2・塞ぐ者




昔、

感じ得ぬ心に

風孔を空けた日。


終わりの無い

始まりの風が

その孔を

突き抜けた日。



芙蓉◆



朝日は完全に昇り、第四研究室から手近な処置室へ移動するとぷらすはマユリに資料を渡される。


「簡単なことだヨ。一日数回決まった薬剤を決まった分量投与し、あとはヤツの身の回りの世話をする。リハビリや経過観察は私や阿近がするからお前は気にすることは無い。」

「はい。」

「…、期待しているヨ。」

「…!!はい!」


未だに眠り続ける破面の青年を前に、ぷらすは問う。



「あの、おとう…っ局長。」

「なんだネ。」

「彼は…、完治したらどうなるのですか?」

「……。私は医者じゃないんだ。披検体を治すことが目的ではないヨ、治すまでの過程で得られる破面の生態に興味があるだけダ。」

「つまり…?」

「フン…用が済めばその後は私の知った事ではない、虚圏にでも何でも帰っていただくヨ。」

「そうですか…。」


いかにも父らしい答えにぷらすは納得し頷くとマユリは”では後は頼んだヨ。”と処置室を後にした。

次の薬品の投与までの時間を考えると、阿近の待つ研究室まで戻るのも億劫だとひとまずベッドの隣の椅子に腰掛け彼が目覚めるのを待つことにした。


(ウルキオラ・シファー…)


パラパラと捲った資料はマユリの文字で細かに記された”説明書”だった。
破面である彼の名前や簡単な現在の容態情報、そして彼に投与する薬品名。


(キレイな翡翠色だった…。)


資料に一通り目を通して、ぷらすは思い出して天に息を吐く。


一瞬だけ見えた彼の瞳は自分の聞いていた”破面”のイメージを払拭するほど美しく繊細に見えた。
肌の色は色白と言われるぷらすとはまた比べ物にならない程、生を感じさせない絶対的な純白。
それとは対照的な漆黒の髪は他を寄付けない深い闇を思わせた。

総合して、ぷらすが初めて見た破面はつまり今瞳を閉じているのが残念だと思うほど美しい美青年だったのだ。


(どんな人なんだろう?)


この人物は、どのような声で話し、どのような表情で笑うのか…ぷらすは単純に興味があった。
霊圧の無い今の彼ならばぷらすに危害を加えることは非常に少ない。
だからこそマユリもこの仕事を任せたのだと思う。
昨日までは局員たちの噂でしか聞いた事の無かった破面が今こうして目の前で横たわっているのは凄く不思議な感覚だった。


「……ん…っ」

「!」


今まで規則的に呼吸をしてた彼が小さく声を漏らすとゆっくり瞳を開ける。


「気が、付きましたか?」

「……。」


お互い見詰め合って一瞬停止すると、最初に動き出したのはぷらすだった。


「あの…、先ほどもお話させてもらいましたが完治して虚圏に帰られるまでお世話させていただくことになりました、涅ぷらすと申します。」

「……。」


(…あれ…?)

「くっ、薬…打ちますね!」


初めて見た時と同様に翡翠は一切の濁りの無く美しく、思わず見惚れていが我に返って薬品を注射器に移し、特注の針で彼の右腕に刺した。

聞いていた通り、破面の肌は酷く固く普段から余り注射に慣れていないぷらすは四苦八苦しながら薬品を彼の左腕に打つ。


(痛かったらどうしよう…)


そう頭を掠めたが、彼の表情はピクリと動かない。


「終わりました。…肌、本当に凄く固いんですね。見た目は私たちと何も変わらないのに…驚きました。」

「……。」


一向に返答の無い彼にぷらすは何か話題はと浮かんだ言葉を笑顔で口にする。


「あの、喉とか渇いてないですか?お腹は――…」

「少し、黙っていられないのか?」


合わせることの無い冷たい視線。
なのに、言葉はぐさりとぷらすの胸を貫いた。


「っ;す、すいません…;」

「……。」

「……。」

「……。」


(どうしよう…もう、戻ろうかな、やることもないし。)


もし良かったら、食事を取ってもらおうかと思っていただけに手持ち無沙汰な自分を嘆く。


(こんなとき、お父さんや阿近さんだったら容態の事とか色々聞けるのに…。)


色々、聞ける事はあるのかもしれない。

でも、その色々が自分には…解らない。

何故なら自分の任務外だから。


「あの、その…私……っ。」

「……。」





「……、も…戻りますね…。」








苦笑いをした少女が扉を閉めると、ウルキオラは左腕に残る違和感に拳を握っては開いた。


「……。」


次に立ち上がると、先ほどではなかったが少しの眩暈に一瞬ふらつくも備え付けの洗面台の前に立つ。



”肌、本当に凄く固いんですね。見た目は私たちと何も変わらないのに…驚きました。”




漆黒の黒い髪は額からかき上げ梳くとさらりと靡く…

首元に触れ、鎖骨の間の皮膚をなぞる様に確かめる。



鏡に映る自分に翡翠の瞳が揺れていた。




「……どう言う事だ…。」




そこに写っていたのは


ある筈の”欠片”が失われ


突き抜ける筈の”孔”が塞がれた


”奴等”に酷く似ついた


自分の姿だった。





***




研究室に戻ったぷらすは、背を向けて作業する阿近に目もくれることなく自分の席に着くとたちまち机に突っ伏した。


「ふあ〜…っ、緊張した。」

(結局何も喋れなかったなあ…。)


初めて父から命じられた任務に自分は舞い上がっていた。
父の期待に応えたいのと、どこか自分を惹きつける瞳の彼の事を知りたくなったのとで出すぎた真似をした。


「結果、黙られちゃった…。」


当たり前だろう。
ついこの前まで敵だった死神たちの世界に突然連れてこられたのだから。
だから尚更彼の心境を知って”世話役”として彼の希望などに応えてやりたいとも思ったのだが…(結果それがマユリへの貢献に繋がる訳でも有るし。)


「ぷらす。」

「阿近さん、ごめんなさい。実験の邪魔しちゃった?」

「いや…。」


怪しく紫に光る液体を入れたフラスコを持ったまま阿近は少し考えたように口を開く。


「…大丈夫だったか?」

「え?」

「だから、破面に会ってきたんだろ?大丈夫だったのか。」

「あ、うん。注射はちゃんと打てたよ!…少し痛かったかもしれないけど…。」


気がかりなのは彼の左腕もだ。


「そうじゃなくって…っだ〜、まあ何事も無かったなら良い。」

「??」


乱暴に頭を掻き毟った阿近はチッと小さく舌打ちするとまたフラスコに集中した。



「……仕事初めて依頼されたんだろ?良かったな。」


背を向けたままの阿近の口調は表情を見せない分更に優しく感じる。


「うん。私お父さんの力になれるように頑張りたい!」

「そっかよ…。」


本当は、俺の役に立つように日々働いて欲しいんだけどなぁ。

と自分の秘書である彼女に複雑な旨の内を呟きたい所だが、あえて呑み込んだ。
阿近もそれだけ彼女が今回の依頼を喜んでいるのが解るから。


「頑張れよ。何かあったら俺に言え。」

「うん!」

「……。」


阿近の励ましにぷらすは少し元気を取り戻すと、いつも通りの空間でいつも通りの作業に投じた。


(次こそは、頑張るぞ!)





***





時を感じる速さとは皆ひとりひとり違うものだ。

集中していたり楽しい事があればそれだけ時間は早く流れ、逆に緊張していたり悲しい事があれば時間は遅く流れたように感じる。



――「それは相対性理論っつーんだよ。」



以前、この事を阿近に話したとき彼は少し悪戯気にそう答えた。



――「例えば俺ら二人はいつも空間を共有して一日仕事をしてる。でも、お前と俺ではその一日の長さは違って感じてるんだ。」



背中合わせに手を伸ばせば届く距離で設置された机。
余り広くないこの部屋特有の配置は彼が研究者故に一般業務の自分がその”集中”を妨げないために考え出されたものだ。
最初からそう決まっていたわけではない。
長年連れ添って仕事をしていくうちに自然とこのような形になった。

小川を流れてきた小石がやがて丸みを帯びていくように、それは二人にとって”最善で最短な距離感”だった。


そんな距離感を持ってしても、流れる時の速度は違うだなんて何だか不思議な気がした。


そしてぷらすにとってこの空間にいる時の速度は、忙しい中にも陽だまりの様な温かさを醸す”最適な速度”だった。





溶けるような夕日の橙に部屋が染まった頃。



「…――あ!もうこんな時間!!」



静寂を打ち消すと共に、書きかけの書類をまとめるとぷらすは慌てて薬品棚から二・三薬品を取り出す。



「何だ、もう時間か。」


掛け時計の時間を見ながら阿近は悠長に薬品の分量を量り続ける。
残業も徹夜も当たり前の技局では夕方なんて一日にこなす仕事量の七合目の頃合い時間だ。


「私、破面のところへ行って来くる!」

「ああ。」


注射器に消毒液、ガーゼと一通りトレイに乗せぷらすは慌しく研究室を後にした。

一人になった阿近がまた別の薬品の分量を量ろうとしたとき、床に落ちていたカプセル型の薬の小瓶が目に入る。


「アイツ、忘れていきやがった…。」


全く、そそっかしいヤツだ。
と、危なっかしい娘を思う父親に似た心境に駆られた阿近は、次の薬品の分量だけ量り終えたら渡しに行こうと小瓶を白衣のポケットにしまった。




***




「こんばんわ、夕方のお薬をお持ちしました。」


溶け落ちてしまった太陽のせいで暗くなった部屋に光を灯すと、ベッドの上には先ほど別れた時とほぼ変わらない体制のままのウルキオラが横たわっていた。


「さっきは左手だったので、右腕を良いですか?」


どぎまぎと述べるぷらすに、ウルキオラは返答をするでも無ければ頷くでも無くただ右腕を差し出す。

固い肌に注射針を刺すと、薬品は彼の中に消えてゆく。


「あの、注射痛くないですか?」

「……別に。」

「本当!?」


初めて返答してくれたウルキオラにぷらすは少しだけ顔を綻ばす。


「私、実はあまりこういった処置の経験が無くて…元々人員が少ない所なので申し訳ないんですが完治するまでは私が定期的なお薬やお食事の面倒は見ますので何でも言ってくださいね。」

「……。」


やはり一向に目を合わせてくれる気はなさそうだった。
ウルキオラは窓から見える技局の庭を向くとそれらの言葉を流す。


「お腹はすいていませんか?霊圧は戻っていないようですけど、もし空腹感があったら言ってください。」


ニコニコと続けるぷらすは、せめてお水でもとコップに飲料水を注ぎいれて彼の前に差し出した。


「何故。」

「?」


窓に向かったままの翡翠は闇夜に同化し昼間見たときよりも少し暗い。


「何故、そんなにへらへらと笑っていられる?」


意外な質問に言葉をつまらせた。


「…えっと…。」


コップを差し出した手の行き場は無く、ぷらすはそれをトレイに乗せ直す。


「?…なんででしょう?;あんまり深く考えた事ないです。」


思い返してみたが、笑顔の理由なんていちいち考えた事もなかった。


「でも、せっかくだしウルキオラさんとは仲良く慣れたら良いなって思ったんです。」


その言葉に、彼の眉間に一瞬皺がよった。


「仲良くしたいだと?」

「はい、ダメですか?」


キョトンとしたまま聞き返すぷらすに、ウルキオラは短く息を吐く。

そして、初めて正面から彼に向きなおされた。



「お前、本当に死神なのか?」

「え…?」



向いてほしかった翡翠の瞳はかすかな殺気をもって自分を射止める。

すっと白く長い指先に額を指差された。



「俺は、お前達死神を何人も殺した。」

「…――っ!;」



ゴクリとぷらすは生唾を飲む。




「その俺と、お前は馴れ合いたいという意味か?」

「…そ、それは――…っ」



縫い付けられたように動かない足と視線に冷や汗が滲んだと時だ。


「おい、何してる!」

「あ、阿近さん!?;」

「……。」


現れた上司のおかげでぷらすはようやく視線を外す事ができた。
阿近は早足でぷらすに向かうと自分の後ろへ彼女をしまう。


まさに鬼の形相とでも言いようか。


角の生えた三白眼の瞳は、ウルキオラのそれに負けぬほど鋭い視線で彼に向いた。


「悪いが、うちの局員に変な真似してみろ。局長関係無しにお前を八つ裂きにしてやる。」

「ほう。仲間意識が高い事は隊長クラスの死神の特徴だと知ってはいたが、雑魚でもそれは同じか。」

「…テメ…ッ!」

「あ、阿近さん!;私何にもされてないよ!;」


割って入ったぷらすの顔を見て、阿近は小さく舌打ちしながらも強く握っていた拳を解いた。


「…雑魚として言っておくが、お前が今まで打った薬はすべて俺が開発した臨床実験にも掛けられてない新薬だ。」

「……。」


「助けられただとか運が良かっただとか思うなよ。生かされてるんだよ、お前は。」


「阿近さん!!」

「おら、行くぞぷらす!」


阿近はポケットにあった薬を一粒ベッドに置く。


「……一時間後に服用してるか確認しに来る。それまでに飲んでおけ。」


それだけ伝え、ぷらすの腕を引いて部屋の外へ向かった。


「……。」


二人が扉を潜る直前、目で追っていたウルキオラは言った。


「ならば男の方が俺の面倒を見ろ。」

「「!!」」


その言葉に動揺したのはぷらす。


「それならば女に対する心配も要らないだろう。それに…、」




閑古たる冷たさを模した瞳でぷらすを見つめ、ウルキオラは言った。




「お前の笑顔は、”気に食わない”。」






この孔を塞ごうとする者など

自分は

受け入れない。






-------

ウルキオラさん放置プレイからの言葉攻め…(←雰囲気台無し。)
ドS二人に取り合われるヒロインを描きたいです。
どちらが勝つのかはまだ内緒。(笑)

阿近さんの瞳の色って何色なんでしょうね?三白眼だけど良く見ると深い紅色とかだったら萌。


2012.02.20up

戻る
- 5 -


[*前] | [次#]
ページ:

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -