序章





闇に落ちた白砂は

ハラリと散って

元の黒い静寂に溶けていった。



所詮はお前もここが似合いなのだと

数多の手が伸び吸い込まれる中で

拒みもせず

恐れも浮かばず

これでまた

全てが無に戻ったのだと

安堵さえした。



そう



確かに

あの時、

俺は終わった。





そのはずだった。





芙蓉◆





伸びた数多の手を振りほどかんとする

幸福な夢から引き剥がされるような



酷く強引な衝撃。









「…ここは…。」






白く照らされた無影灯の中にウルキオラ・シファーは居た。

穏やかな眠りからの目覚めは不快感と共に、吸い込んだ空気を肺に入れると次の瞬間全ての五感が蘇った。



「オヤ…目覚めたようだネ。」



投げかけられた声は、取り戻しつつある意識を覚醒させる”音”。
姿を捉えると奇妙な男がニヤリと口先を上げて立っていた。


揺れ動く意識の狭間、白衣の隙間から覗く死覇装。



「……、死神か。」


十二番隊隊長にして、技術開発局局長の涅マユリがそこに居た。
不気味な白と黒の化粧の中、怪しく光る金目がグルリと動き翡翠の瞳を観察するように舐めまわす。


「ホウ、お前はやはり破面の中でも知能は上のようだネ、脳の機能は問題なさそうだヨ。」


”まあ、破面の知能レベルの解析などとうに済んでいるからさして興味もないがネ。”と続けたマユリが後ろにある薬品を取ろうと背を向けた瞬間、指先の感覚を取り戻したウルキオラはその首元を掴み後頭部に人差し指を付けて言った。






「何故、呼び戻した。」





ピタリと止まった二体の影。
しかし、すぐに予期せぬ一方の影が崩れ落ちる。



「モルモットは実験台の上から動くもんじゃあないヨ。」

「……っ!」


張り詰めた空気ごと切り裂くつもりが、血の巡り始めたウルキオラの体は恐ろしく気だるく膝から地に伏せる。


「無駄なことだヨ。霊圧まではまだ復元していない。今は空の入れ物も同じなのだヨ。」

「…はっ…何を…。」

「何をしたか?それはあの奇妙な力を持った人間の小娘に聞くんだネ。」


息を上げるウルキオラに、マユリは不機嫌そうに答える。


「小娘…。」


記憶を手繰り寄せれば、あの六花を添えた栗毛の女の顔が浮かんだ。


「消え去った粒子を集めて欠片でも復活させたあの女に、礼を言いたまえヨ。まあ欠片にするのが精一杯で後のことは全て私に託すしかなかったようだがネ。…おい!ネム、この男を手術台に戻すんだヨ!愚図ガ!!」


何処からとも無く現れた死覇装の女性・涅ネムに担がれると、元の無影灯の灯る手術台の上に乗せられ幾つもの針を刺された。


「全く、無駄に固い肌だネ。いちいち特注の物ばかりで面倒を増やすんじゃないヨ。」

「………礼など…。」

「ン?」



「俺が敵に命を助けられて、素直に喜ぶとでも思ったのか。」




酷く冷たい翡翠の視線は金眼を射抜く。



「フン…助けただと?随分と自分を過大評価しているようだネエ。」

「……。」


針を刺し終えたマユリは取り上げた薬品をチューブに繋げそこに接続する。
点滴の様に一定の規則で流れ落ちる雫を眺め、口を開いた。



「私にとってお前はただのサンプルなのだヨ。死のうが生きようが私の興味を満たせれば関係はない。他に虚圏で拾ったサンプルはどれも使い物にはならずに朽ちていったが、事象の拒絶を受けたお前は違ったようだネ。」

「…下衆が…。」

「クックック…皮肉にもお前を本心から助けたいと願ったあの小娘のせいでお前は私の実験体となる…恨むかね?あの栗毛の女を。」

「……。」




”恨む。”

そんな感情的なものなど

自分には最初から備わっているはずが無い。

ましてや一度消滅し、人造された肉体に。



ただ、目の前で厭らしく舌なめずりして笑うこの男には不快感が増したのは確かだった。




「マユリ様、ご準備が整いました。」

「チッ!解っているヨ!!馬鹿が、早くあの子をここに通したまエ!全くどちらも愚図で困るヨ!!」


罵倒の言葉にも眉一つ動かさず部屋を出て行ったネムに対し、言い足りなかったのかその後も二三文句を呟いたマユリ。
次の言葉に、ウルキオラは耳を疑った。


「私も暇ではないのでネ。お前が回復するまでの間、世話役に娘の一人を宛がう事にしたヨ。」

「娘だと…?」


聞き返した彼に、マユリは気にすることなく続ける。


「遺伝子上では異なるがネ。言っておくが彼女に探りを入れたところで他の情報が得られるなどと期待はしない方が言い。愛想と意欲はあるが無知で無能な子ダ。私に似ずネ。」


先ほどのネムに対する罵倒の仕方とはまた種類の違った言い回しに、どこか不自然さを覚える。


「…そんな無能な女一人で監視が務まると思われるとは、俺も落ちたものだな。女を人質に俺が逃げ出すことは考えないのか?」

「逃げる…ハテ、そんな想定は、私の中には存在しないヨ。」

「…どういう意味だ……。」




口端を上げたマユリの金眼はニンマリと三日月を作る、根拠の無い自信を模した表情にウルキオラの眉が歪んだ。




「せいぜい、霊圧と一緒にその”邪気”おも失わないことを祈るヨ。」

「それは…、…!」



張り詰めた空気に、どこか相応しくない気配を感じる。

手術台の足元にある扉が開くと、外気と共に一人の死神がそこに立っていた。
窓の無い処置室とは違い、廊下の窓から差し込める穏やかな日の光を纏ったシルエットはやはり少女ほどの小さな物だった。



(……、何だ…?)



ザワザワと感じる今までに味わったことの無い、空気への違和感。
そう感じながらも先ほど打たれた薬品の効果かは知らないが、突如として瞼が重くなると握った拳も緩んでゆく。



「オヤ、寝てしまうのかイ。破面も随分とやわな作りだネェ。」



こちらに気づいたマユリの愉快そうな耳障りな声。



「寝てしまう前に紹介するとしよう。…ぷらす。」

「はい。」

「……、…。」



忍び寄ってきた眠りを誘う、ヒタヒタと慎ましやかに響く足音。

自分の横に立ち頭を垂れた少女の黒い髪がさらりと揺れ、甘い香りが鼻をついた。



「……っ。」



朦朧とする意識の中、やがて顔を上げた少女に閉じかけた瞳は一瞬開く。





それはまるで

摘みあげたばかりの初心な生花






「初めまして、涅ぷらすと申します。」





”造花”の自分には相反する

美しい笑顔。








「以後、よろしくお願い致します。」





闇に落ちた白砂は

ハラリと散って

元の黒い静寂に溶けていった。



所詮はお前もここが似合いなのだと

数多の手が伸び吸い込まれる中で

拒みもせず

恐れも浮かばず

これでまた

全てが無に戻ったのだと

安堵さえした。



そう



確かに

あの時、

俺は終わった。





そのはずだった。






この笑顔に

出会うまでは…。






***

タイトルは”スイフヨウ”と読みます。

さくさく更新、さくさく完結を目指して。
まさかのウルキオラVS阿近中篇スタートです。

2012.02.13up

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