすの姿があった。


「昨日も徹夜してんだ、今日は涅局長も戻ってる事だしさっさと帰れって言っただろ。」

「うん…でも、気になったから。それにやる事もあったし。」

「…?」


先ほどの破面の言葉を受けて、落ち込んだ様子かと思いきやぷらすは意外にも普段と変わらずにしていた。
少女は机の花瓶に一輪挿しされた蕾に手を添える。


「芙蓉の花か?」


今にも咲き出しそうに膨れ刹那の美しさを纏った芙蓉の蕾。


芙蓉の花は一日花。
通常の物は朝に淡紅色の花弁を開花し夕刻に従って萎れてしまう。
何故だか技局の庭には初夏になると決まってこの花に溢れていた。


「うん、明日の朝には咲きそうだなと思って。鵯州さんがね、一緒に探してくれたんだよ!」

「へーえ…。」


ぷらすの頬の横には土で汚れた跡が付いていた。
余りに無防備な笑顔に無性に阿近は胸の奥が掻き立てられる。


(鵯州、相変わらずぷらすには甘ぇな…。)


幼い頃からここに居る少女は父親があんな外見だからか、変わり者揃いの技局の死神にも動じない。
阿近と同じく古株の鵯州にとって初対面から自分を見ても泣かずに笑顔で話しかけてきたぷらすは、当時かなりの衝撃を受けたらしい。
以来、普段は壺府やメガネ少女にはキツい彼もぷらすにだけはめっぽう弱いのだった。


(大方、ぷらすが一人で庭弄くってんの見てて放っとけなくなったな。馬鹿なヤツ…。)


溜息と共に、二人の姿を想像すると口先が上がる。
他人のことは言えない。
もし鵯州と同じ状況に自分も直面したら…多分同じ事をしただろうから。

阿近は誤魔化すように二・三咳払いをしながら言った。


「…悪いが、芙蓉の花は嫌いなんだ。」


阿近は飲みかけの冷えたコーヒーを含む。
実験と称して幾つもの命を代償に知識を培ってきた自分にとって、芙蓉の持つ清らかで儚い姿は嫌いと言うより…むしろ苦手と言った方が正しい。



「知ってるよ。でも大丈夫、ここには置かないから。」

「あ?」


「”彼”の治療室の窓からは何も見えないと思って…。」

「……。」


蕾を愛しげに撫でるぷらす。



「……。ぷらす、思ったんだが―…」

「やめないよ。」

「!」



凛とした通る声だった。


「私、やめないよ。お父さんの役に立ちたい…それに、」

「……。」

「あの破面の事を放っておけない。」

「…放っておけない?」

「あの破面は…なんだか、阿近さんに似てる感じがする。」

「なんだそりゃ?俺は鬼と呼ばれた事はあるが破面と言われた事はねーぞ。」

「もう、そうじゃないよ。とりあえず、私はやめる気は無いから。」

「……。」


意外な言葉に阿近は腕を組んだ。
先ほど見た限りでは破面はぷらすに一切心を開いておらず、更に言ってしまえば邪険にしている。

ぷらすの鋭さのある強い眼差しは案外、涅局長に似てきている気がするな…などと暢気な事が頭を掠める。


「ったく、心配して言ってやってるのに。頑固なトコは本当涅局長に似てるよな。」

「ごめん。」

「一応褒め言葉だぜ?おら、こっち来いよ。」

「?…わわ…っ!」


少し強く引っ張って腰掛けていた自分の膝に乗せる。
向かい合うようにして頬に付いた泥を拭ってやった。


「あれ?まだ付いてた?」

「お前も一応女なんだからちゃんと鏡見ろよ。」

「酷い、阿近さん。そんなんだからみんな怖がるんだよ。」

「ああ?」


若干声を落として言ってみたものの、根っこから自分を信頼しきっているぷらすにそんなものは通用するわけも無い。


「”技局の鬼”だなんて、阿近さんらしくないあだ名。私、昔から好きじゃない。阿近さんは全然怖くないのに。」

「……。お前なぁ、それは…」



”お前の前だからだよ。”



そう、つい言ってしまいそうになる自分を静止してぷらすの頬を撫で続ける。


「…ひよっこが。大人の心配なんぞ百年早ぇっての。」



あの雨の日から数十年。

新米として受け入れられていた彼女はいつの間にか業務歴では中堅の部類になってきた。
成長によって容姿が変化するにつれ、自分と彼女の関係を見る周囲の目も大分変わってきている事に薄々(いや、かなり)感づいてきてはいる。



「くすぐったい。」

「ベビースキン。おじさんに少し楽しませろよ。」

「…また、子ども扱い…。」

「……。」


口ではそういいながらも特に抵抗しない少女を観察するようにしげしげ眺め肌の感触を楽しむ。



白く水分量の多い肌はヤニと不摂生まっしぐらの自分のモノとは張りと滑らかさが全く違う。
頬を染める紅の色合いはまるで、芙蓉の花を思わせた。



「あーこんさん?」

「……。」


芙蓉と少女。
両者は非常に良く似ている。



(花って言うか…まだ蕾だな。)


明日にでも咲き出しそうな、
少女と大人の女の狭間にある刹那の蕾。


この蕾を、自分はたまに衝動的に摘み上げてしまうのではないかと冷や冷やする事がある。
今のうちに摘み取って自分の色に花開かせる事ができたなら、と日陰の自分の囁きに何度耐えてきた事か。


耐えるのは苦ではない。

ゾクゾクとする魅力と危うさに、

自分はいつから好んで翻弄されているのだろうか?



その度に思うのだ、

このまま時が止まってしまえば

どんなに幸せだろうと。




両思いより片思いだなんて、思春期の女子じゃあるまいしと自分でも自覚はある。


しかし、所詮自分も科学者。
結局は美しく開花させた花弁より、花開く前の青い蕾に未知数の期待と幸せを感じるのだ。


(だから案外…局長の教育方針に賛成なんだよな…。)


外部との接触は極力避けて、いつだって自分の傍に囲って。

ドロドロの愛情で育てていく。

そうして、いつまでも摘まずに楽しみを後回しにすることで、何となく…時間と言う概念に目を背けてきた。



「昔はよくこうしてやってたっけかな。」


頬に触れた指先を、藍掛かった黒髪に通すと短く切りそろえられた絹糸がサラリと揺れる。


「ん…そうだね。」


幼かった少女はどこまでも純真無垢で甘えたで、誰かれ構わず技局の人間に愛想を振りまき愛されてきた。


「局長が知ったら何て言われっかな。」


いつ、あの危険な上司に毒を盛られてもおかしくない、そんな綱渡りな事をしてきた。
それでも毒を盛られず生きているという事は、案外あの白塗りの科学者は全て知った上で”だからと言って決定打を打てるような器ではない”と泳がされているのかもしれない。


自傷気味に笑っていると、ぷらすは何を思ったのかとんでもない事を口にする。


「でも、お父さんやネムちゃんもたまにやってくれるよ。」

「あ?;」


甘くて柔らかい空気に亀裂が入った事は言うまででもない。


「局長が…?;」


あの局長が一体どんな顔をしてぷらすの頭を撫でているのか…想像するだけで阿近はゾッとした。


「たまにだけどね!お風呂とかで…」

「風呂!?;」


撫でていた髪をグシャリと掻き乱す。



「痛っ!?…もう!;阿近さんってば髪の毛!;やめて!;離れるよ!!」

「それは…お前、もちろんネム副隊長とだよな?;」


子猫が膝の上から逃げ出す様に、自分から離れたぷらすは頭を直し帰り支度を始める。


「うん、大体そうだよ。」

「”大体”…;」

「でも、最近は入ってないから!…もしかして阿近さん一緒に入りたい?」


斜めに顔を傾けた少女が上目で自分を誘うと、思わず吹き出す。


「ば…っ!!!;アホか!誰が!」

「そう?じゃあ阿近さんまた明日ね。」


手を振って去っていく少女の笑顔は恐ろしいほどに清らか。


「……。」


外部との接触を極端に避けゲテモノ揃いの環境で育てたせいで、恋愛やそれ以上のことなど露程も知らずに育った一輪花。


一瞬だけ、自分の背中を流す姿を想像してしまったのは言うまでもないが、鉄の理性が強制終了をかけた。


「…性教育かぁ……。」


男手一つ(正確には局長もいるので二つ)で育ててきたが、そろそろ貞操観念と言うものを教えさせるべきかと打ちひしがれ、ガシガシと後頭部を痛いほど掻く。

ネム副隊長に任せるのが適任かと思いつつも、そうしたらそうしたで余計な事まで叩き込まれてしまいそうな予感がして…やめた。




置き去りにされた芙蓉に目を向ける。



――「あの破面は…なんだか、阿近さんに似てる感じがする。」


「……。」




今にも咲き出しそうに膨らむ蕾の青さと

少女のあの横顔に


少しだけ、

胸騒ぎがしていた。




***






――「心とは何だ…?」




掌にあるものを

ようやく掴みかけて

灰に散った。


お前には必要なかろうと

まるで神が細工をしたかのように。



見つけて逃して、

そしてまた

うつつに蘇った。



神が下した、

これが天罰?




「まるで地獄だ。」




白い天井。

ベッドに横たわる日々、思うように動かない体。

渇望に似た喉の渇き、削られていく気力の灯火。

このまま静かに朽ちて行けたらと

何も考えまいとすればする程に

浮かんでは消えるあの少女の笑顔。



「……っ。」



こんな事は初めてだった。



虚無を望む自分の中に嫌でも現れる

あの笑顔に

酷く苛立っていた。



(奇妙な女だった…。)



自分と馴れ合いたいなどと言う死神など今まで見たことが無かった。

同胞と位置付けた破面達ですら、精神的な繋がりなど求めたことも求められた事もなかった。




そんな自分に”仲良くなりたい。”などと口にした。




ヘラヘラと笑った一見安っぽい笑顔は裏を返せば屈託の無い、素直な、自然な表情。

まるで赤子が母親の前でのみ見せる、無防備な笑顔。

それを警戒心無く、自分に惜しげもなく見せてくる。



だからこそ、苛立つ。




(下らない…、もう過ぎた事だ。)



あの少女はもう二度と自分の前には現れないだろう。

自分がそう仕向けたのだから。

治療薬の効果とは裏腹に、生への執着を極端に無くしたウルキオラの回復は横ばい…否、下り坂。





「もう、見たくない。」




再び目を閉じて全て終わらせたい。

そう、視界を窓から闇に変えた瞬間だった。






「おはようございます。朝の投薬の時間です。」

「―――!」


二度と現れないと思っていた笑顔が朝日と共に降って湧く。

姿を目で追う数秒硬直した。


「…お前、俺の話を聞いていなかったのか。」


霊圧があればおそらく膝を付かせるほどの凄みを利かせて放った言葉。

しかしウルキオラの予想に反して少女の表情を歪めるきっかけにはならず、朝露のような輝きの笑顔を携えて淡紅色の花の刺さった花瓶を手にぷらすは言った。


「聞いてました。でも、私やめませんよ。」

「…っ。」


ウルキオラは何も応えなかった。
ぷらすはトレイに手付かずで置かれたままになっている昨晩の夕食を見て言った。


「…涅局長から聞きました。ウルキオラさん、今のアナタには食事からの栄養補給が必要だそうです。食欲は湧きませんか?」

「……。」

「食事の内容が気に食わないんですか?このままでは、せっかく回復しつつある体が―「知った事か。」…。」


低く、何者も寄付けない冷たい声。


「元より、灰に散ったはずの体だ。このまま死ぬのであればそれで良い。」

「……。」


再び口を開かなくなったウルキオラにぷらすは息を吐くと注射の準備を始める。


「右の腕、出していただきますね。」

「……。」


先日と同様に注射針を刺す彼女の指先をウルキオラは黙って見ていた。
注射を終えるとぷらすはニッコリと微笑んむ。


「そうだ!あの、コレ…ここの窓からじゃ空しか見えないと思いまして、お花持ってきたんです。一日花なんですけど…毎日取り替えに―…」


パリン!


「あっ。」

「無駄な事はしなくて良いという意味が解らないのか?」

「……。」


弾き飛ばされ床に散った花瓶の破片と芙蓉の花。



「俺は破面だ。死神ではない。」

「……。」



冷くぷらすを睨む。
少女の表情は、物悲しげに変わる。


「確かに…私とアナタは違います…っ。でも、それは死神同士だって…一緒です。」

「ならば…お前達の同族を殺したこの俺に、ここで慣れ親しめとでも言うのか?」

「…そこまでは…けど…」



ぷらすは割れたガラスの破片を摘む。



「私達死神は、アナタ達の事を深く知りたいと思ってはいけないのでしょうか?」



柔らかさの中にも凛とした一本の直線が入った空気だった。



「だって、私達もアナタの仲間を殺したのに。」

「…―!」



ガッ…!!


白い指先が少女の細い首に伸びて食い込む。



「俺の事を深く知りたいというならば、教えてやろう。」

「…く…っ…;」



貫くような翡翠の瞳。



「俺達破面はお前が意味する”仲間”など存在しない。」

「……。」

「群れはあっても仲間は無い。あるのは殺戮本能と背負わされた大罪故の渇望。」

「たい…ざい…?;」

「虚無、感じ得ぬ心。それが俺の大罪。」

「……。」





掌にあるものを

ようやく掴みかけて

灰に散った。






「俺には心など無い。」





お前には必要なかろうと

まるで神が細工をしたかのように。




「そんな化け物を、お前は目の前にしている。」




ギリギリと力をこめて、白い首を朱に染めていく。




「俺を、恐れろ。」




”これ以上、近付くな。”


「……。」

「……。」



眼光のままに

弱みを見せればそのまま切り裂く構えだった。

しかし、



「…やっぱり…放っておけない。」

「……!」


少女は絶望を顔にするどころか笑顔を見せる。



「心が、無い…なんて…っ…そんなはず無い。」

「何を…っ」



「だったら…っ」



大きく揺れ動いたのは彼女ではなく自分の瞳だった。



「だったら何で…私の事、”気に食わない”なんて言えたんですか…っ?。」

「……っ!」




苦しげに顔を歪めながら微笑む少女。

凛とした美しさに一瞬吸い込まれるような感覚に陥った。


絡み合う二つの視線。

ウルキオラはやがて締め上げていた指の力を解いた。


「ケホケホ…ッ!!;」

「……下らん。この俺に心があると言いたいのか?」


この手の中にありながらも最期まで掴む事のできなかった、心が。


「…有り、ますよ。当たり前じゃないですか。」

「……馬鹿なことを。」

「馬鹿じゃ有りません。」

「無用な情けなどいらない。」

「情けじゃ有りません。」

「放っておけといっているんだ。」

「放っておけません。」

「……。」



「ウルキオラさんには心があります。確かにココに。」



胸に手を当てぷらすは笑った。



「……。」

(何故…。)



疑いもせず、恐れもせず、探りもせず、彼女はただ当たり前の様に自分という固体の本質を感じ取ったままに暴いていく。



「お前の望みは何だ?」

「え?……。」


窓の外を向いたウルキオラに呼吸を整えたぷらすは床に散った芙蓉を拾うと差し出した。


「生きてください、ウルキオラさん。」

「……。」


手渡された淡紅色の花弁。
全てを浄化するその純粋な微笑みに、埋められたはずの胸の風穴の場所がチリチリと痛む。




(そうか、だから俺は…)




自分が今まで苛立ちと感じてきたソレは

彼女の清らかさに、自分の”何か”が洗われて行く感覚だったのか。



(洗われ、全てを拭った後…このまがい物の胸に何かが残るとでも言うのか…?)



有り得るのだろうか。

虚無を背負った自分に、

こんな生温い感情。



「…面白い。」


「ウルキオラさん?」




芙蓉に顔を寄せ、大きく息を吸い込んだ。



「ウルキオラで良い、敬語も要らん。…ぷらす。」

「――!!」


翡翠の瞳が真っ直ぐと少女を見つめた。

その瞳が余りにも美しく儚げで

淡紅色より更に紅く、

ぷらすの頬は見る見る染まる。



「な、何…っ?;」


何故鼓動が大きくなるのか解らぬままにぷらすは聞く、ウルキオラは言った。



「……腹が減った。」

「え?;」



ガックリと、コレも何故だか肩が落ちる。



「お…お腹??;」

「腹が減ったと言っているんだ。何かよこせ。」

「…。;」


唖然と静止した少女に、ウルキオラは目を伏せ息を吐く。


「お前は俺を、生かしたいんだろう?」

「……!」


挑戦的な言葉には以前の様な棘は無い。


「うん!すぐ、準備する!」



キラキラとした笑顔でぷらすは頷き部屋を出た。




***




「あー…やべえ、やっちまった。」


調合に失敗してしまった何色とも言い難い薬品の試験管を見て阿近は小さく呟いた。


――「どうしたの?阿近さん。」


こういう時、大抵後ろに居る少女がそう声をかけてくるのだが今はそれも無い。



「……。」


誰も居ない実験室は集中できるが、どこかそれでは物足りなくなっている自分にこう言う時思い知らされる。


(アイツ、破面のトコ行ったきり戻ってこねーな。)


白衣のポケットから出したタバコ。
ココで火を付けてしまおうかとも思ったがやはりそうも出来ずに廊下へ出た。

火の灯らないタバコを口に咥えたまま中庭に足を進める。


(……。)


朝の薬品投与の時間からもう随分と時間が経っていた。
何か無い限り、ぷらすは戻っても良い頃だ。


何か無い限りは。


「…だあー…っ、くそ!」


中庭のあるはずの角を曲がらず、彼女が居る治療室へ向かう。


何も無ければ良い。

でも、もし昨日のような危険な目に彼女があっていたら…。



「ぷらす?」


ノックもしないまま扉を開いた時、彼女の藍掛かった髪が目の前で揺れた。



「あ、阿近さん!」

「ぷらす…。」


笑顔で顔を上げた少女に安堵し、そして一瞬目が留まる。


「…食事?」


ぷらすの手には空になった食器のトレイ。
自分の指摘に嬉しそうに頬を染めて言う。


「うん、ウルキオラがね食べてくれたの。」



”ウルキオラ。”



破面の名を初めて口にしたぷらすに、些か驚く。
扉越しに部屋の奥のベッドで窓辺に飾られた芙蓉とそれを眺めるようにして背を向ける黒髪の破面を見た。


「私ね、やっぱり彼のこと放っておけないみたい。」

「……。」


破面に聞こえない程の小声で耳打ちする。



「だって…」



それは今まで自分の傍らに居て見せていたどの笑顔よりも…



「やっぱりウルキオラは、阿近さんみたいに不器用なだけだから。」



美しい、

”女の”笑顔で。



「――…っ。」




よく、

このまま時が止まってしまえば良いと思う事がある。

彼女に出会って数十年、ずっと自分は願ってきた。


あどけない少女は夜明け前の芙蓉の蕾。



蕾はいつまでも青いまま、

朝は一向に訪れずに。






そんなこと

科学者の自分が一番

無理だと解っていたはずなのに。





-------

出来が悪いうえにダラダラでスイマセン。
次回からウルキオラさんちゃんと絡んできます。

2012.03.02up

戻る
- 6 -


[*前] | [次#]
ページ:

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -