愛しい貴方へ



私、セルティ・ストゥルルソンは、非常に困っていた。
明日、2月14日はバレンタイン。
日本では、好きな人にチョコレートを贈る日となっている。
街の女性はウキウキとチョコやラッピングを見て回り、どれを渡そう、どうやって渡そう、そう言って楽しそうだ。
そんな人々を見て、首のない海外の妖精という部類だけれど、一応女である私も、愛する人へチョコレートを渡そうと思ったのだ。
しかも、ちゃんと作ったものを渡したかった。

しかし、ここで問題がある。
私は料理が苦手なのだ。
味見が出来ないから、濃いか薄いかも分からないし、調味料を間違えていても分からない。
火加減もいまいち分からなくて、真っ黒に焦げてしまう事が多かった。
だから、誰かと一緒に作って、ちゃんと美味しい物を新羅に渡したかったのだ。
そこで、一緒にチョコを作れるような知り合いの女の子数名に声を掛けた。
だけど、杏里ちゃんは「料理は苦手で…」と恥ずかしそうに立ち去ってしまい、美香ちゃんには「誠二さんへのとびっきりなチョコを作るので忙しいんです。ごめんなさい〜」と言われてしまい、狩沢さんには「バレンタインイベントに出す原稿で忙しいの!」と断られてしまった。
女の子の親しい知り合いは少ない。
新羅のお義母さんも捕まらない。
どうしようか、どうしよう。
これは困った。
もっと早くから行動していれば良かったのに…!


「お、セルティじゃねぇか。仕事帰りか?お疲れさん」
『静雄ぉぉぉ!ちょうど良かった私と一緒にチョコをしよう!』
「は?え?よくわかんねぇんだけど」




「なるほど。新羅に手作りチョコを渡したいけど、一人じゃ作れない、と」
『そうなんだ。私はいつも料理を失敗してばかりでな。いや、最初の頃に比べたら上達したんだと思うんだ!でも、やっぱり自信がなくてだな…』
「良いぜ、協力してやる。アンタは俺のダチだ。俺なんかでよければ、一緒に作ってやるよ」
『ありがとう静雄!材料と道具はシューターに影でくくりつけてあるんだ。…その、新羅にバレるのが嫌だから、静雄の家で作ってもいいだろうか?』
「俺の家、狭いぞ?まぁ、セルティが良いなら、別に構わないけど」


たまたま通りかかった静雄。
声を掛けられたのを良い事に、すがる様にお願いをしてしまった。
そのまま静雄の協力と、家の台所使用の許可を得たはいいものの、良く考えたら、静雄は料理が出来るのだろうか?
あまりそういった話はした事がないから、料理はしない方なのだと思っていたのだが。
いや、しかし、味見や火加減を見てもらえるだけで助かる。
せっかく協力してくれる友達を見つけたのだ。
このまま甘える事にしよう。





「ちょっと散らかってるけど。入れよ」
『ありがとう、気にしないでくれ。っていうか、綺麗じゃないか』
「そうか?」


静雄の家には、初めて入った。
道で会って話したり、公園でのんびりしたり、新羅の家でお茶をしたりはするけれど、静雄の家へお邪魔するのは初めてだ。
シューターの後ろに乗せて、送ったりもしているから、もちろん場所は知っていたけど。
そんな静雄の部屋は、綺麗というより、何もない印象だった。
必要最低限な家具しかなく、床に転がっている物も少ない。
床の上にあるのは羽島幽平が特集されている雑誌と、ティッシュの箱ぐらいだ。
ちなみにパジャマだと思われるジャージは布団の上に投げ捨てられていた。


「セルティ。何を作る予定なんだ?」
『それが、まだ決まってなくて。本は持ってきたんだ、ほら!生チョコとか、トリュフとかだったら、私でも作れるかな、と思っているんだが…』
「あぁ。そうだな、簡単な方がいいだろう。ブラウニーとか、マドレーヌとかも割と簡単だけど。まぁ、トリュフなら焼かなくてもいいし。トリュフにするか」
『ん?あ、あぁ、そうだな!』


本も見ず、顎の下に手を添えて考えながら喋る静雄に少しの違和感。
あれ?なんかこの言い方、ブラウニーとかの作り方も知ってる感じ?
静雄は料理が出来ないと思っていたけど、実は出来る人なのか?
お菓子とか作っちゃう人?
あぁ、静雄は甘い物好きだもんな!
あれ、作れる静雄、なんか可愛い。


「そうだ、材料はチョコ以外に何を持ってきてる?」
『えぇと、生チョコを作ろうと思っていたから、生クリームはある。あと、何かに使えるかと思って、クッキーとクルミ。これで作れるかな?』
「あー、っと…。あぁ、バターはウチにあるし、大丈夫だ」
『そうか、良かった』
「せっかくクッキーとクルミがあるんだ。これも使おう。砕いて、トリュフの中に入れてみたら、食感とか面白くなるんじゃないか?」
『おぉ?!それはいいな!クッキーにチョコが乗ってるお菓子もあるし、きっと美味しいだろう!』


「お前はしゃいでんなー」と優しく笑う静雄の隣に並んで、影で包んだ材料を取り出す。
ついでに持ってきたエプロン二つも取り出して、片方を静雄に渡してやったら、わりぃな、とはにかんだように言われた。
どうしようか、この男、可愛いぞ。



「まずは、チョコを細かく刻んでくれ。そうそう。で、こっちのボウルに入れるんだ。俺はこっちで生クリームを温めておくから、怪我しないようにゆっくりやれよ」


静雄の言葉に、チョコに目線を向けたまま、こくんと頷く。
それを見て静雄は、そのままコンロに小さい鍋を置いて、白い液体を注いだ。
ふわり、持っているチョコレート以外の匂いが充満する。
バニラの匂いが、なんだか優しい。

静雄とのやり取りは楽だ。
私が喋れないのをよく理解しているし、相手もそれを良しとしている。
先程のように説明をして、それに何かの言葉をわざわざPDAで見せなくても、理解したことを分かってくれる。
正直影を操ってPDAを打てないほど包丁に集中している今、それはとても助かる事だった。
元々寡黙な男であるし、私も口を持たないので、無言の空気は気にならないし、むしろ心地いい。
新羅程ではないが、空気や動きで、考えや機嫌を読み取ってくれるのを見ていると、やっぱりこいつは私の親友と呼ぶ存在だな、と思えた。


「セルティ、チョコ刻めたか?」
『これくらいで大丈夫かな?大きいか?』
「いや、大丈夫だろう。じゃあ、生クリーム入れるから、それを混ぜてくれ。空気が入ると表面が綺麗にならないから、ゆっくりな」
『分かった』


湯気が上がる白色が、茶色とマーブルになる。
そこにゴム製のヘラをごそり入れて、ゆっくりゆっくり、空気が入らないように慎重に混ぜてゆく。
暖かい生クリームでじんわり溶けてゆくチョコレートを混ぜるのは、何だか楽しかった。
角があったチョコレートが、だんだん丸くなり、とろとろになってゆくのから、目が離せない。
ある程度ゴツゴツした感触がなくなった頃、静雄が無塩バターを投入する。
それも溶けて均等に混ざるよう、静かに混ぜた。
最初の刻んでいた固いチョコレートは、すっかりどろどろだ。
甘いチョコレートの匂いが、狭い部屋に充満していて、自分もチョコレートの匂いになってしまいそうな気分になる。


「じゃあ、粗熱取って、少し固くなるまで30分ぐらい待つか」
『冷蔵庫には入れなくていいのか?』
「あー、それは様子見て、だな。丸める時、柔らかすぎたら冷蔵庫で冷やす」
『手で丸めるのか?』
「あぁ。あ、絞り袋あるか?…ん、じゃあ、スプーンでバットに入れるか。それを掌で丸めるんだ。その時、中にクッキーとクルミを入れる」
『なるほど。あ、じゃあ、そのクッキーとクルミを細かくしないとな!』
「あぁ、そうだな。えーと、皿二つ…」


トリュフに入れる事が出来る大きさに砕いたクッキーとクルミを、小さな皿にいれてゆく。
力加減が難しいのか、クッキーを何個か砕いてしまった静雄だったけれど、それも無事終えた。
なんだかんだ喋りながらそれをやっている内にチョコレートは少し固まり、それを大きめのスプーンで掬ってバットに入れ、そこにまずクッキーを入れる。
体温で溶けるから、素早く丸めるんだぞ、という静雄のアドバイスの元、くるくると丸めた。
隣でクルミを入れて丸める静雄の物に比べて、私のは少し歪な丸になってしまったけれど、それでもそれなりに形にはなっている。
できた!と満足げに皿に並べ、次のチョコレートへ。
次はクルミだな、とそれを真ん中に置いてからまたくるくるとまぁるくすると、掌はチョコレートで茶色くなってしまった。
『なんだかこれ、楽しいな』と影を操ってPDAに打ち込み、静雄の目の前に出すと、そうだな、って笑って、また手を動かす。
その顔を見て、私だけでなく、静雄も楽しそうで良かった、と思った。


「よし。あとは冷蔵庫で冷やして、ココアをまぶすだけだ」
『ココア?しまった、私、ココアは持ってきてない!』
「あぁ、大丈夫だよ。俺の部屋にあるから。冬になると、毎年飲みたくなるんだよなー」
『お前は甘い物が好きだな』
「まぁな。それで昔は臨也によくからかわれたもんだぜ。本当、ムカつく野郎だよな」


ははは、と笑いながら、二人分の皿を冷蔵庫へ入れる静雄。
おや?と思わず頭にクエスチョンマークが飛ぶ。
おかしい、臨也の名前を自分から出すだなんて。
しかもそれに怒らず、ムカつくとは言っているものの、笑っているだなんて。
甘い物を目の前に、上機嫌にでもなっているのか、どういう事なのだ。


『し、静雄?』
「おう?」
『お前、熱でもあるんじゃないのか?どうしたんだ!』
「なんだよ、急に」
『お前が臨也の名前を、怒らずに出すなんて!風邪か、風邪なんだな?!新羅に診てもらおう!』
「お、落ち着けよセルティ」


こうしちゃいられない、体調不良なのにこんな事に付き合わせて、なんてことをしたんだ!
そう思ってぐいぐいと腕を引くが、なかなか動かない。
くそう、私も力は強いはずなのに、流石平和島静雄だ。
そんな慌てる私の手を、優しく握って止めた静雄は、少し視線を外す。
あー、だの、うー、だの唸って、それから爆弾を落とした。

「アンタに心配掛けたくなかったから言ってなかったんだけどよぉ…。その、俺と臨也、付き合ってんだわ」

ガーン。
漫画だったら、きっと私の頭上にこんな言葉がでかでかと出ていただろう。
そしてもし顔があって、声が出るなら、「私の可愛い静雄がぁぁぁぁ!」と叫んでいただろう。

静雄に恋人が出来たのは嬉しい。
それを一番最初に言ってくれなかったのは寂しいけれど、私の事を思ってだったみたいだから、それもまぁ良い。
だが、相手が良くない。
何故、あの折原臨也なのか。
あんなに色々な事をされて、あんなに憎んで嫌っていたではないか。
臨也はちょっと引くぐらい静雄の情報を持っていたし、毎日の観察とレポートを「宿敵で、苦手だから知ろうする」とか言いながら今もかき集めて変な執着心を見せてはいたが。
はっ!まさか、臨也は変な執着心からそれが恋愛に変化し、そして静雄を…、


『おおおお、おどsれているのか!そうなnのかしzお?!』
「落ち着けって。脅されてねぇって」
『何だ、愛し合っているとでも言うのか!あんなに色々されたのに?!』
「いや、まぁ、そうなんだけどよぉ…」
『お母さんは許しませんよ!あの男のどこが良いんだ、どこが!お母さんに言ってみなさい!』
「お母さんって…。どこ、って言われても困るんだけどよぉ。いつ好きになったかもよく分かんねぇし。たぶん、こんな俺に長く関わってきた人間の一人だから、だと思う。俺の力を見てもまっすぐ突っ込んでくるし、自分が黒幕だと分かりやすく遠巻きに挑発して、自分の存在を主張してみたり。なんだかんだ長く関わってきて、アイツの何かに惹かれたんだろうなぁ」
『そ、そんなの!私だって静雄を恐れずまっすぐ向き合っているぞ!お前の事が大好きだ!私じゃだめなのか?!』
「お前には新羅がいるだろう?それに、それは恋愛感情じゃねぇだろうし」
『あっ、そうか』


かくり、ヘルメットを下に向けた私に、「心配してくれてサンキュ」と言って、ポンポンと頭を叩かれる。
聞いたところ、付き合い始めてまだそんなに経っていないらしい。
新羅と門田には既に言ってあるらしいが、私に対しては今のように心配されると思って、なかなか言い出せなかったとか。
詳しくは静雄が恥ずかしがってあまり話してくれなかったが、ちゃんとお互いが好きだと確認して付き合っているようだ。
池袋では今まで通り戦争の様な喧嘩をしていたので私は気付けなかったが、ムカついてキレるだとか、馬鹿にしたように話すだとか、そういう事はやはり治らず、変わらなかったらしい。
なんだ、最近私が見ていた嵐の様な追いかけっこは、痴話喧嘩だったと言うのか。
信じられない。


「最初は俺も、臨也が嘘を言ってるんだと思って警戒もしてたさ。でも、ほら、俺は変な直感とか、感覚があるみてぇだからよ。なんとなく、ちゃんと本気だな、って感じて」
『そうか…。いや、私は、静雄が傷付かないなら、それでいいんだ。静雄が騙されていたりして、傷付いて、泣いたりするのが嫌なんだ』
「俺は滅多に泣かねぇよ。大丈夫だ」


本当は繊細な心を持っているくせに。
またそうやって強いふりをする。
体は頑丈でも、心は弱いこの男が、私は心配なのだ。


『静雄は料理が出来るようだったけど、それは臨也が関係しているのか?』
「あー、料理は昔からちょっとやってたんだ。お袋が忙しいときは幽と交代で作ったりとか」
『あぁ、お前たち兄弟は仲が良いもんな』
「でも、あのノミ蟲が料理すると野菜使わねぇからよ。どうしても俺が作る回数の方が増えちまって。昔に比べたら、頻繁に作ってるかもしれねぇなぁ」
『そうなのか。じゃあ、今度もしよければ、料理も教えてくれないか?』
「あぁ、良いよ。今度は新羅の家で作るか」


私と静雄で料理を作って、それを新羅と、しょうがないから臨也も呼んで、四人で食べる。
もちろん私は口にすることは出来ないけれど、一緒にテーブルを囲んで、話しながら食事をするのは、楽しいかもしれない。
その後は、お泊り会をして、静雄と恋愛話でもしてみようか。
女子高生がするみたいに、彼氏の愚痴だとか惚気だとか、言い合ってみたい。
そんな事を話せる友達は今までいなかったのだ。
色々考えていたら、楽しくなってきたような気がする。


「ほら、そろそろチョコレートも固まったから。ココアかけて、箱に入れるぞ」
『あぁ。分かった。じゃあ、この青い箱を静雄にあげるよ。これに入れて、臨也に渡してやれ』
「アイツのなんて、ビニール袋で充分だろ。まぁ、でも…、セルティがせっかく用意してくれたんだからな、使うか。ノミ蟲のやつだから、本当は別に、何でもいいけど」
『何だ、お前。それはツンデレってやつなのか?』
「つんでれ?何だそれ」


このっ、可愛い奴め!
やっぱり臨也に静雄はもったいない。
こんなにも優しくて強くて可愛い親友を、あんな男に取られるのは、とても悔しい。
が、箱にトリュフを入れる静雄はどこか楽しそうだし、ウキウキしているし。
認めてはいないが、口出しをするのはやめて、見守る事にしようか。

明日、2月14日はバレンタイン。
可愛い可愛い私の静雄を奪った臨也はやっぱり気に入らないから。
明日は溶かしたチョコレートを、臨也の顔面に、思い切り投げつけに行こうと思う。



―――

あるあるネタよね、こんな静雄とセルティ。
静雄を、よりによって苦手とする臨也に取られて悔しいセルティ。
臨也は臨也で、仲が良すぎる二人に嫉妬するんだろうな。それをセルティは鼻で笑っていたらいい。

イエス、ハッピーバレンタイーン!!遅刻なんてしてない、してないよ!!








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