胸元の赤



「臨也、これ」


夜遅くに突然訪問してきた恋人は、お邪魔しますも何も言わず、ずいと俺の目の前へ小さな紙袋を差し出した。
急に何事か、と目をパチパチして、目の前の彼と、目の前の物を、交互に見る。
「えっ?」とか「はっ?」とか意味のなさない言葉しか出てこない口は、いつもの調子が出ない。
頭を回転させてみても、上手く動いてくれていないのか、突き出された物の意味が、さっぱり分からなかった。


「え、ごめん、これ何?」
「何って、その、…ぷ、プレゼントだよ!」
「プレゼントぉ?」
「悪いか」


悪くない、貰えるのだとしたら、むしろ嬉しすぎる程だ。
しかし、本当に意味が分からなかった。
今日は二人の記念日でもないし、もちろん誕生日でもない。
特別な何かが身近であるとしたら、共通の友人である、新羅の誕生日である事ぐらいである。
しかし、新羅にプレゼントを渡すならまだしも、誕生日でもない俺にプレゼントとは、どういう事であろうか。
まさか、まさか…、恥ずかしいから俺の手から、新羅にプレゼントを渡せとか、そんな馬鹿な事を言い出さないだろうか、この馬鹿野郎は。


「えーっと、ちなみに、誰へのプレゼント、かな?新羅?」
「新羅への誕生日プレゼントは、セルティに預けてきた。手前にだよ、馬鹿」
「あ、そう…。俺に…」


これはますます意味が分からない。
金がないと常に言っている彼は、俺と違ってプレゼントなんて滅多に買わない。
イベント事には、ちょっと頑張って、俺の為に色々考えて買ってきてくれるが、日常では考えられないのだ。
そんな彼が、なんだかお洒落な紙袋を目の前に差し出しているなんて、事件以外の何物でもない。


「……今日、門田に会って…」
「え?ドタチン?」
「その連れの狩沢に言われたんだ。四月二日は、イザイザとの記念日だね、って」
「はぁ?」
「今年は、百年に一度の、手前と俺の記念日なんだと」
「…ごめん、ちょっと上手く理解が出来ない」
「狩沢が言うには、2013年の13と、4月2日の42を繋げて、イザシズって読むらしい。それで、それが俺たちの事らしくてな。百年に一回の記念日なんだから、何かしなきゃ恋人として失格だよ、ってすごい剣幕で言われて…。一緒に選んできた」
「ちょっと、なに女と普通にデートしてんの」


思わず嫉妬丸出しで突っ込みを入れてしまったが、やっと理解が出来た。
言われた本人は上手く理解していないようだが、彼女が好きな世界もある程度把握している俺は、普通に分かってしまった。
女の子って、こういう語呂合わせの記念日とか、好きだよね。
まぁ、おかげで可愛いシズちゃんが見れたから、腐女子で、欲望に忠実な彼女には、感謝しなければならない。
きっと後日詳細を聞かれるだろうから、ある程度はお礼として教えてあげるとしよう。


「ありがと。ごめん、俺知らなかったから何も準備してないや」
「別に…。俺も言われるまで知らなかったし」
「開けてもいい?」
「あぁ」


小さめの箱に掛かっているリボンを解いて、開けて見れば指輪が入っていた。
太めのシルバーに、控えめな赤いストーンが光っている。
ペアリングは、以前俺が買ってプレゼントしている。
まさか、指輪をプレゼントされるなんて思わなくて、もう一度目をパチパチと開け閉めした。


「指輪?」
「ペアリングだ。手前に貰ったから、俺も渡そうと思って。俺は手前と違って、手前の指のサイズなんて知らねぇし、もう左薬指には手前からもらったもんがあるからな。チェーンに通しとけばいいかな、とか思ってよ」


ほら、と彼の胸元から出てきたのは、同じデザインのリング。
キラリ見えた石は、俺と同じ赤で、何だか気分が良い。
ありがとう、と小さく呟いて、俯いた口元は、絶対に緩んでいる。
眉もきっとだらしなく下がっているだろうし、こんな油断しきった顔、彼にもあまり見せたくない。
だけど、今日は特別だ、なんて言ったって、ほら、イザシズの日だからね。


「俺は金がねぇからよ。その、高いやつじゃねぇんだけど。あー…、大切にしてもらえると嬉しい、っていうか…」
「大切にするに決まってるでしょ。ずっと着けてる。ありがとう」
「おう」
「そして、俺の指輪も、大切にしていてくれて、本当にありがとう」


キザに左手を取って、薬指にちゅう、と唇を寄せれば、シズちゃんの頬はさっと赤く染まった。
なんだかんだ言って、こんな風に扱われるのは、嫌いじゃないみたいだ。
高身長で化け物な彼だけれど、どこか乙女思考な部分がある。
彼氏として悔しい事に、男前な部分も多いのだが。
そんな彼は満更でもないような顔をして、口付けられた指輪をじぃ、と見ている。
キスを強請っているのかと考える俺の脳は、基本的に自分都合だ。


「指輪、これからも大切にしてね。シズちゃんすぐ喧嘩するから、未だに心配だけど」
「もうどんだけ着けてると思ってんだよ。大丈夫だ。…まぁ、大切にしてやらんことも、ない」
「はは、ありがと」


握ったままの左手を引いて、自分の元へ引き寄せると、シズちゃんは大人しく椅子に座る俺の傍へ寄った。
大きい椅子の隙間にシズちゃんが片膝を乗せれば、ギシ、と小さな音が鳴る。
そんな音を気にする事もなく、俺は金色の髪に指を埋めて、そのまま頭を下へと押し付けた。
下がってきた唇に、自分の唇を重ねれば、聞こえるのは彼の吐息。
漏れたそれに気を良くした俺は、更に腰に腕を回し、彼と密着する。
ちゅう、と舌、それから唇を吸うと、ビクリ震える体が可愛い。


「シズちゃん明日休みだろう?指輪のお礼もあるし、明日は記念日デートしよう」
「はぁ?」
「今日はこのままセックスするから、お昼からかな。美味しい所でランチして、お洒落な所でディナーにしよう」
「……まぁ、手前に任せる」
「任せといて。シズちゃんが気に入るようなプランにしとくから」
「もう明日なのに大丈夫かよ。しかも今からヤるんだろ?」
「俺を誰だと思っているの?大丈夫さ」


自慢げに言えば、シズちゃんは少し呆れたように笑ってから、俺の旋毛にキスをした。
「期待してる」の言葉は小さすぎる程だったけれど、密着してしまっている俺には、しっかり聞こえている。
今日だけでなく、明日の夜も、アンアン鳴かせて満足させてやろう、とニヤリ笑って、もう一度左薬指へと、キスを送った。



―――

2013年4月2日。100年に一回のイザシズの日ふぅぅぅぅぅ!!4月20日もイザシズの日だと思ってるんだけど、間違いじゃないよね。記念日沢山の方が楽しいじゃない?
なんとか書けて良かった。即興で文章ガタガタかもしれませんが、お祝いの気持ちは沢山です。イザシズ早く結婚しろ。









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