マフィン



その現状を不幸と取るか、幸と取るか。
見方と考え方によって、それは変わってくる。
例えばその出来事が同じ内容でも、人によってはプラスに思えるし、人によってはマイナスに思える。
要は人それぞれなのだ。
人それぞれなのだと、理解はしているけれど。
それをその人の幸せだと、どうしても思えない事も、あるものなのです。
あぁ、どうしてこんなに遠いのか。
どうして不幸を隣に置いておくのか。
私には分からなくて、辛くて、苦しくて。
そしてどうしても、認めたくないのです。






それはある日の出来事だった。
いつものように静雄は一人、家へと足を向けていた。
そんな彼の制服は少し汚れており、所々血も付いている。
もちろん、平和島静雄、本人の血ではない。
本日学校の校門で、待ち伏せしていた集団の、誰かの物だ。
既に嫌いな喧嘩を売られていた為、下校中の静雄の眉間には皺が深く刻まれており、視線も鋭い。
母親にせっかく洗ってもらった制服がまた汚れてしまったのもあり、彼のイライラはピークだった。

そんな中聞こえた、争う声。
その中に女の拒絶する声も聞こえたと思ったら、どしんと人がぶつかってきた。
路地裏の方から、静雄の方に人が飛び出てきたのである。
やんちゃそうな見た目の少年の向こうには、一人の少女と、数人の少年。
むこうに見える数人の少年も、ぶつかってきた少年と同じように、やんちゃな見た目である。
そんな、一般人が見たら避けるような少年たちに、挟まれている少女は、奥にいる少年に腕を引かれていた。
誰がどう見ても無理矢理な状況で、おそらく少女が抵抗して、飛び出てくる少年が出来上がったのだろう。
どこか冷静にその物事を把握した静雄は、とりあえず穏便に事を済ませようとした。
自分は不本意ではあるが、有名人だ。
「平和島静雄」の姿を見て、逃げてくれれば、少女は何事もなく助かるのではないかと、考えたのだ。
しかし、そんなにうまく物事は動かない。
金髪、長身、来神の生徒。
その姿を認識して、つっかかってきた。
平和島静雄と知って、だ。


「な、なんだよ。何か用かよ!」
「別に。ただ、無理矢理は良くねぇだろ、って思って」
「ははっ、何だよ、化け物がヒーロー気取りか?!笑っちまうぜ!」
「あぁ…?」
「どうせ化け物だから、女にモテねぇんだろ?お前、周りに女、いねぇもんなぁ!」
「ははぁ、羨ましかったわけかー、静雄君」


静かに口を開いた静雄に対し、少年たちの態度は大きくなる。
無理もない。
噂でしか、彼らは平和島静雄を知らないのだ。
金の眩しい髪の毛ではあるが、見た目は穏やかそうな少年である。
噂が過激に自分の耳に届いたと思っても、不思議ではない。
だから彼らは、間違った。
あの化け物と叫ばれる男に、堂々と喧嘩を売っていたのだ。


「女に縁のないお前は、お呼びじゃねぇんだよ」
「早く帰って、一人寂しくオナってろよ」
「ごちゃごちゃと…」
「は?聞こえ、っ?!」
「ごちゃごちゃごちゃごちゃ…うるせぇンだよ!そもそも、人にぶつかっといて謝罪もないたぁ、どういうつもりだ、あぁ?!」
「う、がっ…?!」


路地裏から飛び出て、静雄にぶつかった少年の足が浮く。
ぎちぎちと鳴る頭を持っているのは、静雄の右手のみだ。
痛みでバタバタと足を動かす少年を、そのまま静雄は放り投げた。
後方へ。
いきなり人が飛んできたと、後ろの通行人が悲鳴を上げる。
それと同時に、路地裏の奥にいる少年も、悲鳴を上げる。
仲間が一人、片手で軽々と投げられたのだ。
少年たちは、喧嘩も様々な所でやってきた。
色んな相手と、拳をぶつけた。
けれど、こんな一方的に、大きすぎる拳は、初めてだった。
『噂は本当だったのだ』
そうつぶやいた誰かの声で、少年たちは、飛んで行ってしまった仲間をそのままに、逃げる事を決意した。
彼を拾って逃げるには、路地を抜けるしかない。
しかし、そこには獅子がいるのだ。
どうしようもない。
仲間であった彼に、皆が心の中で謝罪をして、その場から走り去ってしまった。


「根性もねぇくせに、喧嘩なんて売るんじゃねぇよ、クソが」

チッ、と舌打ちした静雄は、それでも機嫌が上昇していた。
人を一人投げるだけで、済んだのだ。
校門前でした喧嘩の様な、派手な動きはせず、感情も爆発する前。
嫌いな暴力は、右腕だけで終わりを告げた。

機嫌の上昇した静雄は、そのままクルリと右を向いた。
もう既に、投げた少年と、巻き込まれていた少女は視界に入っていない。
鼻歌でも歌いだしそうな長身の彼は、野次馬の視線も気にすることなく、プリンの待つ家へと、足を進めた。



それが数日前の出来事で、静雄は完全に、その出来事を忘れていた。
喧嘩の経緯や、相手、周りの状況などいちいち覚えてなどいない。
頻繁に起こる騒動が日常である静雄は、その出来事が何日前なのか、はたまた数か月前なのか、それすらも分からないのだ。
そんな彼であるから、今、目の前で起こっている事に対して、クエスチョンマークを飛ばしている。
こんな人気のない場所に呼び出されて、更に手作りマフィンなんて、貰う理由が分からないのだ。


「えぇ、と。俺にこれを、どうしろと?」
「あの…食べてもらえると、嬉しいんだけど」
「……俺が?」
「う、うん。この前の、お礼、だから…」


礼とは何だろうか。
人の顔と名前を一致させるのも苦手な静雄は、彼女が何組の誰なのかも知らない。
上履きの色で、同学年だと分かるぐらいである。
彼女と俺は、どこで会ったのだろうか。
何かをもらえる様な事を、自分はしたのだろうか。
マフィン片手に、首を傾げてみるも、なかなか思い出せない。
そんな静雄を見て、彼女は困ったように笑った。


「覚えてない、かな?最近、他校の男子に絡まれてるのを、助けてもらったんだけど…」
「あー…。喧嘩とか、しょっちゅうだから。…わりぃ、覚えてねぇや」
「そう…。とにかく、ありがとう。見て見ぬふりをしなかったのは、平和島君だけよ」
「別に。俺が何か気に入らなかっただけだろう」
「平和島君には、関心のないことかもしれない。でも、私は助かったし、嬉しかったから。だから、貰って」
「…覚えてねぇのは、悪いけど。まぁ、甘い物は好きだし、これは貰っとくわ。サンキュ」
「う、うんっ!あの、私、お菓子を作るのが好きなの。また、何か持ってくるねっ」
「ふぅん」


頬を染める少女と、平和島静雄。
静雄本人を除き、誰がどう見ても、少女は静雄に恋をしていた。
彼女には静雄が、ピンチを救ってくれた王子様にでも、見えているのかもしれない。
またこうして、お菓子を作って来よう。
そうして、今日みたいに人気のない所に呼んで、ひっそりお菓子を渡すのだ。
みんながいる場所で渡すのは恥ずかしいから。
変な噂が広がるのが嫌だから。
そう、二人きりになりたいだとか、そんなやましい事じゃ、ないのよ?
うっとりとそう考える少女の瞳には、目の前の王子様しか映っていない。
だから気付かなかった。
人があまり来ないこの場所に、見た目も中身も真っ黒な、彼がいた事を。






「シーズーちゃん」
「っ、う…はぁ、」
「君は悪い子だね。いつからそんな子になっちゃったの?」
「くぅっ…、あぁっ、やめっ」
「はは、かっわいいなぁ」


ぐちぐち鳴る音と、低いモーター音。
響く音は、健全な物ではない。
普段使われる事の少ない教室で、静雄の制服は乱されていた。
静雄のポケットに入っていたネクタイで縛られた腕が、力なく震えているのは、床に転がっている注射器が原因だろう。
折原臨也は、恋人相手にでも、薬を平気で使う男だ。
そんな傍から見たら最低な男は、服を乱す事なく、ただ静雄を舐めるように眺めていた。
時折動く右手は、後ろに埋まっている振動型バイブを深くへと押し込む。


「シズちゃん、そんなに力んだらバイブ抜けてきちゃうよ。せっかく前立腺に当ててあげてるのにさぁ。ほら」
「ひっ、ああぁぁっ、あっ!」
「苦しい?縛られてるちんこ、苦しい?」
「はっ、あ…い、きてぇ、臨也っ!」
「うんうん、分かるよ。気持ち良かったら出したくなるもんねぇ。でも、だーめ。まだこれは取ってあげないよ」


楽しそうに笑う臨也は、静雄のペニスを縛っている紐を、爪でかりりと引っ掻いた。
少しの刺激でも辛い静雄は、それだけで高く鳴く。
切なく歪む顔を見て、簡単に煽られた臨也は、バイブの奥に入れられているローターのスイッチを「強」へと変えた。
グネグネと動くバイブが、振動の強くなったローターを更に奥へと導き、こつこつと中で触れ合う。
中で快感を拾うよう、臨也に作り変えられた体は、二つの変則的な動きに耐えられず、ビクビクと跳ね上がる。
強い刺激は、もはや拷問でしかなかった。


「俺と言う恋人がいながらさぁ、女に媚び売るって、どういう事なのかなぁ。ねぇ、シズちゃん」
「う、うって、ない!」
「あのマフィンは美味しかったかい?あの女、俺のシズちゃんにあんな目向けてくれちゃってさぁ。気持ち悪いったらないね」
「い、あぁっ、も、それ以上はっ…奥に入んねぇ、よ!」


鼻で笑った臨也はバイブを掴むと、八つ当たりのように、更に奥へと埋め込む。
同時にローターは更に奥へと入り込み、静雄は泣き言を言った。
バイブだけでも、結構奥まで届く。
それなのに、今日は更に奥へと、ローターが届いている。
今までなかった仕打ちに、静雄はついに、涙を流していた。


「あれ、泣いちゃった?気持ち良すぎ?困ったなぁ。俺ので満足できなくなっちゃったら、どうしようね」
「そ、う思うなら抜けっ!ノミ蟲っ」
「駄目だよ。これはお仕置きだもの。ねぇ、君は俺の物でしょう?暴れまわって、孤独の化け物でいれば、良いんだよ」
「やっ、あ、そこ、押すなっ、ひぃ」
「あぁ、友達までは、しょうがないから許してあげるよ。しょうがないからね。でも、あんな目を向けられるのは、許さないよ、シズちゃん」


ぐちり、カウパーを垂れ流す先端を押すと、先端が更に赤みを増す。
そこからぶわり溢れるそれを、塗りこむように人差し指でくるくると亀頭を撫で、弱い部分を攻めてゆく。
がちがちに固くなってしまったペニスはすでに限界で、溜まったものを吐き出したいと訴えていた。
熱を外に出したい一心の静雄は、怒っているような臨也に、「ごめん」と小さく呟いた。
何に対して謝っているのか、きっと良く分かっていないのだろう。
それでも、臨也は満足した。
その一言、自分を求める様な瞳。
それから、外からの気配。
かたり、小さな音を耳で拾ってから、臨也は満面の笑みを浮かべた。


「しょうがないから、今日のお仕置きはここまでにしといてあげる。ほら、紐、取ってあげるよ」
「っあ、ひっああぁぁ…、あっ、ふぅぅ、」
「はは、だらだら出てくる。…ん。俺も入れたくなっちゃった。バイブ抜くね」
「は、はぁ…んん…」
「はーい、入るよー」
「えっ、や、ローターっ!ああ゙ぁあっ!…ばか、やろっ」
「はぁ、ん…振動気持ちいい…」
「まて、あっ、まだ出て…、ひぃぁっ」


せき止められた精液は、だらだらと先端から流れ出る。
長い放出の最中に熱い物を押し込められ、静雄の体は大きく跳ねた。
イっている最中の刺激は強すぎて、目の前がちかちか光っているような錯覚に陥る。
そんな静雄とは別に、臨也も余裕がなかった。
淫らに鳴き狂うのを、ただ見ていたのだ。
自分も欲望を吐き出したくて、仕方なかった。
限界だったのは、静雄だけではない。


「はっ、あぁ、シズちゃんの中…、ぬるぬる、やばー」
「もっと、ぁ、ゆっく、り…!」
「無理…。我慢、できないっ…」
「ひんっ、あぁ…、いざやっ」


ズボンの前だけを寛げた臨也は、少し後悔していた。
自分のズボンに、静雄の精液が飛び散っているのだ。
黒に白は目立つ。
今日は二人ともジャージで帰宅だな。
頭の隅でぼんやり考えつつ、視線は静雄から離さない。
甘く甘く鳴いて、自分の名前を呼ぶその口が、堪らなく愛おしい。
その愛おしい赤く濡れた唇に、臨也は食い付くように口づけていた。
漏れる艶のある声は、臨也の口の中で反響する。
響いて振動する声にまた腰が疼いて、ずくり、奥を突いては快感を拾った。
ぐちゅぐちゅ濡れた音は、下からなのは、上からなのか。
いやらしく響く音と声がぐるぐる脳を回って、二人を離さない。


「ん、…やば、今日早いかもっ」
「ふぁ、ふぅ、ぁ…。イけ、よ」
「あっ、んん…、出るっ、シズちゃんっ…」
「や、やっ、前擦られた、らっ、おれ、…ひぁっあぁ…!」


臨也が吐き出した精液を奥で感じる。
それに静雄がひくり喉を鳴らすと同時に、性器の先端に綺麗に削られたなめらかな爪が食い込んだ。
弱い部分を遠慮なく刺激され、渦巻いた熱を、静雄はもう一度びゅくり放出した。
掌で温かな白濁を受け止めた臨也は、それで少し遊んでみて、それからねっとりと舐め取る。
そんな行動をうつろな目で見る静雄は、それに恥ずかしいと感じる事も出来ない。
間を開けない絶頂に、静雄は高く長く鳴いて、ぷつり意識を手放した。
一時的に飛んでしまっただけだ。
すぐに目を覚ますだろう。
そう思いながら臨也は、右手で金髪を撫でながら左手で携帯を操作する。
ぷるるる、と鳴る機械音は、予想以上に長く響いた。


「あぁ、やっと出たね、こんにちは。酷いじゃないか、遅刻するなんて。
あぁ、電話番号?勝手に調べさせてもらったよ。
それにしても、全部を見せてあげられなくて、残念だなぁ。君の好きな男は、あんなに可愛く鳴くんだよ?知らなかっただろう。
え?無理矢理じゃないよ、失礼だな。俺たちは隠しているけれど、相思相愛の恋人だもの。ちゃんと愛ある行為さ。
あはは、なんだい、その声。化け物を憐れんでいるの?優しいねぇ。
は?むしろ感謝してほしいくらいさ。俺は愛する人間である君を、化け物から遠ざけてあげたのさ。親切だろう?そんな事を言われる筋合いはないよ。
そもそもね、どこにでもいる様な普通の君が、化け物の隣にいられるとでも思ったの?可笑しな話だ。『非日常』である化け物を、常に隣におけるかい?耐えられるかい?夢を見過ぎだよ。
言いふらすも脅すも、君の自由さ。勝手にしなよ。俺は別に、恋仲である事を隠したい訳じゃないんだ。シズちゃんがそう言っているだけでね。
そう、君は賢い子だね。そういう人間は好きだよ。あぁ、でもシズちゃんが楽しみにしていたから、お菓子は作ってきてあげてよ。それくらいなら許してあげよう。俺ってば、やっぱり優しいなぁ。
じゃあね、ばいばい。また明日」


通話を終えた臨也は、任務を一つ終えたような、満足そうな顔をしている。
泣きそうな声を出していた彼女は、それでも自分に食い付いてきた。
怖くて恐くて、しかたないくせに。
自分の愛する人間は、こんなに面白く動いてくれる。
それほどまでに静雄を気に入っていたと考えると、少し機嫌は降下するが、それでも良い。
こうして邪魔を一つ取り除けたのだから、本人的には満足なのだ。

「シズちゃんは、俺さえいれば、ハッピーエンド。でしょ?」

臨也はくしゃり、掌で握った前髪から覗いた額に、ちゅう、と優しく口づける。
その顔は酷く、柔らかかった。



―――

柚木様リクエストの、静雄に気がある女子を臨也が牽制した後でお仕置きと称して焦らしプレイ、でした。
臨也さんが最低ですね。指定がなかったので、あまり甘くないお話になりましたが、大丈夫でしたでしょうか?もし何かありましたら連絡ください。手直しさせていただきます。
ちなみに出だしの文は女の子の心境です。分かりにくかったらすみません。あえて彼女視点の心境をあそこにだけ入れました。
お祝いの言葉、ありがとうございました。こんなちんけなサイトですが、生温かい目で見守ってやってください。
リクエストありがとうございました!









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