今年の宿題



シズちゃん、シズちゃん。
どうして君は産まれてきたんだろうね?
化け物になる為?
皆に嫌われる為?
俺に殺される為?
何でだろうね、さぁ、考えてみて。




高校三年生の時だ。
自分の誕生日でも学校はある。
今日ぐらいは静かに過ごしたいものだ、そう思ってもなかなかその望み通りにはいかない。
いつもの様に朝から他校の不良に喧嘩を売られ、遅刻ギリギリ。
朝一から胸糞わりぃ、そうぼやきながらも、遅刻しなかっただけ良かったと考えるようにした。

そんな日の放課後。
運悪く生徒指導の教師に捕まり、長い時間説教されていた俺は、既に人のいない教室へと戻ってきた。
がらんとした教室は、既に暖房の暖かみも消え、冷え込んでいる。
外はもっと肌を刺す様に寒いのだろう。
ひとつ溜め息を吐いてマフラーを首に巻いていると、がたり扉の音が聞こえた。
おや、とそちらへ視線を向ければ、そこには呼び出しの原因でもある、臨也がぽつり。
口元を少し歪めて、そこにいた。


「んだよ。見てんじゃねぇ」
「ねぇ、シズちゃん。今日は、君の誕生日だね」
「だったら何だ」


「          」


その時言われた言葉は、今でも忘れられない。
誕生日がくる度、思い出すのだ。
あの問いかけと追い込む様な言葉。
それから同情の裏にある蔑み。
あの時の臨也は、それはそれは楽しそうな顔をしていた。
だから俺は、きっと情けない顔をしていたのだろう。
あの男があんな顔をするのは、人が酷く傷付いたり、自分の思惑通り何かが進んだ時ぐらいだ。

何で産まれてしまったんだ、なんて、臨也に言われる前から考えていたさ。
大切な家族を守るどころか、傷付けて、迷惑だけかけて。
そんな俺を、母も父も叱りはするものの、自分を邪険にする事はなかった。
だけど、俺がいない場所では、それも分からない。
母が父に。
父が弟に。
弟が母に。
母は仲の良い友人に。
父は仕事の同僚に。
弟は気の許せる同級生に。
あんな人外が家族だなんて、なんて不運なのだろう。
そう言っているかもしれない。
誰かの為に何かが出来るわけでもない。
誰かを傷付けることしか出来ない俺。
こんな自分が生まれた意味なんて、分からない。
誰かの為でもなく、愛される為でもなく、必要とされる為でもなく。
あれから数年経った今でも、分からないまま。
臨也の問い掛けの答えは、見付からない。






「やぁ、シズちゃん。お仕事お疲れ様」
「臨也ぁ…。手前ぇ、俺の前に顔出すたぁ、いい度胸してんじゃねぇか」
「おー、怖い怖い。そんなに睨むなよ。まだ何もしてないし、言ってもいないだろう?」
「手前を見てっとイライラする。失せろ」


まぁまぁ、落ち着きなよ。
いつものようにふらり現れて、いつものようにふらり笑う。
誕生日の時ぐらい、大人しくしていてほしい。
特別な日だとは、生憎思えないのだが、それでも、数少ない友人や、身内に「おめでとう」と言われた日ぐらい、イライラしたくない。
ここしばらく池袋で見ていなかったというのに。
嫌がらせの為だろうが、わざわざご苦労なこった。


「シズちゃん、今日は誕生日だね。君が生まれてしまった日だね。化け物誕生、ってね」
「相変わらず気持ち悪い奴だな。喋るな」
「酷いなぁ。さぁ、シズちゃん。答え合わせだ。覚えているだろう?高校三年生の1月28日。俺は君に宿題を出したよ。答えは分かったかな?」
「……手前、覚えていたのか」
「あぁ、もちろん。だって俺は、君に宿題を出した本人だからね」


正直、意外だった。
臨也の事だ、俺に言った嫌味や嫌がらせなど、覚えていないと思っていた。
あんな小さな質問。
あの時の会話は短くて、アイツはあれだけを言って去って行った。
俺には印象深くても、臨也には何の印象もないと思っていたのに。


「何でそんなのを、わざわざ手前に答えなきゃいけねぇんだ。訳わかんねぇ」
「おや、放棄かい?俺から逃げるんだね、情けないなぁ」
「あぁ?んだと、ゴラァ」
「まぁ、君は単細胞馬鹿だし?俺の宿題も忘れてしまっていたんだろうねぇ、馬鹿だから。おっと、二回も馬鹿って言っちゃった、ごめんごめん。あぁ、例え覚えていても、君の頭はスカスカだから考えられないよね、ごめんごめん」
「…っ!うるせぇな。分かんねぇんだよ!生まれた意味なんて!自分が不必要としか思えねぇんだよ!生まれなきゃよかったのか?!そう言わせたいのか、あぁ?!」


ベラベラ喋る臨也を目の前に、頭へと血が上る。
「単純馬鹿は扱いやすいね」と俺の発言への言葉に、こめかみに血管が浮く。
同時にどろどろと色んな感情と考えが流れこんできて、無性に泣きたくなった。
どうしてこいつは、俺をこんなに追い込む。
どうしてこいつは、俺を振り回す。
どうしてこいつは、俺の存在理由を、ゼロにする。


「あーあー。ハズレだよ、シズちゃん」
「…何だ。俺はお前に殺されるために生まれたとでも言いたいのか」
「わぁ、何てロマンティックな台詞。クサいよ。でも残念、さぁ、答えだ。君が生まれた意味は、ないよ」
「は?」
「生まれた事に、理由なんてないよ」
「それは俺が化け物だからか。俺が周りと違うからか」


もう止めてくれ。
叫びたい制止の声は、喉から出ない。
底へ底へと、深く沈んでいくのに、俺はその先を聞きたいのかもしれない。
どんなに考えても、俺には分からなかったんだ。
それを答え合わせだと言って、今、こいつは口を開いている。
聞いてはいけないと心が叫んで、でも聞きたいと脳が言っている。
質問を出したこいつが、どの答えを持っているかを、知りたかった。


「おや、何か勘違いをしているかな?生まれた事に意味なんて、誰も持っていなんだよ。才能に恵まれた人間も、親から虐待されている人間も、企業に成功した人間も、借金まみれの人間も、憧れのアイドルも、愛されない孤独な人間も。みんなみーんな、生まれた意味なんてないのさ」
「…どういう、」
「人間はただ生まれ、育って、老いて、死ぬ。生命の誕生に理由なんて、いちいちないさ。だから君にも、理由なんてないんだよ。残念だったねぇ」
「ない…?みんな…?」
「そうそう、俺にもね。はい、じゃあ次の宿題だ。『喧嘩人形が誰かに愛される事はあるのか?』考えてみて。相手は誰だろうねぇ。いるのかな?近くにいたりするのかな?さて、前回の宿題は難しいから数年空けたけど、今回のは簡単だ。再来年…、いや、来年でいいか。また答え合わせをしに来てあげよう。じゃあね、哀れな化け物シーズちゃん」


言葉も出せないまま、ただただ臨也の言葉を耳と脳に入れる。
黙って聞いている俺に満足したような臨也は、そのまま最後に問い掛けをして、去ってしまった。
暗い夜に入り込むように見えなくなった臨也の言葉が、ぐるぐる回る。

「はは…、アイツ、馬鹿だなぁ」

まさかまさか、臨也の言葉に、俺が救われるだなんて。
嫌がらせに来たのだろうに。
逆に俺の気持ちを軽くしてしまうだなんて、アイツも意外と馬鹿である。

答えはなかった。
ずっとずっと考えていた、生まれた意味なんて、なかった。
みんな同じように、理由などなく、生まれてそれで、生活をしながら理由を見付けるのだろう。
俺は、生きながら見つける事を、していなかったのか。
産声をあげた原点しか見ていなかったのか。


最後の問い掛けの答えは、きっとまた見つけられない。
愛するだとか、愛されるだとか、逃げてきた物だから。
それでも今度は、今までより明るく考える事が出来る様な気がした。

「理由は分からなくてもいい。まだ先は長いさ。遅いけどこれから見つけようか」

俯いて落ちた水滴は、サングラスにポタリ流れた。




―――

静雄誕生日おめでとぉぉぉぉぉ!!
…あれ、甘くならなかったよ?どういう事かな?シズちゃんが少しでも幸せならいいよ。
折原さんは来年の1月28日、全力で頑張ってください。








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