レンゲ畑



それはふとしたきっかけだった。
静雄はある日、その違いに気が付いた。
出会って数年、ずっといがみ合ってきた相手。
その相手が向ける自分に対しての視線が、いつもと違ったのだ。
自分と違って、色素の薄くない漆黒の瞳。
その中に、ゆらゆら揺れる物を見るようになったのは、結構前の事になる。
始めは気のせいだろうとも思った。
だって、あの折原臨也が、平和島静雄に対して、憎悪、嫌悪、そういったマイナスの感情以外を向けているなんて、思いもしない。
しかし、意識し出せばそれは確実な物になっていった。
その感情が何なのか分からなくて、でも気になって。
その正体を知りたいが為に、静雄の方から新宿へ足を向ける程であった。
そうして何度も対立する中で、静雄は一つの可能性を導き出した。

「アイツは俺に、好意的な物を寄せているのではないか」

今までの事を考えると、それはあまりにも現実味がない。
それでもやっぱり、静雄の中の第六感が訴えてきて、そう思えてしまって。
そこに見える感情が何なのか事実も分からないまま、その瞳を見つめ続けていたら、逆に静雄が恋をしてしまっていた。
あの黒く、光るような瞳に、自分は吸い込まれて魔法を掛けられてしまったのだと、静雄は思った。
色が変わったあの瞳に、憑りつかれたのだ。




「なぁ、セルティ。ちょっと話を聞いてくれるか?」

そんなある日、静雄は都市伝説に、声を掛けていた。
彼の中で、ぐるぐる渦巻いている疑惑、困惑、喜び。
それらを相談したかったのだ。
彼女は元々静雄の愚痴などもよく聞いてくれていたし、何の迷いもなく、相談相手は決まっていた。
彼女にしか、こんな事話せない、と思った。


『なんだ、そんな難しい顔をして。悩み事か?』
「あのな、俺、たぶん恋をしているんだ」
『こっ、恋?!本当か!私は嬉しいぞ、静雄!そうかぁ、静雄が恋か。良かったな』
「あー…。良いのか、良くないのか、分かんねぇけど…」


静雄の話を聞いて、セルティは心から喜んだ。
愛と言う物を、どこかに落としてきた静雄は、それを遠ざけたがる。
長い事そんな姿を見てきたから、本当に嬉しかった。
そして、そんな大切な事を、自分に相談してくれた事も、セルティは嬉しかった。
自分には新羅と言う、大切な人間がいる。
その人と一緒にいる時間が幸せで、かけがえのない物だという事を知っていた。
それを静雄にも知ってほしいと、思っていたのだ。
ようやく、それを静雄も味わえるのだと、セルティはウキウキとPDAに文字を打ち込んでいく。
そんな嬉々としたセルティと対照的に、静雄は浮かない顔である。
ここから先、真実を言えば、セルティが困惑する事を、静雄は知っているからだ。


『相手は?私も知っている人?』
「……臨也だ」
『ん?ごめん。ちょっと、よく聞こえなかった』
「折原、臨也。俺はたぶん、アイツの事が、好きなんだと思う」
『…臨也、って、あの…、えーっと、情報屋の折原臨也?同姓同名の別人じゃなくて、真っ黒くろすけの、アイツの事を言っているのか?』
「あぁ」


静雄の予想した通り、セルティは困ったように、おろおろしだした。
何か文字を打ち、それを消して、また打ち。
それを何度も繰り返しながら、何度も静雄の顔を見る。
冗談を言っているのではないだろうか、私はからかわれているんじゃないだろうか。
こうやって、困っている私を見て楽しんでいるなんて、何だ、案外子供っぽい所もあるものだ、早く「嘘だよ」と言ってくれないだろうか。
そう考えつつも、静雄の目を見て、彼女も分かっていた。
認めたくないだけで、理解をしていた。
本気、なのだ。
彼は、本当に、あの悪魔の様な男を、好きになってしまっているのだ。


「わりぃな。別に、困らせたい訳じゃ、ねぇんだ。セルティには、知っておいて、ほしかった」
『いや…、私の方こそすまない。せっかく悩みを打ち明けてくれたのに、取り乱してしまった。…本当、なんだな。本当に、静雄は臨也の事が、好きなんだな』
「そうみたいだな。なんだろう。…アイツの目がさ、結構前から、変わったんだ」
『変わった?』
「そう。俺を見るときの目が、変わった。上手く言えねぇけど、色って言うのかな。見える色から感じ取るアイツの感情が、変わったんだ」
『…それはお前の、新羅が言う第六感みたいなもんなんだろうか』
「どうだろう。たぶん、そういうもんだと思う。アイツのそれがどんな物なのか、正確な事は分からねぇ。でも、その目を見てたら、なんか…。そう、気付いたら、意識していた」


セルティは、静雄の話を聞きながら相槌を打っていた。
それは聞いているよ、の相槌ではなく、なんとなく分かる気がする、の相槌。
セルティの傍にいる岸谷新羅という男は、首がないセルティの感情を汲み取るのが上手い。
彼は「愛の成せる業」だと声を大きくして言っているが、セルティは、彼自身人の感情を読み取ったり、変化を見抜くのが上手いのだと思っている。
実際、静雄の言う臨也の目の色に関しては、彼もセルティに呟いていたのだ。
「最近の臨也は、静雄を見る目が違うね。何て言っていいのか分からないけど、高校のと違う」と。
新羅はその時「執着心も合わさって、まるで恋しているみたいだね」なんて言っていたので、その時彼女は『変な事を言うな』と反論してしまったのだが。
しかしこれは、かなり過去の話になる。
下手すると、静雄が異変に気付くずっと前の事だ。
なるほど、これは本当に、静雄の勘が事実かもしれない。


『で、静雄はどうするんだ?』
「迷っている。言うべきか、言わないべきか。俺の勘は、自慢じゃないが結構正確なんだ。変わった事は確かだし、それがマイナスじゃねぇってのも、なんとなく分かる」
『私も、静雄の勘だとか、六感だとか、そういうのを何回も見ているから、割と信じているよ』
「お前にそう言われると、なんか自信出てくるな」
『言ってしまったらどうだろう。確かに、相手はあの情報屋だ。不安もある。でも、静雄が言った臨也の変化に関しては、新羅も、私も、感じ取った部分がある』
「そうか…。………よしっ、決めた。セルティ、ありがとうな」
『言うのか、アイツに。好きだ、って』
「あぁ。どうなるかは分からねぇけど。でも、言ってみるよ。ぐだぐだ考えるのは、性に合わねぇ」


力強く笑った静雄を、綺麗だと、セルティは思った。
彼は強い。
力や、体が、という事ではなく、意志が。
もちろん、小さいころからの特異体質で、弱く脆い心も持ち合わせているが、自分をしっかり持って、芯が強いのだと、セルティは思う。
そんな静雄を見ていると、自分も強くなれたような気がしてくるから不思議だ。


『何かあったら、すぐに連絡をくれ。私はいつでも駆けつけるぞ』
「ありがとな」


『応援している』と最後にPDAへ打ち込み、その日はそこで別れた。
その日の事を、セルティは新羅に報告するべきか迷った。
静雄は自分だけに相談してくれたのだ、他の人に知られたくないのかもしれない、と。
しかし、不安が大きすぎた。
一人では耐えられなくなって、結局新羅にこっそりと、報告してしまった。
重々しく話し出したセルティに対し、白衣を着た優男は、「静雄がそう言っていたなら、きっとそれが真実さ。やー、薄々感じてはいたけど、あの臨也がねぇ」と軽い発言。
しっかり考えてくれ、と一瞬思ったのだが、今のセルティには、こんな新羅の対応が嬉しかった。
安心したのだ。
きっと、大丈夫、新羅もこう言っているのだから。
そう思える程、セルティはこの男を信頼していた。

そんなドキドキする数日後、セルティに静雄からの連絡が入った。




「気持ち悪い、ってさ」

そうあっけらかんと、静雄は言った。
悲しい表情もしていない。
張り付けたような、微笑を湛えて、静雄はそこにいた。
公園の植木に腰かけた静雄は、いつもより猫背だ。


「俺の勘も、鈍ったみてぇだな」
『静雄』
「目の色は、あの色だったんだ。だけど、軽蔑するような笑顔で、アイツはそう言ってた」
『静雄』
「まぁ、当たり前だよな。俺は男だし、化け物だし」
『静雄!』
「ごめん、ごめんな。アンタを悲しませたかった訳じゃねぇんだ。そんな顔、しないでくれよ」


心優しい都市伝説であるデュラハンは、心の底から後悔した。
自分が後押しをしたから。
自分が、深く考えず、静雄に言葉を掛けたから、こんなにもこの男は傷付いている。
悲しい思いを、辛い思いを、させてしまった、と。
ない瞳から涙を流して、彼女は悲しんだ。
静雄は、自分を攻めているセルティを、困ったように見つめていた。
こんな風に、彼女を苦しませるのなら、自分の悩みなど言わず、さっさと自分一人で行動していれば、良かったのだ。
意気地無しな自分のせいで、大切な親友を、悲しませてしまった、だなんて。
なんて情けないのだろう。


「別に、後悔はしていないんだ。この感情も、いつかはどうにかしなきゃいけなかったんだからよ」
『でも、…お前が傷付いている』
「しょうがねぇよ。変に舞い上がった、俺が馬鹿だったんだ。俺が愛されているかもなんて…、馬鹿馬鹿しいよな、本当」


数日前と違い、弱々しいその姿。
それを見て、セルティは思わず、静雄に抱きついた。
温かく柔らかそうな金色を掻き抱いて、ぎゅうと力を入れる。
「新羅に怒られるぞ」なんて聞こえる声は、無視することにした。


『愛されている。愛されているよ、お前は。私が愛してやる。だから、そんな消えそうな顔をしないでくれ』
「お前だけじゃなく、俺も新羅に怒られちまうよ」
『許可をもらう!アイツは私に甘いから、きっと大丈夫だ!だから、だから…』
「ありがとう。俺は大丈夫だ、本当に」
『静雄…』
「何回も話を聞いてくれて、サンキュな。俺、頭を冷やそうと、思うんだ」
『頭を冷やす?』
「そう。舞い上がって、期待した自分が悔しいから。辛いから。だから、頭を冷やそうかな、って」
『…?』
「ありがとう、本当に。あと、悪かったな、色々と」


抱きついたままだったセルティの肩を優しく押して、静雄はポンポンと黄色いヘルメットを撫でる。
その表情が背筋が凍るほどに優しくて、少し怖かった。
そんな違和感を残して、池袋最強、自動喧嘩人形は、池袋と言う街から姿を消した。









「静雄君、そこの小麦粉を全部あっちに運んだら、今日はもう上がってちょうだい」
「あ、わかりました。お疲れ様でした」
「また明日ね」
「おう、お疲れさん。また明日な、静雄」
「はい」


厨房にあった、小麦粉の入った大袋。
それをずしずしと積み重ね、静雄はそれを軽々と持ち上げる。
それにもう驚きもしない二人は、三十代の夫婦だ。
ここに来て、既に数か月。
静雄は池袋から遠く離れた田舎で、パン屋のアルバイトをしていた。
世話になっているパン屋は、優しそうな夫婦が経営しており、そこの助手として、雑用、レジなどをしている。
あとはたまに、高校生になる息子の相手だ。


「あ、静雄さんもう帰るんすか?」
「おぉ、お帰り。今日はもう上がりだ」
「じゃあ、じゃあ、俺と一緒にゲーセン行きません?今から友達と行くんすけど」
「行かねぇよ」
「えー!じゃあ、今度相手してくださいよー?みんな静雄さんに会いたいって」
「あー。分かった分かった」


ここの息子は、ちょっとやんちゃだ。
田舎でよく見る、不良ぶった高校生である。
根は優しく、両親思いなので無茶はしないが、こうして同じくやんちゃな仲間とつるんでいる。
そんなやんちゃな集団は、何故か静雄に懐いていた。
力が強いのと、見た目のせいだろう。
やたらと憧れを抱いて、近寄ってくるのだ。
力に恐れられることはあっても、こうやって懐かれることは今までになかった静雄は、未だに慣れない。
それでも嬉しくて柔らかく笑ってしまうから、高校生たちも余計に懐くのだろう。



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