前編





かーごめ、かごめ

かーごの なかの とりは

いついつ であう

よあけのばんに

つーるとかーめが すーベった

うしろのしょうめん だあれ



不思議な歌が聞こえた。




■籠目の鳥■





ギエエエエエエ!!




おぞましい奇声。

同時に光る閃光。

”それ”は一瞬にして弾け飛ぶ。



血しぶきすら飛ばすことなく、白と黒のコントラストが晴天の空に揺れた。



一瞬にして美しく。

まるで何事も無かったかのように。

過去、自分が進化の過程で通った”種”を摘み取る。



その事実に何の迷いも、あるいは快感すらも感じない。


「……。」


閃光を発した指先で黒膣を開き中に入ると、閉まり行く扉から空を見上げた。



「蒼い…。」








感じぬ紅。

寄付けぬ白。

全てを目隠す黒。



それが自分の知るこの世の全て。







「ご苦労だったねウルキオラ。」


満足気な主の言葉。


「虚はご報告の通り錯乱と凶暴化しておりました。」

「ああ、やはりね。」


主である藍染惣右介が虚圏に現れてからまださほどたっていない頃。

尸魂界と虚圏を行き来する藍染達に変わって、ウルキオラは死神の目を掻い潜り任務を行っていた。


「ほんまに仕事が早いこと、ウルキオラ…やったっけ?さすがクワトロやね。」

「…。」


まだ主以外の死神とは面識が少ないウルキオラは市丸の言葉に黙ったままで居る。


「藍染様。」

「何だい?」

「今回の虚。ただ凶暴化しただけではなく本来持つ力以上に霊圧が増幅しているようにも思えました。」

「…君は、非常に賢い。」

「…。」


藍染は含んだような笑みでウルキオラを見ると、椅子の手すりに肘を突いていた腕を降ろす。


「実は最近、一部の上層部の死神の間で噂になっているんだ…。”虚が異常に力を増し凶暴化している地域がある”とね。」

「なんや〜その都市伝説みたいな噂。」


ウルキオラを始め、市丸・東仙らが怪訝な表情をした。


「原因は解らない。その地域の虚退治を請負っていた死神が連続して被害を受けているため、護廷十三隊も動く事になったらしいんだが…」

「面白いもんやね。パワースポットみたいなもんやろか?」


興味を引いたのか、市丸は言葉を弾ませた。


「何にせよ、虚の力を増幅させるという事は、破面にも良い影響があるかもしれない。まあ、そんなことはせずとも死神たちを陥れるのは容易だろうが…念のため調べて欲しい。」

「…解りました…。」


頭を下げるウルキオラに藍染は言った。


「ウルキオラ。」

「はい。」

「近々、私達は尸魂界で行動に出ようと思う。そうすれば時期に死神との全面対決となるだろう。」

「……。」


全面対決

そうなれば多くの命が犠牲になるだろう。


自分の命だって例外ではない。


ただ、だからといって恐怖も興奮も感じはしない。



「君の力を、期待しているよ。」

「はい。」



ウルキオラは再び頭を下げると死神たちに背を向け、部屋を出た。

唯一の破面である彼の居なくなった部屋で、裏切り者の死神三人はしばし沈黙する。


「…ウルキオラ・シファー…変わった子やね。せっかく可愛らしい顔しとんのに無表情でとっつきにくいわ〜。」


市丸の言葉に、藍染は笑みを浮かべた。


「破面は皆、大罪を背負い生まれてくると聞いている。彼の罪は虚無。」

「虚無…?」


珍しく市丸は笑顔を無くし真顔になる。


「一度は自我を無くし虚となった過去を持つ破面にとって、進化しても尚”何も感じない”と言うのは何とも皮肉なものかもれないね。」

「”何も感じない”ねえ…。なあ、藍染はん。」

「何だい。」


「一度死んだ魂を、輪廻の輪から外し大罪まで背負わせて再生させるなんて…神さんは一体あの子らに何の意味を与えたんやろか?」


「……。」



そう言うと市丸は、先ほどウルキオラが出て行った扉を静かに見つめた。



◇◇◇




意味など無い。

最初から

この戦いの先に見える全ても。

自分が

何者なのかさえも。







ただひたすらに白く長い廊下を抜け、やがて黒膣を開くとそこには本物の空が広がっていた。

先ほど虚を倒した辺りで再びウルキオラはぺスキスを集中させる。


「……ここではないか。」


主である藍染の言葉通りであるならば、少なくとも周囲の虚は異常に高い霊圧をしているはず。
しかし今のウルキオラのぺスキスで探る虚たちはどれも下級の者ばかり。

場所を移動しながらも死神たちに見つからないように、ウルキオラは宙を歩き出した。


足元には人間達の住まう町が広がり、その一つ一つを眺めながらもぺスキスを集中させていく。


道行く人間にも。

もちろん、その背後に迫る死した魂達にも。



「…下らない世界だな。」



自分からすれば刹那の時間、その中で意味も無く弱い者達が犇き生きているこの”世界”。


大きく白い建物の上空に差し掛かった。



キイイイイン…ッ



「…―っ!」



一瞬、頭の中にノイズのようなものが走る。


「…これは…?」



今までにクリアだったはずのぺスキスが鈍り、頭の中を掻き乱されるような感覚にウルキオラは額に手を当てふら付く足元を踏み止める。

先ほど自分が倒した異常な力を持つ虚は錯乱状態に陥っていた。



(なるほど…だから周辺の虚は錯乱を…)



クワトロの力を持つ自分でも感じる”嫌悪感”に、ただの虚ならば錯乱状態になってもおかしくない。

そんな見解が掠めた時だった。






「かーごめ、かごめ…」



(……?)




聴きなれない歌声に、額に当てていた掌を外す。




「かーごのなーかの、とりーは…」




自分の眼下にある白塗りの巨大なビルに目を凝らした。


そこにはその屋上に立つ、一人の少女。



(…女…?)



「いーつーいーつーでーあーう。」




まさしく、ノイズの中心部でその歌は響いていた。



(……まさか、このノイズはあの女が…?)



屋上のフェンスを越えた淵を

素足で彼女はその奇妙な歌を口ずさみ歩いてる。



細い手足

白い服

太陽の光に反射し輝く

長い白髪。





(…何だ…?)



その姿に目を奪われた。


味わったことなど無い


チクリとした感覚。



一瞬、殺そうかとも思ったが何故か腕が動かない。
恐ろしく単調で不思議な歌と少女に…ウルキオラは瞳を奪われたままノイズから来る嫌悪感とはまた違った感覚に取り巻かれる。



透き通るような出で立ちの少女にウルキオラは神経を集中させた。




「よーあーけの、ばんに…」



”こちら側”の者のような、全く生気を感じられない歌声。

踏み外せば命は無いであろう高さ。

同時に、安易に予測できる結末。



思わず、口が開いた。



「……自殺。」

「え?」


その瞬間、女と自分の視線が一つになる。


上からでは見えなかった彼女の

色素の薄い、灰かかった大きな瞳が自分を捉える。


「!」

「…あ…。」



急に歌うのを止めた女に、”見つかるはずの無い存在”だとタカをくくっていたウルキオラは言葉を無くす。

取り乱す様であれば殺そうか…そう、ポケットに入れたままの手を出した時。


「……綺麗な瞳。」

「……っ!?」


宙に浮かぶ自分に対し、少女は酷く落ち着き払った様子でこちらを見てはにかんだ。
まさか笑顔を向けられるとは思わず、ウルキオラは不可思議な面持ちで少女を見つめる。


返事をしないウルキオラに対し、少女は続けた。


「翡翠色、宝石みたいだね。」

「……。」

「君、名前は何ていうの?」

「……。」



穏やかな声色で喋りかける彼女に、何も返答しないままのウルキオラ。

当たり前だ。

自分は任務をしに来たのであって、人間と戯れる気など一切無い。



「ねえ、」

「黙れ人間。」

「……。」



一定の距離をあけたまま言い放つ。
しかし


「良かった、話は通じるんだね。」



屋上を吹き抜ける風で彼女の長い髪が舞い、その度に太陽光で光を増した絹のような白髪がキラキラと光った。

彼女はなおも笑顔のまま。



「……。」



美しい。



そんな言葉が似合う。

形のいい笑顔。



「何故、俺のことが見える。」

「解らない。私だって君みたいな人に出会ったのは初めてだから。」


初めて会ったにしては、よくもそんな平常心で居られるものだと思ったが言葉には出さない。






「…もしかして、君は死神?」


彼女が漏らした言葉に、一瞬だけ眉をひそめる。


「…何故、そう思った。」

「だって、こんな所に居るのは死神くらいだろう?」

「……。」


言われて初めて辺りを見回す。
大きな白塗りの建物。
そこには”総合病院”の看板が掲げられていた。


「…死神などではない。」


それだけ答えると彼女は”なんだ”、屋上の淵に腰を下ろす。
落下すれば命は無いだろうその高さに、恐怖の色すら見せない。


死に対し異常なまでの恐れを持つ人間とは思えない行動だった。


「じゃあ、お迎えはまだまだ先なのかな。」

「迎え?」


よく見れば彼女の纏っている衣装は病院で人間達が着てる物と同じ。
まだ若い少女は、足をぶらつかせながら言った。


「うん、私はもう直ぐ死ぬはずだから。」

「……。だから自殺か。」

「ああ、違うよ。これはただの度胸試し。」



いかにも人間らしく、ぐにゃりと口先を上げる。


「いずれ死ぬと解っていながら生にしがみつく…人間は解せんな。」


人間とはなんとも下らない生き物か。


「あはは、じゃあ君は死なないんだね?」

「”死”ではない、”消滅”だ。」

「…消滅…、君って面白いね。」

「…は?」


面白いなどと言われ慣れない言葉に自分が口を開けたままで居ると、座っていた彼女が腰を上げて内側にフェンスを乗り越える。


「名前、教えてよ。」

「何故。」

「君に興味があるから。」


笑う彼女はあの生気の無い歌声を発していたとは思えない程、活き活きとしていた。


そもそも何故自分は、人間などと話をしているのか。
殺そうと思い近づいたはずの足は、それ以上先へ進もうとはしない。


「……。」


一気にやる気を失ったウルキオラは、一度溜息に似た息を吐くと出していた手で黒膣を開いた。


「何だ、帰っちゃうの?」


自分の背中に向かって言う少女に、ウルキオラはしばし視線を向けた。


相変わらず薄ら笑いを浮かべた人間、

本来ならば言葉を交わすことさえもムダだったはず。



「ねえ、また来てよ。」


灰色の瞳は、まるでこちらの中身を見透かしているようだ。


思わず視線を外し、開いた扉の中に入る。



「……。二度とここへは来ない。」




そして扉を閉めれば、

またいつも通りの沈黙と暗闇が

自分を包み込んだ。




◇◇◇





「それで、報告を聞かせてくれるかな?」


真っ直ぐ向かった玉座の前。


「…確かに、霊圧に影響を与える特定の場所があることは突き止めました。」

「ほう。」

「都市伝説はホンマやったんやね〜!」


興味深げに頷く藍染や市丸に、ウルキオラは続ける。


「確かにその地域に入ったことにより自分自身の霊圧も高まったようには感じましたが、同時にノイズに似た頭を掻き乱す信号が強く、その為下級の虚たちは力を得ても制御できずに錯乱状態だったものだと推測できます。」

「そうか…なかなか実践に向けて利用するには難しそうではあるね。」

「はい。」


納得した様子の藍染に、ウルキオラはどこかで安堵していた。

しかし市丸は興味が収まらない。


「で、で?そのパワースポットの原因は何やったん?」

「それは…。」




――「ねえ、また来てよ。」



(…っ?…なんだ?)



刳り貫かれているはずの、自分の孔の奥がチクリと痛んだ気がした。


言えばいい。

多分原因はあの”女”だと。



何故か、言葉がつまる。



「…原因までは、まだ。」


目線を下に落とす。ガラにも無く、精一杯だった。


「まあ、即戦力にはならずとも中々興味深い力だ。今後もその原因を探ってくれるかい。」

「…解りました。」

「その原因が人間であれ装置であれ、死神側はソレを放っておくことはしないだろう。ならばそれよりも早く我らの物に…。いいね。」

「……。」

「今日は疲れただろう。ウルキオラ、自宮で休みたまえ。」

「はい。」



玉座から離れ廊下に出ると、ウルキオラは自宮に戻りそしてソファーに横になった。



「……。」


目を開けば真っ白な天井が沈黙を守る。

薄暗い室内には自分の呼吸音だけ。




――「ねえ、また来てよ。」




「何なんだ。」




瞳を閉じれば、

あの時の人間の少女が笑っていた。




◇◇◇




それから数日、ウルキオラは現世に下りることは無かった。
主から言いつけられた例の任務に関しては自分の中で答えは出ている。だがその事実を主に報告する気にはなれなかった。

こんな事は初めてだった。

報告してしまえば、今回の任務は終了。
後はあの女を生け捕りにするなり、殺すなり主がまた指示を出すのみ。


しかし、そのどちらの結末も、今の自分はする気になれない。


同時に、あの日の出来事を思い出さない日はななかった。



「……。」


白い肌。

白い髪。

灰色の瞳。


透明な、笑顔。




「…何を、無駄な時間稼ぎをしている…俺は…。」



たかが人間の、しかも小娘の事を思い返しながら一日という時間の単位を刻々と部屋で過ごす。



何とも

無意味で

空虚で

自分らしいとさえ思えた。



だが”無意味だから”と、あの少女を思い返すのを止めようとは自然と思わなかった。



その日も、ソファーに仰向けになったままあの白髪の光る様を思い返していた時、扉のノックがする。


「ウルキオラ様、藍染様がお呼びです。」

「…今行く。」


使いの者が一礼し、ウルキオラの元を去る。

玉座の前に立ったウルキオラに、藍染はいつもの笑顔で例の任務とはまた別の任務を告げた。



「じゃあ、私はまたしばらく尸魂界に滞在する。その間はここを頼んだよ。」

「仰せのままに。」

「今言った任務は次私が戻った時に教えてくれたまえ。」

「はい。」


主の発言全てに肯定の言葉を並べ、ウルキオラは絶えず視線を下に落としたままだった。


主の笑顔。

しかしあの少女が作り上げたものとは

明らかに、似て非なるもの。



何故か、目を合わせる気にはなれなかった。


「ああ。それから。」


言い忘れていたかのように、去り際に藍染は言う。


「この前の件だが。」

「…!」


少しだけ、ウルキオラの瞳が大きく開いた。

体が恐ろしく脈打つ、表情一つ変えないながらもウルキオラは内心動揺する。


「その後、死神たちの調査が入ったようだ。」


藍染の次の一言までが、スローに感じた。


「しかし、噂の場所へ行った所で虚の変化は見られなかったらしい。一時的な現象だったのか、死神たちはあっけなく引き上げて行ったそうだよ。」

「は?」



耳を疑った。


まさか。

一時的なものだと言う事はありえない。


彼女が移動したというならば話は別だが…死にかけの患者が病院を離れるとは思えない。

もし、その他で可能性があるとするならば…



それは、

彼女の




”死”――…



「…――っ、失礼します。」



ウルキオラは藍染に一礼すると響転で姿を消した。

そしてすぐさま黒膣を開く。




(何だ…この感覚は…。)



意味が解らなかった。

彼女の存在が死神たちに暴かれずに安堵する理由も

彼女が死んだかもしれないと知り、焦る理由も…



現世に降り立つと、そこは大粒の雨が降る酷い天候だった。

ウルキオラはあの日彼女が居た屋上に向かう。


「居ない…。」


病院内を探し回るが、どの人間達も同じ服装をしている為区別が付きにくい。


(くそ…っ)


そこでウルキオラは足を止め、瞳を閉じる。

人間達は皆自分の存在には気づかないだろう。

働かないはずのぺスキスを集中させた。


「…―っ!」


かすかに、

あの時のノイズをキャッチする。



ノイズのする方向へ響転をした。

そこは白い扉の個室の前、部屋のネームプレートには”落合ぷらす”と書かれている。
それが女の名だろうと思いながら、扉をすり抜けると、



「あれ、死神さん。来てくれたんだね。」



あの時の、透き通る笑顔。



「…!…お前は…。」



そこには確かに昨日会った少女が居た。

ただし、前回と違うのはその体に何本ものチューブが通り、多くの機械たちが一定リズムで作動音を鳴らしている。


「危なかったよ、死神さん。あと少し遅かったらもう二度と会えなかったかもね。」

「……。」


その痛々しさから目を伏せたくなる姿とは裏腹に、彼女はひょうひょうと自分に話しかけてきた。

一気に力が抜けると、何故自分はこんなに血相を変えてこの人間に会いにきたのか今更ながらに解らなくなった。


「……、具合が悪化したのか。」


他にかける言葉もなく、そんな台詞を紡ぐ。


「いつもの事だよ。死にかけるのには慣れてる。」

「……。」


実際の年齢よりもずっと大人びている言動。


「お前、死は怖くないのか?」

「え?」



何故、自分でもそんな質問をしたのだろうか?


「怖くない。」

「……。」

「私にとって、生きることは繋がれているのと同じ。」

「……。」


「でも…」

「?」



白い髪が優しく揺れる。

湧き上がる衝動に似た”何か”。



「君が来てくれたから、今は生きていて良かった。」

「……!」



灰色の瞳、

自分の知らない

新たな色。





ウルキオラは言葉を見つけ出せず、その場を去ろうと彼女に背を向ける。



「ねえ、死神さん。」


振り向かなくても解る。

きっと彼女はまた笑みを浮かべているに違いない。


「俺は、死神ではない。」

「?」


「俺は、破面。」



解らなかった。

何もかも。

ただ彼女の笑顔によって自分が蝕まれている感覚だけは鮮明で…



「殺戮から生まれた、感情の無い化け物。」

「化け物…。」


彼女はウルキオラの翡翠の瞳を見つめる。

人間と破面、絡むことなど無かったはずの二つの視線。


「君、名前は何て言うの?」



怯えるかと思ったが予想外に優しく聞くのでウルキオラは一瞬面食らう。



「…ウルキオラ。」

「そう。」


つい、そう正直に答える。


「ウルキオラ。」

「…っ。」



初めて彼女が紡いだ自分の名に、胸元がざわつき、そして…



「また、会いに来てくれるかい?」



まるで

堕ちる様な感覚を覚えた。



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