Il suo nome













忍びのような足音、僅かに聞こえる呼吸音

こちらが動きを速くすれば、後ろのそれもまた速くなる。





『…面倒くさ。』






そう吐き捨てたエルフィアナは、立ち止まり──後ろの幾つかの気配も立ち止まるのを確認して──目を閉じる。

すると身体を覆うように緋色の光が放たれる。


そして、一瞬静寂がその場を支配する。








彼女を包み込んでいた緋色の淡い光は
弱まりを見せる。

…再び歩き出した頃、足音はすべて消え去っていた。















ファミリーが必死に捜している少女
当事者であるエルフィアナは、レガーロの海辺にいた。

風に煽られ、その赤い髪は
彼女の右頬を覆い隠す。


何気なく後ろを振り返ってみる。

誰も居ないことをその目で確認して、ただ、そこで乱れた呼吸を整えながら
視界一面に広がる海を眺めていた









『………』








強い風が、吹き込む
髪がまた顔を覆い 視界を無くす───…

















「………」







風が止んで
あたりが、怪しいほどに静かになる


次に視界が開けたときには

緋い瞳の少年が
目の前で、自分をみていた。








「……おねぇちゃんも、お家分からなくなったの?」






たどたどしく言葉をつむいだ
聞く限り、その少年は迷子になったようだ

少しだけ微笑んでみせると
緊張と警戒心から解放されたのか、こちらへと寄ってきた。









「帰り道、分かんなくなっちゃった…」







迷うことなく、エルフィアナの隣に座る






「ボクが、言いつけ守らなかったんだ。待ってろって言われたのに
勝手に移動しちゃって…おねぇちゃんも、迷子?」







心の底から、反省しているらしい
眉をさげてしょんぼりとしている。

それにしても、この少年には
エルフィアナが自分と同じ 迷子のようにみえていたようだ



まぁ、迷子も変わらないけど…

心の中で呟いて
エルフィアナは、かわいた笑みを浮かべた





帰る場所なんて

とうの昔に無くしたんだから。











『ある意味、迷子より………大変かもしれない』

「……おねぇちゃん?」







聞こえていなかったのか
“?”といった表情を浮かべて

少年は隣を見上げる


小さな緋色の彼に見上げられた彼女も
その無邪気なそれをジッと見つめてみる







「……おねぇちゃんは?」








自分の髪と同じ、赤い色の瞳
髪は正反対の黒髪


きっと、失ったそれも
この少年と同じ年頃だったかもしれない。












「……?」







返事のないエルフィアナに首を傾げたのは少年──エルモ…

横から彼女を見つめる






…トクン、


トクン…











「…………」

『ん、どうかした?………そんなに、帰りたい?』








自分を見るその瞳があまりにも切なげで

エルフィアナは海から視線を外し
彼の方を見た。




エルモが黙り込んだため、話しかけるもどうかと思い
その細い肩に置こうとしていた手は
自身の顔の横──右耳あたりを──一瞬さ迷ったあと着地点を変える

その手はそのまま、小さな頭の上に下ろされた。


彼女の白く細い指が、エルモの小さな頭を左右になでる。




















『大丈夫だよ。もうすぐ、君の迎えはくる』










エルフィアナの言葉に、エルモはゆっくりと顔をあげる

その緋の瞳は、彼女をまっすぐにみつめて


少しの期待と後悔とが、その表情には張り付けられていた。






そんな熱視線を送られているとしても
知らないフリ。


視線は、またもとの“定位置”である水平線を辿っているが

どこを見ていようがその瞳は
エルモにとっては十分に魅力的だった








『だから、もう少し我慢だ』

「………」











トクン…─────、






さっき初めて、会ったときからもそうだが


自分と手を繋ぐ相手をみる度
起こる胸の熱い跳ねに

エルモは戸惑っていた






悲しい気もするし
どこか、安心もする…

それ自体は経験したことのある気持ちだが

こればかりは違った。












──
















『………』

「…おねーちゃ、」








不意に、立ち上がり
エルフィアナが後ろを振り向く

当然、手をつないでいるため
つられるように立ち上がったエルモの瞳もそちらを向いた



捕らえた者は…

金髪碧眼の青年。











…エルモ。






固まる小さな身体を、横目で確認する

小さく、ホッと息を吐いたエルフィアナは、彼と自分を繋いでいた手を
──パッと振り払った。


咄嗟のことに、驚いたエルモは
走り出す寸前だった己の足を止め、振り返る

大きな緋色の瞳は
振り払われた己の手と、自分を守ってくてた女性を交互に映す














『…エルモ、行きな』









素っ気ない返事を返された。

それでも、エルモは動かない



否、足を動かし、近寄る──















「エルモ!」









遠くから名前を呼ばれ、体がピクリと反応し
一瞬足がもつれバランスを崩した。



その寸前───、距離随分の開いてしまった場所にいる彼女の足が
止まったのを、エルモは見た








「エルモっ!……悪い、大丈夫か!?」

「………おねーちゃ、ん」









だか、

──直ぐに、碧眼の青年がその場に駆けつけ、助け起こす──




彼女が、そこを見届けた様子はない。













「…おね、ちゃん………」






隣から伸ばされる手に助け起こされ、立ち上がったエルモ
膝を払い直ぐに、目の前を見据えた


もう、少年の力では
彼女の姿を見つけることはできなかった。

















「…リベルタのお兄ちゃん」







ゴツゴツとして、大きな手を
今度は、離されないように強く握る








「…どうした、エルモ」








リベルタは膝をついて、エルモの目線に合わせるようにしゃがみこむ

だが彼の目線の先もまた
エルモ同様に、女──エルフィアナの消えた方を向いていた。





「………」







「リベルタのお兄ちゃん…ボクね、あのおねーちゃんにエルモってよばれたんだぁ…」







今度は、しっかりと目の前の相手を
見て話すエルモ







「名前、…ボク、言ってないのに」







小さな肩に手を置く
リベルタの眉間が、…少し険しいものになる。








「エルモ……あの人さ、髪はどんなだった」

「え…、」







唐突な質問に、エルモは首を傾げた







「フェリチータのお姉ちゃんとおんなじ、赤い髪だったよ…?」

「……瞳は、何色だ?」









リベルタを見て、エルフィアナはすぐさま去った。


黒のスーツにネクタイという服装からも、見分けることは容易だし

多分、ファミリーの人間だと
確信したのだ。




エルモがアルカナファミリアの一員だということは仮定の内だったはずだろう

…現に自分が現れたことで、その仮定は確信へとなったはずだ。
















「…ウルフ」

「は?…ウルフ?」






…不信そうな視線をリベルタに向けながら
エルモは答えた








「灰色だよ」

「……」







リベルタは、エルモの両肩を支えに
手を置いたまま顔を下にする




できることなら、当たってほしくはなかったのだ。

だが、色は
該当するものと全くおなじ。



それに、あの女性は
エルモが転げる前に足をとめた

ただ偶然かもしれないが、そうならノヴァの仮定は肯定される。

















「お兄ちゃん、お姉ちゃんを捕まえてるの……?」

「え、」

「……そうなの?」








エルモの瞳が僅かに揺れている

たった数時間一緒にいただけだというのに
赤の他人をそれだけ案じているとは。




人として、ただ気に入ったからなのか。

それだけ、あの人に“何かがある”のか。



















「お兄ちゃん、本当にボクを捜しにきただけ……?」

「……」








よく回転する
良い頭脳の持ち主だ、と

彼を“造った”サングラスの男を思い浮かべる








「エルモは、何にも気にすんな。な!」








誘拐犯確保に貢献した…

しかし今度は、その人物を“保護”するなどと
こんな子供に言えるものでも、言っていいものではない


それに、リベルタ自身
なんの確証もない女性を捕縛することには反対の意識を持っていたし
その“保護”が、名目上のものであることも、予想はしている。




エルモには、口が裂けても
いってはいけない。








「あのおねーちゃん、お兄ちゃんがくるまでボクを守ってくれたんだ…」







しかも、“それにぴったりと当てはまる人物が
目の前にいたんだぞ”などとは。





「……」








エルモに気づかれない程度に、苦い顔を浮かべた。



















二人が家路へついた頃、静けさに包まれた海辺に
黒い影が数人降り立った。

そしてそれは
赤毛の少女が去っていった方へと進路をかえていた──────。
















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