*前書き&注意*

ウルキオラさん誕生日記念と言う事で書かせていただきました。
が、はっきり言って”誕生”と言う意味では合っていますが、内容は決してハッピーバースデー!と言えるものではありません。
そして舞台は中世ヨーロッパを何となく浮かべて頂けると話に付いていきやすいかと思われます。
パラレルかと言われると微妙なライン…。終始ウルキオラさん視点で話は進みます。(ネタバレはあとがきに書きます。)
宗教物・暗い・悲恋(死ネタ)です。(宗教とは言っても作者には知識はさほどありませんので、苦情は受け付けません。)


完結済みのparadigm shiftを読まれた方には是非ご一読お勧めしたいところでありますが、趣味まっしぐらで甘くも無いです。
もちろん、 paradigm shiftを読まれていない方でも問題はありません。

ただ、読み終わった後に何か感じ取れる作品になるよう頑張りました。

それでも良いよ!って方のみスクロールを宜しくお願い致します。↓↓













12月1日。

その日は凍えるほどに寒く、

月の美しい夜だった。



――我が名は、――





5つの時、この教会に拾われた。
名を言えば魔王の名に酷似していることから名を隠すように命じられた。
母に捨てられ、冷めた心で過ごした幼少期。


生きる為に神に仕えた。
選択肢など自分には無かったのだ。


偽の名にも修道士としても慣れて来た8つ頃、転機が起きる。
名すらも消されたはずの自分は、成人を迎えた今”ジェイド(翡翠)の司教”として民に崇められるまでになっていた。





「…神の仔羊よ。あなたの罪を聞きましょう。」


懺悔の言葉で震える女の声が鼓膜を揺らした。
傲慢を思わせるキツイ香水の薫りに、眉を潜めたが懺悔室では互いの表情など掴めない。

使う五感は耳と口と鼻のみで良い。
自分の力も、その三つ。
信者も皆、それを望んでいる。


「―…父と子と聖霊の皆によって、あなたの罪を赦します。」

「ああ、神父様!ありがとうございます。ジェイド神父様のお言葉であれば真に私めの罪も清められる事でしょう!」



神よ、

仔羊たちはあなたに今日も赦しを請う。

自分はその懺悔の言葉を耳で聞き、口で代弁する。

忌わしの薫りを鼻で嗅ぎ別け…そして目は瞑るのだ。


人は醜い。
人は欲深い。
人は愚かで。

人はそれを自覚する度、気休めに赦しを請う。



心あるが故に、欲望と良心の狭間でもがく哀れな生き物だ。




12月は25日の降誕祭に向け、1日から何日かミサの後に懺悔室を開く事になっている。
ミサに来た信者達が絶えず告解(懺悔)をすることで冬の深夜まで教会の明かりが消えることは無い。

田舎村の山間にある教会は決して大きくなど無いが、それにも拘らず”ジェイドの司教”である自分に会うためミサに集まる人間は膨大だった。


夜も深くなった所で最後の告解を聞き終え、懺悔室を出た時だった。


「ジェイド神父様。」


皺枯れた低く穏やかな声に呼び止められ、視線を向けると初老の男が一人笑顔で佇んでいた。


「エドガー卿。」

「お疲れ様でございました、ジェイド様。」

「本日の告解の時間は終了させて頂きましたが、何か。」


この領地を収める伯爵。エドガー卿がこうして深夜に尋ねてくる事は珍しくなど無い。

一見穏やかで優しそうな風貌をしているくせに、その裏に漂う私欲にまみれた卑しい香りに自分は毎回密かに眉間の皺を寄せる。


「真に申し訳ない神父様。奥の広間にてぜひ神父様にお会いしたいと言う男が待っております。…神の御力を必要としている男でございます。」

「……。今から向かいましょう。」

「ありがたい。神父様は何と慈悲深いお方か。」


上辺だけの礼に嫌気が差すが、伯爵は自分の顔色など伺いもしない。

扉を開けると、そこには暖炉の火を贅沢に使った大男が一人椅子に深々腰掛てこちらに気づくなり腰を上げた。


「おお!そなたがジェイドの司教か。」


でっぷりと腹に蓄えた脂肪がさぞかし重そうな大男。
指には指輪が輝き、衣服は貴族が着るに相応しい上等な品だった。
威圧感のある外見とは反対に、大層弱った瞳でこちらに縋る。

余命が残り僅かに迫っているようだった。太り過ぎによる内臓疾患だろうと容易に予想は付く。


つまり、信者でもなければこの領地の人間でもないこの男は自分の命欲しさにこんな偏狭の地まで足を運んだと言う事だ。


「どうか、そなたの力で私を救ってはいただけないだろうか。私はまだこの世にやり残してきた事がいくらもある…!」

「……。」


ギラギラと暖炉の火の光を反射させた煌びやかな大男は、髪と衣の漆黒で覆われた自分に縋り涙を浮かべた。
その様子を見て、伯爵は口端を歪め気づかれぬように笑うと言った。


「神父様。この方は国では名の知れた公爵であります。」


その言葉の裏の意味を悟り、いつもの事だが自分には拒否権など無い事を知る。


「…左様でございましたか。我が力などで良ければ公爵様のお体の闇を取り除きましょう。」

「誠であるか!」


伯爵同様この男の香りは生理的に受け付けない。
富や権力に対する欲が強すぎる。
…これ以上にまだ何を求めて生きているのか?と疑問にさえ思った。

”ありがたい、ありがたい。”と言う男の声を聞かぬよう努め、自分の白く細い手を男の腹部に当てると静かに呼吸し内臓の声を聞いた。


(ここか…。)


問題の生じている箇所の叫びを耳にし、言葉で紡いだ。


「この者に住まう闇よ、神の名の元に命ずる。直ちに消え去りたまえ…!」


一瞬の出来事だ。
淡い萌黄の光が掌から溢れると、温かい温度が伝いその闇を浄化させる。

やがて光が消えると、大男と伯爵は笑みを浮かべた。


「温かい…!コレが噂に聞く”神の事付け”か…!!」

「ゴーエン様、神父様はコレにてお休みになります故、後のことはこちらで…。」

「ああ、そうか。ジェイド神父よ!礼は尽くそう。」

「神父様、それではこれで失礼いたします。降誕祭前のミサでお疲れの所ありがとうございました。」

「……いえ。」


健康体に戻るなり態度の大きくなった男と、献金の手続きになるやそそくさと教会から立ち去ろうとする伯爵を冷ややかに見つめ、人気が去ったところで暖炉の火を消した。


ジュワ…ッ!!


闇夜になった室内で、小さく息をつく。


「下らんな…。」


度々繰返されるこの”儀式”に眩暈がした。

しかし、あの欲深い伯爵が自分をこの領地から解放する事は無いだろう。
伯爵は教会の幹部でもある。
自分を頼りにしてくる貴族達から献金を巻き上げ教会に献上し、その一部を自分の身の肥やしに使っている事等随分昔から知っている。


8つの時、この力に目覚めてから…自分はずっとこの教会に捕らわれ、私欲に塗れた幹部たちに良い様に使われてた。
表向きは”ジェイドの司教”と祀り上げられても、結局は彼らにとっては自分も”道具”の一つに過ぎない。
奴らに骨の髄まで貪られるまで、自分はこの運命から逃げられはしないのだろう。…逃れた頃にはこの世にいないのだろうが。


「……。」


夜の闇が、自分を飲み込まんと迫っていた。
おぼろげな月も、漆黒色に染められた自分では見つけ出せぬだろう。

自分はそうして、今日まで”仔羊達に捧げられる供物”として闇の中でしか生きられない運命なのだと…諦めていた。


(月のせいか…、やけに感傷に浸るな…。)




フッと口端を歪め息を吐いたとき、突如表のドアがガシャンと鳴り響く音が聞こえた。


(エドガー卿か…?)


儀式の後は次の客が来るまで姿を見せになど来ない伯爵を浮かべて表の扉のある聖堂へ向かうと、そこにはミサから消していなかった蝋燭の光の中で一人の女が倒れていた。


「――っ!大丈夫でしょうか…!?」


体中に傷を負い、真冬だというのに羽織も無く横たわる女を見て直ぐに追い剥ぎに会ったのだろうと察した。
とりあえず抱き抱え、うつ伏せになっている体を上げさせ鼓動を確認しようと顔を見た時である。


「……――っ。」


緩く癖の掛かった暗いブラウンの髪…、

肌は白人とするのならば違和感のあるクリーム色。

整ってはいるがあまり凹凸の無い幼い顔から、それが世に珍しい東洋の娘だと気づく。


「何故、こんな所に東洋人が…?」


ゆらりと隙間風から蝋燭の炎が揺れ、少女の瞳が一瞬開いた。


「…ぁ…っ、…。」

「気が付きましたか、あなたは一体…、」


髪と同じ柔らかな色の眼球は漆黒を纏う自分を写し、小さく震え呟く。


「…あく…ま…?」

「!」


――悪魔。


この聖堂に初めて来たとき以来、言われた事の無いその類の呼び名に抱きしめていた手に力が入った。

同時に、女の体から全ての力が抜ける。
弱弱しいが耳に馴染む声。
体重を支えたとき女から薫った香りは、今まで嗅いで来た修道士のどれよりも清らかで…小さな焦燥感が胸を突いた。



***


ギイ…バタン。


「はぁ…。」


流石に、ミサの後二人も重傷者を手当すれば体力も尽きる。
倒れている女をそのままには出来ず、客室で治療を行うと足腰がふら付いた。
か細い蝋燭の光だけの室内に、自分はベッドに眠る女を見つめ椅子に座ると大きく溜息を吐く。

東洋の血が流れる人間は、この時代この国で見るのは珍しい。
闇市で奴隷として売られているか、見目の良い者は稀に貴族の妾などとして表舞台にはまず出て来ない。


「悪魔か。この俺に…面白い事を言ってくれる。」


”ジェイドの司教”として名高い自分を悪魔呼ばわりとは、此処に信者達がいれば重罪人として捕らわれていてもおかしくは無かっただろう。
修道士を呼んで世話をさせようかとも思ったが、結局止めた。

表向きは命を慈しもうとも、教会は皆金と欲にまみれたものばかりだ。
物珍しい黄色肌の女など、売られるか殺されるか…、エドガー卿に経緯を話して突き出せばその二つの選択肢しか残っていないだろう。


黄色い肌は此処では人間よりも下に扱われる。

しかしそれは結局、人間の中の尺度であり神からすれば肌の色など関係は無い。


「人型をしていればどれも同じだ。」


どれも皆同じ。
肌が黄色かろうと白かろうと、一皮向けば人間など皆私欲に塗れた獣でしかない。
優しくすれば付け上がり、与えた分だけ餌を食らう。

馬鹿で、醜く、どこまでも嘘つきだ。


「……。」


女をチラリと見やった。
新緑の中に身を投じるような清らかな薫りを醸すこの女も、自分が一言二言甘やかせば直ぐに醜態を晒すのだろう。


「たとえ、この国では人として扱われていなくとも…神はコレも”仔羊”としてみなすのだろう。ならば、俺は慈しまねばならん。」


神が愛する”仔羊”を愛するのが、我が運命。

醜い獣の”欲”を満たしてやる事こそが、我が”役目”なのだから…。





軽い睡眠を椅子に腰掛けたまま取り、朝日が昇った頃小さな悲鳴を耳にして重たい瞼を開くと、茶色の瞳がこちらを凝視している。


「ア、アナタは誰ですか!?」

「気が付かれましたか?昨夜聖堂でお倒れになっていたのですよ。」

「え…?…ぁ…そういえば、私…!!」

「……。」


目覚めたばかりの女は昨夜の出来事を思い出したようだ。


「私、昨日の夜追い剥ぎに会って…沢山殴られて…走って、確か教会に……っ。」

「まさにここがその教会でございます。」

「傷…っ、傷が無いのは何故ですか!?;」


”沢山殴られたはずなのに!”と体中を見つめる女に、いつも信者に見せる笑みを称えてやる。


「”ジェイドの司教”と聞いて、思い当たるりませんか?」

「え…?…ま、まさか、アナタが噂の…?」

「……。」


正直に驚く顔からして本当に自分の正体を知らなかったのだろう。
いまや国王からの命令も受ける自分を、こうも知らぬ顔で見られるのは久しい事だった。


(宗教の違いか…、まあ東洋人がこちらの言葉を喋れるだけ大したものだ。)


と、内心女を馬鹿にする言葉を呟く自分に気づきもせず女は頭を下げる。


「し、失礼しました。お噂に聞く神父様とは知らずに…私、こちらの宗教には詳しくなくて…。御力を使ってくださったのはありがたいのですが、私には…その手持ちも…。」

「追い剥ぎに会われた方から献金など巻き上げる気はありません。…それに、アナタは東洋のお方でありましょう?」

「…!;」


恐縮し、顔を強張らせた女に口端を上げる。


「朝食を持ってきましょう。しばしお待ちを。」

「……。;」


女を独り部屋に残し、食堂の修道士から食事を貰う。
そのまま”やり残した仕事を部屋で片付ける。”と皆に伝え女の待つ部屋に戻った。

温かな湯気を出す食事を持った自分を見て、女は酷く驚いた顔で目を瞬かせている。


「お食事まで、頂けません。私は本当に何も持っていないのです…神父様。」

「私は神の使いです。此処(教会)で死なれるのは困りますよ。」


形良く笑ってやる。
信者の誰もが美しいと称えてる自分の笑顔に、女は身震いしたように顔を蒼くした。
まるで自分の内心を見られたかのような、妙な焦りが背を伝う。


(…?…何だ?)


「そう…ですか…そうですよね…。」


不自然に笑い返す女の顔に、目が放せず盆を持ったまま立ち尽くした。


「…神父様?」

「…いえ、ゆっくりお食べなさい。」

「…はい。」


一瞬感じた焦燥感を振り払い、女がゆっくりとスープを口にする姿を椅子に腰掛け眺めた。
薫りに負けぬ清らかな声に怯えはあっても嘘は無い。
本当に金は持っていないのだろう。申し訳なく謝る姿は昨晩の伯爵や太った貴族のそれとは全くの別物に感じた。


「アナタの身元はどこになりますか?」

「私の…ですか?」

「この小さな村に、アナタのような東洋の方が居るという噂は聞いたことがありません。旅のお方でしょうか?」


探るように聞けば、女は言いずらそうにスプーンを置いた。


「…いえ、数年前に此処に移り住んだ者でございます。噂にならないのは…住まいが森の中にあるからかと。」

「森…。」


(なるほど、自ら人目を避け生活を送っているのだろう。)


奴隷身分の女が独りいれば、こんな小さな村では直ぐに噂になることは決まっている。
それでもこの耳に入ったことが無いのは、女が極端に人を避けた生活をしているからだ。
何故か…、つまり人目に晒されれば身が危ないからだ。

目の前で食事を取る無防備な女の”欲”に目星をつけ、自分はその”役目”を果たそうと慈しみを持った目で女を見やった。

人の醜態を暴く瞬間が自分にとって最も不愉快な瞬間だ。
しかし、それが”役目”なのである。


「それは、さぞかし大変な生活なのでしょう。」


女が欲しがるであろう言葉を紡ぐ。


「若い女性がどの様な経緯で此処まで流れて来たかは存じませんが、もう大丈夫ですよ。」


大きな瞳を更に丸くする女に、自分は最善である提案をした。


「もしよろしければ。私の知り合いの貴族の妾になる気は有りませんか?」

「…は?;」


外に出れば迫害され、奴隷として扱われる東洋人。
しかし、稀に貴族の目に止まり妾になった女はそれなりの生活が約束されていると聞く。
都合よく自分の周りには贔屓にしてくれる貴族がゴマンと居た。

当たり前の様に、きっとこの女もその提案に食いつくと踏んでいた。


(見せてみろ。貴様の醜態を…。)


もはや飽き飽きするほど見てきた人の裏側を、この女も当然見せるのだろう。


「こんな田舎の村では直に噂も立ちましょう。貴族の下へ行かれればそのような服も着なくて済みます、金も…食事も困る事は無いでしょう?悪い話ではないと思いますが?。」

「…!」


地位を。
金を。
自由を。

人が欲しがる物はいつもそればかりだ。
この女も、差し出せばきっといままで自分を貪ってきた信者や貴族同様に真の顔を晒す。


当たり前に…そう、思っていた――…。


バシン!!


しかし、予想していた答えとは全く違う音が次の瞬間部屋に響いた。
左頬にジンジンと痛みと血流を感じて、不覚にも呆気に言葉を呑む。


「バカにしないでください!!」

「っ!?」


昨夜感じた焦燥すら与えさせる澄んだ声が、

深緑の中で呼吸するような清らかな薫りが…自分に衝撃を与えた。


「私は!…確かにみすぼらしい身なりではございますが…、今の生活を楽しんでおります!」


(何を、言っているんだこの女は……?)


その声に嘘はない。
発する薫りも淀みはしていない。


「それをいきなり貴族の妾にだなんて!勝手に不幸みたいに言われて、いくらなんでも失礼です!!」


(…嘘じゃない…?)


幼げな顔が怒りで赤く染まってはいる。
自分はただただ呆然と、平手打ちされた頬を押さえ女を見つめた。


「…本気でいらないのか?貴族の所で暮らせるのだぞ…。」

「いりません!そんなもの!!」

「…――っ。」


(いらない…、俺からの”慈悲”を拒絶するというのか…。)


間髪入れない拒否の言葉に、混乱から一気に浮上した気分がした。


「……貴様、一体何者だ。」

「え?」

「名は、何と言うのかと聞いている。」



今まで作っていた穏やかな声色が消え、誰にも聞かせたことの無い素の声で女に問う。
女はその声色のあまりの変化に一瞬驚いたようだが、強い視線で自分を睨み言った。


「ぷらす落合と申します。」

「…ぷらすか。」


名を口にすると、女は不思議だが顔を赤らめたようだった。


…面白い。


このような人間には初めて出会った。



「神父様のお名前は何と言うのですか?」

「ほう、自分を侮辱した相手の名前をお前は聞いてなんとする?」

「そ、それは…。;」


今更取り繕う気も失せ、口調を戻さずに質問を質問で返すと女は視線をそらした。


「…。”ジェイドの司教”と世間で呼ばれているのを、教えただろう。」

「解っております。でも、それは神父様の通り名でありましょう?ジェイドは翡翠…宝石の名です。神父様の瞳の色をそのままにお呼びしているのだと察しましたが違いますか?」

「……。」


奴隷上がりの女の言葉とは思えぬ物言いに、自分は一瞬面くらい感心した。
知識高きその瞳は澄んだまま自分を見つめ、頬はどこか紅潮している。


「……。我が真名は幼少よりこの教会の幹部にしか明かさぬ契りを交わしている。表には出せぬ故に、お前に教えられる名は無い。」

「……そうですか…。」

「ジェイドとも神父とも好きなように呼ぶが良い。我は神の使い…固有名詞など意味の無いものだ。」

「……。」


冷たく言い放つと女はしばらく考えたように顔を伏せしぶしぶ納得したようだった。


「……俺のこの口調に怯えぬのか?」


問えば瞳を丸くした女がこちらを見る。


「え?別に…私は元々敬語を使われるような身分ではございませんし…それに…」

「……。」


訝しげに見つめる自分に、女はクスリと…まるでこの部屋の空気全てを浄化するような形良い笑顔を向け言った。


「先ほどまでの…不自然な笑顔や口調に比べれば、私はよっぽど今の方が話しやすいです。…神父様。」

「……そうか。」


(通りで先程まで、笑顔を向けるたび怯えるように顔を蒼くさせていたわけか。)



民が皆、”慈愛の笑み”として称賛するこの笑みを…そうまで言うか。

改めて、このような女には出会ったこが無いと自覚する。



「神父様。真実の名を教えて頂けないのならば、せめて一度私に恩返しをさせてください。私にはお金も奉公もろくに出来ませんが、せめて自宅でもてなさせて頂けませんか?」

「……。お前は馬鹿か?俺はお前を侮辱したのだぞ?」

「ですが…、神父様のお力を使わせたのは事実です。神父様のお体は大丈夫なのですか?」

「…大丈夫だと?」


心配の言葉など、初めて掛けられ眉を寄せると女は困ったような顔を向ける。


「あれほどの怪我をお治しになって、看病して頂きました。神父様のお体は大丈夫なのでしょうか?治療の際には痛みなど伴わないのでしょうか?」

「……。」


女は、今まで治してきたどの貴族達の誰とも違う反応をしていた。
誰もが皆、この力の恩恵を受けた後は両手離しに悦び自分には礼しか言ってこない。酷いときには礼すらも無い。
それをこの女は自分の体調すら全快していない今、真剣な眼差しでこちらを心配している。


「やはり、お前は面白い。」

「?」


何も持ってなどいないくせに人の心配ばかりして…自分は先ほどまで女を酷く侮辱していたのに…怒りもしない。


「真名は明かさぬ。変わりにお前の住所を聞こう。暇なときにでも尋ねてやる、これで良いか。」

「!…ありがとうございます、神父様!」


途端に笑顔になり、何度も頭を垂れた。



(不可解な女だ…。)



だが、悪い気はしない。




12月の始まりに出合った不思議な女。
その後正午には全快した女を裏口から返して、それからは幾度と無く会うようになった。


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