終・同じ空の下この幹が有る限り(上)




この幹が

この私達が

存在する限り…



芙蓉◆



もう幾度も目にしたはずの朝日の中でも、今朝が一番美しい輝きを放っていた。


「…朝か…。」


カーテンを閉めぬままにしておいた窓からは燦々と太陽の日差しが肌を焼いていた。
眩しさに目を細め上半身だけ起こしたウルキオラは、隣に眠る温もりにそっと触れる。


「…ん…っ…。」

「……。」


初夏の木漏れ日の笑顔を持つ少女は、今瞼を閉じ長い睫毛が妙に際立っている。
藍がかった髪を手で梳いてやると、そっと唇をそこに落とした。



「…幸せになれ。」



すうすうと寝息だけを返す愛しい少女に、呟いた言葉。

ウルキオラは静かにベッドから抜け出すと、迷うことなく一つの部屋を目指して足を進めた。


扉を開き、踏み入れるといつもの白塗りを重ねた不気味な顔。


「オヤ、気の早いことだネ。迎えを待たずして自ら死に急ぎに来るとは。」

「……死に急ぐ?お前は俺を生かし、活かす役目ではないのか?」


自分の運命を握るこの科学者に、鋭い視線を放つ。


「フン、最後まで生意気な口を…生きる気力の無いヤツの寿命などタカが知れていると言う意味だヨ。殺戮本能の無くなった生物兵器とはまさに貴様のことだネ。」

「!」


それは、ウルキオラの真意を突いた言葉だった。


「……何が悪い。」

「何だネ?」


シンと張り詰めた空気の中に、男が二人互いに鋭い眼光を絡み合わせる。


「この魂で存在してからずっと…俺は、いつも他者に運命を委ねてきた。」

「……。」



ずっと昔。

この彫刻の様に白い胸元に孔が開いた日から。

彼は”虚無”と言う名の大罪を背負った。



「心を持たされず、意味も成さぬ存在はそうする事でしか存在し続けられぬと思っていた。」



何も無い砂漠の中で、

何も意味せぬ自分は、

暗闇の中いつも光に群がる蛾の如く

自身の運命を決める支配者に身を委ねることで

自分の存在の”穴埋め”をしてきた。



「だが、もう終わったんだ。」



ウルキオラは胸元に手を当て、瞳を閉じた。



「今はもう、ここに孔は無い。見せ掛けだけではなく、内側からこの虚無を埋めた女が俺にはいる。大罪そのものは消えずとも俺はもう、以前の俺ではない。」

「……ホウ。」

「俺はお前に蘇らされたが、力及ばずに次の戦いの中で敵に殺されるだろう。だがそれは背負わされた大罪故でもお前ら死神故の死でもない…俺の意思で。」




意思。

それが唯一、自分の背負った大罪へ打ち勝つ手段ならば。



「俺の終わり方くらい、俺が決める。」

「……。」



マユリは一本の刀を取り出した。


「この刀は井上織姫の力により復活させ、私の技術で”さも死神の様に”作り変えたお前の霊圧が注ぎ込いる。」

「……。」

「一突きされればすべて完了だヨ。…お前にこの霊圧が注ぎ込まれた瞬間、中央のからの使いが表れる事になっている。」

「……。」

「お前は”蛆虫の巣から這い出た一匹の蛾”。それをひっ捕らえ再び収容したと中央は表向き処理するだろう。」



気味悪く笑った涅マユリは刀の切っ先をウルキオラに向ける。



「覚悟は良いかネ?…破面ヨ。」



冷たい刃は容赦ない終わりと同時に始まりを備えているようだった。
ウルキオラは再び目を閉じ言った。


「ああ。」


瞬間、マユリは刀を振り上げる。



ザシュン…ッ!!!







最後に脳裏に浮かんだのは

やはり他でもない

あの芙蓉を思わせる少女の

優しい笑顔だけだった。







――「…幸せになれ。」







「…ん…。」


引いては返す波の際で、愛しい人の言葉がどこか遠くに響いた気がした。


「…ウルキ…オラ…。」


朝日の眩しさで目を細めてぷらすは隣の温もりを探した。

皺くちゃになってしまったシーツの中、探しても掴むことの出来なかった手を元に戻す。



「……。」



一人分の温もりしか残っていないベッドの中。

隣に空いた彼のスペースだけが寂しくて、起き上がる事もできず窓際に目をやった。



「酔…芙蓉…。」



彼が拾ったのだろう。
自分が昨晩拾ってきた酔芙蓉の花が一輪置かれていた。



「枯れちゃった…。」



時は朝日を迎えてしばらく経っていた。

燃える紅から褐色に変化した酔芙蓉は、みすぼらしく頭を垂れて枯れている。





――「…幸せになれ。」





”幸せになろう”ではない、

つまりその未来に、彼は存在しない。


まるで、死に行く者の遺言の言葉。



「…――ぁっ…。」



ぷらすは瞬きも呼吸も忘れて、

大粒の涙を枕に落とす。



「……ぁあああ…っ!」



声を上げて泣き。

体中の水分が乾いた頃には一人ベッドを抜け出し、ある部屋に向かっていた。



閉鎖を愛する主の居る扉を開ける。
父親が一人、何事も無かったかのように日常の業務に励む姿があった。


「……。お父さん。」

「ここでは局長と呼びたまえと言ってあるだろう。ぷらす。」


カチャリと器具を一つ置き、珍しく姉・ネムの居ない研究室内で父は自分と目を合わせようともしない。

そこには既に、あの翡翠の瞳を持つ破面の姿は無い。


「…涅局長。」

「……。」


泣き腫らした赤い瞼。

上ずった脆い声で、

それでも少女は技術開発局の長である涅マユリを真っ向から見つめた。



「…私を、本物の死神にさせて下さい。」

「……。」



娘の言葉に、マユリは小さく溜息を吐くと筆をとり一筆認めた書を彼女に渡す。


「?」

「土産だヨ。真央霊術院にこれを出せば来年度からの入学の手続きに問題は無いだろう。」

「え…?」


思いがけぬ返答に、ぷらすは訝しげにそれを受け取る。


「…自分の身は、自分で守るのだヨ。ぷらす。阿近の言う事を聞き、精進したまエ。」

「…?…お父さん…?」


書類を握り締める娘の頭を一と撫でし、マユリは慈愛に満ちた笑顔で言った。



「私は、しばらくココを去る。」




この日を最後に、

破面・ウルキオラ・シファーと十二番隊隊長兼技術開発局局長・涅マユリは、周囲から姿を消した。




***





「阿近さーん!見て見て!」


バタバタとした足音をたて、研究室の勝手知ったる少女はその主の背中に飛びつくと薬品の匂いが染み付いた白衣の後姿は酷くよろめいた。


「…っおい!;今俺が何の薬品持ってるかわかってんのか!;」

「え、あ…ごめんなさい。」


一滴落とせば床が溶ける劇物を安全な場所に戻した阿近は、皺になった白衣を伸ばしながら振り向く。


「何だよ。午前中は試験結果見に行くって言ってなかったか?」

「もう行ってきたんだよ!じゃじゃーん!」


広げられた中間試験の結果表を突き出され、阿近はそれをみてふむふむと唸る。


「あんだけ俺が付きっ切りで見てやった薬学平均点たあどう言う事だ?」

「…もー、そこじゃないよ!;ここ、この鬼道のトコ!!」


指差した鬼道の項目の欄には全て”秀”の文字が刻まれていた。


「お前って、本当技局出身のはずなのに勉強はボロッカスで実技が優秀だよな。」

「いいじゃない!技局にだって一人くらいは戦力的な局員が居た方が良いかもよ。」

「そう言う言葉は、始解がスムーズに出来るようになってから言えよな。」

「むう…っ;」


ガチャリと腰にかけた自身の斬魄刀を握り締めるとぷらすは頬を膨らませる。


「だって…、私の斬魄刀すっごいのんびり屋さんだから実践中も呼び起こすのが大変なんだもん。」

「へーへー。斬魄刀は持ち主に似るからな。せいぜいお前も実践中昼寝でもしないように気をつけろよ。」

「しないよ!;」


先ほどの上機嫌から一変したぷらすのしかめっ面に、クツクツと笑った阿近は”冗談だよ。”ともらすと大きな掌で頭を撫でてやる。



アレほどまでに大胆な事をしておきながらも、阿近とぷらすの関係は何一つ変化したものは無かった。
椅子に腰掛けた阿近は胸元からタバコを取り出すと火をつけ、煙と共に溜息を吐く。


「そういえば、阿近さん。最近コーヒー飲まなくなったよね。」

「あ?そりゃあ、禁煙する必要が無くなったからな。」

「そうなの?」


空になったままのマグカップは、机の上の大量の書類と共に埋もれている。
自分のマグだけを持った少女は小首をかしげた。


「だってお前、もう一人で買い物にも行けるだろ?」

「?…うん。そうだけど?」


懐かしさに浸る阿近の真意を、ぷらすはキョトンとし見つめるだけ。

阿近は再びタバコを咥え、ニヤリと意地悪い笑顔になる。


「フン、成績優秀な通知表を真っ先に俺に見せるなんて、何だ?そんなにこの俺に褒めて欲しかったのかよ。」


阿近的にはモーションをかけたつもりだったが、残念ながらぷらすは当たり前に頷くと言った。


「うん!だってお父さんは相変わらずこっち戻ってきてから忙しそうだし!」

「…っ!;…あっそー…。;」



ぷらすが真央霊術院に通う様になりもう二回目の夏が来ようとしていた。

そして同時に父・涅マユリがあの日を境に突然消息を絶ち再び技局へ戻ってきて、半年が過ぎようとしていた頃でもある。


「お父さん、こっち帰って来てからずっと研究室に篭りきりなんだもん。家にだって戻ってこないんだよ?」

「仕方ねーだろ。今じゃ涅局長の発見は学会で持ちきりなんだ。」

「そうだけど…。」


ぷらすの寂しそうな顔を眺め、阿近は白い煙を口で吐いた。


「……。」


半年前。
約一年半もの間娘二人に何も告げずに消息を絶っていた涅マユリが戻ってきた際、彼は誰もが驚く研究結果を携えていた。

”一部の破面の体内のみに存在する、戦闘能力を格段に向上させる稀少DNA”

その発見は瀞霊廷全土に衝撃をもたらし、中央を始め王族ですらもその価値を賞賛した。


「まあ、まだまだ今は学会での発表レベルだが、今後これが一般化されようもんなら…局長に引っ張られる形で俺らも相当忙しくなるだろうな。」

「うん…。…お父さん、まさか一年半も虚圏に行ってたなんて…でも!無事に帰ってきてくれただけで私は嬉しい。」

「ああ…。それが本当ならな。」

「え?」

「いや、なんでもねえ。」

「それにしても、もうああと言う間に夏なんだねー。中間試験も終わったし、しばらくは研究室での仕事が捗りそう。」

「……。」


突然に去った父との再会と、勉学の日々。
今まで数十年間変わることの無かったはずの彼女の日常はこの二年間でめまぐるしく変わった。


「今年も、本当…芙蓉が綺麗。」


ぼんやりと窓辺から庭を眺める少女は、今年も変わる事無く夏に咲く芙蓉をどこか遠い目で見つめている。


「私も。早く一人前の死神になって、お父さんや阿近さんの手伝いできるようにならなくちゃ!」

「……。」


彼女を取り巻く環境は大きく変わった。
しかし、芙蓉の咲き乱れる庭も鼻に優しく薫るこの匂いも何一つあの時のままだ。

夏が来るたび切なく光るぷらすの瞳と、今年も阿近は向き合わねばならない。




父の鎖が解かれたこの二年、

彼女は今も心を鎖に繋がれている…。

それが誰なのかはきっと、

彼女をずっと見つめていた阿近しか解らないことだろう。




「おーおー…ぷらす様のご卒業を、局員一同期待してんぞ。」

「また。そうやって子ども扱いするんだ、阿近さんは。」



からかいの言葉で不貞腐れたぷらすに、阿近は持っていたタバコのを灰皿に押しつぶした。



「子ども扱いなんて、してねえよ。」

「え?」

「俺はいつだって、お前の事…女としてみてるんだよ。」

「……?」



何も変わらないかに見える関係も、ゆっくりではあるが何かしらの変化を遂げている。
数十年かけて彼ら二人の机の位置がその通りになったように…。

阿近の指先が、少女の頬に伸びたときだった。



「悪いがネ、勤務中に私語は厳禁なのだヨ。お前達。」

「うお!?;きょ、局長!?;」

「あ。お父さん!」


突然にして現れた涅マユリに阿近はたじろぐ。

久しぶりにの父の姿に喜ぶぷらすに対し、マユリは禍々しいオーラを阿近に放つ。


「どうしたの!?お父さん、こんな時間に研究室から出てくるなんて!」

「私だって気分転換くらいするヨ。それに、お前に頼みたい用事があってネ。」

「もしかして、買い物の用?」


真央霊術院と技局の両立をする事になってからと言うもの、ぷらすはこうしてマユリの使いを頼まれることも含め少しずつ外出の機会が増えていた。


「ああ…。ゴホン…!…わざわざ足を運んで見て正解だったヨ。」

「?」

「……。;」


ジットリとした殺意有る上司の視線に阿近は冷や汗を滲ませる。


「あ、そうだ調度良かった、これ!見て!」

「何だネ、仕事中はお前の学業の話は…――。」

「どう!?私、勉強はいまいちだけど実技は得意みたい!」


手渡された成績表にマユリはしばらく口を閉じた。


「……フン、実技だけ出来てもネ。ここには不用なのだヨ。我儘を言って入学したのだから主席で卒業くらいしたまえヨ!」

「しゅ、主席って…。;みんながみんなお父さんみたいにデキが良いわけじゃないんだから!;」

「私の顔に泥を塗る様なマネをされては困るのだヨ。ホレ、ここへ来たら仕事に励みたまエ!これは調達してきて欲しい薬草の名と薬草畑の住所だヨ。畑の管理人にこのメモを渡せば良い。」

「ぶう…はーい。じゃあ、行ってきます。」


捲くし立てられるようにはぷらすはメモを受け取ると簡単な支度を済ませ、飛び出していった。


「ッチ…。技局員のクセに得意が実技のみとは困ったものだヨ。」

「はは、良いじゃないっすか。中々楽しそうっすよぷらすも。」

「楽しいだけで渡り合える世界ならば良いがネ。」


溜息混じりに娘の事を話すマユリの姿は、阿近の普段知りうる技術開発局局長ではなく”父親”の姿だった。


「……。」


(よくもまあ、あの局長が許したもんだと最初は思ったが…。)


阿近は思う。
二年前、きっと涅マユリも自分同様に彼女の心の変化に気づいていたのだと。
父親として…初恋と失恋を経験した娘が、がむしゃらに突き動こうとする姿を止める方が無駄だという事を…。


「……本当、素直じゃないでっすよね。局長も。」

「天邪鬼なら、お前も負けてはいないだろうが。」

「……はは、……。」


皮肉を交えるばかりの上司と部下。
阿近はぷらすの霊圧が完全に去ったことを確認し腰掛けていた椅子から立ち上がった。


「……局長、一つお聞きしても良いっすか?」


この半年間学会と研究の繰り返しでろくに話す事もできなかった上司に、二年間晴らすことのできなかった疑問を持ちかける。
愛娘が居なくなり、直ぐにでもこの場を去ろうとしていたマユリは気だるげに背を向けていた。


「何だネ?私は忙しい―…。」


マユリの返答を待たずして、阿近は言った。



「局長はウルキオラ・シファーと、今でも関わりはおありなんですか?」



阿近の一言で、その背中がピタリと動きを止めた。


「……。」

「……。」


搾り出した言葉は、今更引っ込めることなど出来ない。

だからこそ、その言葉を受け取ったものは必ずリアクションを返さなければならない。



「……何故、そんなことを聞くのだネ?中央にやった犬のことなど、私が知る由がどこにある?」

「……。」


一気に張り詰めた空気。
しかし阿近もここで引いてはいけないと覚悟していた。


チャンスは今、この一度だけ。
きっとこれを逃せば、この頭の良い男の本心は二度と聞けない。そう感じていた。


「俺はずっと疑問に思ってたんです。」

「疑問…?」

「…あなたの様な人が…本当に中央の任務を素直に遂行するのかと言うことを。」

「……。」


強欲にして自己中心的なエゴイストを気取る涅マユリを深く知る阿近にとって、それは最初に感じた素朴な疑問だった。


「何を今更…中央の命令に死神は背けぬことぐらい、お前も承知のはずだろう?」


嘗て…ここに居る男二人を蛆虫の巣へ収監したのも、またそれを開放したのも他ならぬ中央の決定があったからこそだった。
それは阿近でも重々承知している。

だが…それでも…



「……あなたとあの破面がここを去った二年前のあの日、ぷらすは真央霊術院に入学する術をあなたから貰いました。」

「……。」

「自らの身は自らで守れと、そう告げてあなたは姿を消したそうですね。」

「…ああ…。」

「驚きましたよ。正直…あなたがぷらすを外に出す手立てをするなんて。」

「……。」

「そしてあなたは、俺達に何一つ打ち明けぬまま姿を消した。」


破面が去ったあの日。
その全責任を背負っていた涅マユリ自らも消息を絶った。
最愛する娘二人を残し…周囲は混乱したが”あの涅マユリ”なのだから、研究に没頭する余り身勝手な行動を取っているのだろうと内心思う者は多く、深く追求はされなかった。
何故か上層部から捜索命令を発令されなかったのもその要因の一つである。


「…あなたわざわざ”あの日”に姿を消した。まるで神隠しにでもあったかの様に…そして、帰ってきた時には学会を揺るがす研究結果を持っていた。…その内容は”破面の戦闘DNA”。」

「何が言いたいのかネ?」

「局長…あなたは…、本当に”破面完全死神化計画”を成功させる気はあったのですか?」

「……。」


阿近の核心にマユリは動じず、しかしそれは同時に一瞬たりとも隙を見せぬ構えへと変わったようだった。


「いや…言い方がおかしいですね。俺はそもそもこの計画がその後成功したのか失敗したのかすら知らされていませんし…。」

「……。」

「…学会へ提出された研究レポートは全て拝見させて頂きました。…今回の研究、実は二年前より更に前から局長独自の観点で始まっていたそうですね。」

「ああ、そうだヨ。…私は随分前から破面のDNAに興味を持っていた。」

「しかし、局長の力だけではそのDNAの発見に至ることは無かった…実際、DNA発見方法は井上織姫による偶然の功績が大きかった、と記されていました。そしてその後井上織姫から得たヒントによりDNA採取に成功した。」

「あの人間は、神に近い力を持っているからネ。色々と参考にさせてもらったヨ。」

「採取成功した検体は、死亡確認が済んだ破面で行ったとか。」

「……。」

「……、局長は以前から井上織姫の能力に随分興味をもたれていたようですね。」

「……科学者として、ごく当たり前の事だヨ。」

「生きた人間の魂魄を正式な手続きを経てここへ呼ぶのは、なかなか簡単な事では無い。今回の計画のようなことが無い限り、まず研究許可など下りません。」

「……。」

「不当な手段で生け捕りにすることは可能でも、それは井上織姫が黒崎一護の親しい友人で居る限り無理でしょう…その事で随分手を焼いていたのではないですか?」

「……。」

「だが、そんな折に破面の死神化計画なんていうものが持ち上がった。一見、悪趣味な計画の蓋を開ければ、そこには兼ねてより興味を持っていた井上織姫との接触許可、そして貴重なクワトロエスパーダの検体提供があった。」

「……。」


一つの出来上がったジグソーパズルの絵画。
しかし一度それを崩し作り直してみれば、不思議な事に新たな絵画が誕生する。


「あなたは性格上…それが仕事であれ、自身が興味の無い研究にはとにかく雑にこなす方だ。面倒ごととなれば戸惑う事無く拒絶するでしょう。」

「……。」

「それなのに、今回の任務はいくら中央からの任務とは言えハイリスクにも関わらず請け負った。」

「……。」

「拒否する事は本当に出来なかったのですか?極秘の任務は、裏返せば世に出せぬ裏の任務…つまり、命令を出した中央への脅しのタネとももなりうる。」

「……。」

「幾ら中央でも死神たちの反対世論に真っ向からは敵うことはできない。一言”他の死神たちに今回の計画の全貌を口外する”と言ってしまえば、それを脅しに任務を拒絶することも出来たはずだ。」

「……。」

「しかし実際、任務を請け負った。…そしてその任務の終了と同時にあなたは姿を消し、貴重な”破面のデータ”を持ち帰って結果として周囲から賞賛を受ける形となった。…出来すぎた話ではありませんか?」

「……。」

「ずっと以前からこの稀少なDNAの存在に着目し、そしてそれが井上織姫の力でのみ一部の破面から採取し直せるものだという事も突き止めていた…。違いますか?…今回の破面完全死神化計画は…そのどちらの条件も満たす絶好の機会だった…。」

「……。」


ここで阿近は机の引き出しを開け、数枚の書類を取り出す。
黙って受け取ったマユリは阿近の予想通り、一瞬眉を潜めた。


「局長には悪いですが、俺もこの二年ただボーっと過ごしてきたわけじゃない。色々と過去のツテを使って、調べさせてもらいました。」

「…こんなスパイのような行動を…中央に知れたらどうなるかわかっているのかネ?」

「解っていますよ。局長ほどではありませんが。」

「……。」

「そのデータは、あの破面の収容先となる”蛆虫の巣”のここ二年間の収監データです。」

「……。」

「調べた結果、二年前のあの日、そしてそれ以降に…蛆虫の巣に収監されたものは誰一人居ない。」

「……。」


計画通りならばウルキオラ・シファーは、中央の犬としてそこに収監されることが決まっていた。
なのにも関わらず、その痕跡はデータを見る限り見当たらない…ならば彼は一体いつどこへ消えたのか?



「ぷらすは、もう真央霊術院に入って二年経ちます。」


複雑に絡む糸を解くように、阿近は慎重に彼の愛娘の名を持ち出した。


「今回の研究結果で、今後死神の能力は格段に上がる。きっとぷらすが卒業する頃には、あなたは尸魂界の歴史に名を残す偉大な科学者として君臨していることでしょう。彼女を養子に迎えた…数十年前と立場が大きく変わった。」

「……。」



そう、

その時にはきっと、技局員だからと言う差別も

涅マユリの娘だからと言う偏見も無い世界が

ぷらすを待っている。



「…そうなると解っていたから、あなたはぷらすに真央霊術院へ行かせる許可を出したのではないんですか?」

「……。」


全てはぷらすを、死神にさせてやる為に。
父親である涅マユリの地位を確固たる物にする為に。


「始めからあなたは…この極秘任務を、ウルキオラ・シファーの命を…ぷらすの為に利用した。」



永きに渡り、鳥かごに閉まった可愛い小鳥。

手枷足枷をし、真っ暗闇の中大切に大切に餌を与え育て上げていた。

傍から見れば、それはおぞましい程の独占欲と狂った愛の形に見えただろう。


しかし、それら全ては一重に…彼女を守る彼なりの策だった。


数十年がかりの策は、ようやく今まさに実を結ぼうとしている。

数多の犠牲を生じて…。




「もう一度、聞きます。局長。」




押し黙ったままの上司に、阿近は厳しく…そして祈るような疑問を突きつけた。




「ウルキオラ・シファーは一体、いつ死んだんですか?」



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2012.06.29up


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