秘密の扉



「臨也ー。プリン食うぞ」
「うん」
「紅茶ももらうぞ」
「うん」


臨也と付き合いだして、早数か月。
合鍵ももらい、自由にこの家の物を手にしたり、移動したりできるようになった。
恋人と言う間柄だ、もちろん寝室にもいくし、風呂にも行く。
書斎には本を取に行ったし、台所も勝手に使える。
でも、一部屋だけ、まだ入ったことがない部屋がある。
その部屋に入ろうとすると、少し焦った様子で、臨也が止めに入るのだ。
何の部屋か聞いたことがあるが、「物置みたいなものだよ」と適当にはぐらかされて終了。
その部屋が、俺はとても気になっていた。
気にならない振りをして、すごく気になっていた。

さて。
そんな秘密の部屋を持っている臨也君は、ただいま仕事中です。
先程から話しかけても、集中しているのか、空返事ばかりです。
これはチャンスだ。
流石に、無断で入るのは少し気が引ける。
が、空返事でも返事がもらえれば、何だか入っても良いような気がしないだろうか?
いや、するよな。
だからこれは、俺があの部屋に入れる、チャンスだ。


「臨也は紅茶いらないのか?」
「うん」
「……臨也君、すき」
「うん」


完全なる空返事、俺の話は全く聞いていない。
よし、と素早く謎の部屋の前へと移動すると、少し声を張り上げた。
「おい、秘密の部屋、入るぞ」
早口にそう言えば、気の抜けたような「うん」と間延びした声が聞こえた。
予定通り、少しずるいが許可が出た。
思い切って扉を開けると、電気の点いていない部屋は空気が冷たく、薄暗い。
大体同じような構造になっている部屋。
手探りでスイッチを見付け、パチリと明かりを点けると、確かに物置の様な状態だった。
ダンベルやらなにやら、自分にはよく分からないが、スポーツジムに置いてあるような器具、沢山の物がそこにはあった。
最近も使われたのだろう、どれも埃は被っていない。
触れたことのないその器具たちが珍しくて、手に取って見たり、触ってみたり。
中には使い方がいまいち分からないものまである。
これは臨也が使っている物なのか。
へー、と感心しながら部屋をうろうろしていると、バタバタと騒がしい足音が近づいてきた。
一応閉めていた扉をバンッと開けた臨也は、部屋の真ん中に立っている俺を見て眉間に皺を寄せた。


「ちょっと、勝手に入らないでよ!」
「俺は入る、って言ったぞ。そしたらお前、返事したじゃねぇか」
「俺は仕事に集中してたの!あまり聞いてなかったけど、耳に引っ掛かった言葉にまさかって思ったけど…、あぁ、もう!」


はぁ、と溜め息を吐いた臨也は、額に手を当てて、扉に凭れ掛かった。
ぎぃと扉が鳴いたけど、気にした様子はない。
妙に落胆したような、恥ずかしそうな、珍しい表情と態度にぱちくりしながら、足元にあるダンベルを持った。


「これは、臨也が使ってんのか?」
「……そうだよ」
「これって、体鍛える道具とか、だよな?」
「そうそう、そうだね」
「お前体鍛えてんのか」
「そうだよ、鍛えてるよ。あーもう、シズちゃんには見られたくなかったのになぁ」


はぁ。
もう一度大きく溜め息を吐いた臨也は、俺の近くへ寄ってくる。
腕を鍛える器具の椅子に腰かけた臨也は、俺の顔を見ない。
そんなに見られたくなかったのだろうか、と疑問を抱く。
恥ずかしい物ではないだろうに。


「パルクール。知ってるだろう?」
「お前の、ノミ蟲みたいにぴょんぴょんするやつだろ?」
「あぁ、うん。君にはそう見えてるのね。あれはさぁ、すぐに出来るものではないんだよ。ちゃんと訓練して、体を鍛えて、色々習得してやっと出来るんだ。もちろん、距離感覚、危険性、移動手段の効率、色んなものを計算しながら動くわけだから、鍛えるだけじゃ、どうにもならないんだけどね。そういった感覚も、訓練しなきゃいけない」
「ほぅ。だからお前は俺に殺されず生きているわけか」
「よく分かってないでしょ。とにかく、シズちゃんと対等でいるためには、努力をしなければいけなかったわけだ。高校の時に多少身に着けていたけど、それから更に、本格的に身に着ける事にして、努力をしたよ。動かなければ、体は鈍る。筋肉も衰えるし、感覚も鈍る。感覚なんかは実践で体に覚えさせるしかないけれど、体を鍛える事は、どこでも出来るからね。こうやって家でやっていたのさ。筋力がなければ、足の力でビルを飛び移る事も出来ないし、腕の力がなければ壁を登る事も出来ない。高い所から降りたときに足や体を負傷しないような着地や受け身、そういったものも鍛えてきたからこそ、シズちゃんと鬼ごっこが出来ていた、ってわけさ」


わかった?
長々と説明した臨也は、それでも得意げな顔ではない。
あくまで、溜め息を吐いた表情だ。
あの動きがすごい事は、分かった。
俺のように体が頑丈で、高い所から落ちても平気なわけでもないし、俺のようにバカみたいな力があるわけでもない。
そんな臨也がひょいひょいと、高いも低いも関係なく飛びながら走るのを不思議に思った事が、ないわけではないが。
何でも簡単にこなすようなイメージであった臨也も、こうして人並みに努力はするのだな、と妙に感心した。


「で、手前は何でそんな不貞腐れた顔してんだよ」
「だからさぁ。知られたくなかった、って言ってんでしょ?」
「何でだよ」
「あのねぇ。こんな風に、陰で一人トレーニングしてる所なんて、見られたくないでしょ。努力なんて隠して、何でも出来る、かっこいい折原臨也でありたかったわけ。わかる?」


ずずい、と人差し指を向けながら顔を近付けた臨也は、相変わらず不機嫌だ。
ごろごろ、と普通の人が持ったら重そうなダンベルを、不貞腐れたように転がす臨也の足は、実際筋肉質だ。
常にスマートな黒い服で全身を包んでいるから分かり辛いが、脱いでしまえば男らしいその体。
俺はその体も、そういった努力も、嫌いじゃない。


「俺は、そういうの、好きだけど」
「は?」
「そうやって、俺と対等でいようと、してくれていたんだろう?別にそれはかっこ悪くないし、むしろかっこいい折原臨也だろ。俺は努力とか、そういうの好きだ」
「………はぁ、もう。君はいつも予想外な所で爆弾を落としてくれるよね」
「何で赤くなってんだよ、お前」
「うるさいよ」


俯いて、くしゃり前髪を掴んだその顔は赤い。
その腕だって、細い割にしっかり筋肉はついている。
まぁ、思っていたより筋肉質だったなんて、ヤる事やってんだし、知っていた訳だけど。
何もしてないように見えていたから、何でだろう、とか、体質かな、なんて思っていた。
思っていたけど、なんだ、可愛い所もあるじゃないか。


「し、シズちゃん?くすぐったいんだけど」
「俺は、努力がかっこ悪いなんて、思わない。努力してる人間とか、頑張ってる人間とか、好きだ。お前の意外と固い体も、俺は好きだ。…お前はこれからも、この部屋とか、その実践ってので鍛えるのか?」
「そうだね。これからも鍛える事は続けるよ。恋人になったけど、君とは追い駆けっこも、まだまだしたいしねぇ。君と追い駆けっこが出来る、唯一の人間でありたいからさ」


するする臨也の腹筋を撫でれば、ピクリと動く筋肉。
俺の好きにさせている臨也は、先程とは違い楽しそうだ。
隠し事はしないでほしいだとか、そんな女々しい事は言わない。
コイツは元々嘘や隠し事の塊だ。
今更言ったって、どうしようもないだろう。
だけど、努力を知られて恥ずかしい、だなんて、思ってほしくなかった。
確かにそりゃ、努力をベラベラ自慢げに話されるのも、何だか嫌だし、それはそれでかっこ悪い気もするけど。
意外にも努力家だったお前が、俺は好きだよ、って、伝わってほしかった。

あぁ、何だか臨也の腹を撫でていたら、むらむらしてきた。
臨也の発情期が、うつったのかもしれない。


「ねぇ、シズちゃん。ずっと腹筋撫でてるけどさ。くすぐったいんだけど」
「そうか」
「…ねぇ、そういう気分になってきちゃうんだけど。誘ってんの?」
「さぁ?どうだろうなぁ」


悪戯に笑って、口をぺろりと舐めてやったら、臨也の顔が面白いくらいに赤くなった。
「ほんと、なんなの今日は」
なんて赤いまま言うもんだから、お前こそ今日は珍しいな、って返してやった。

俺たちもまだまだ若いようなので。
このまま臨也には仕事放棄してもらって、寝室にでも行こうと思います。





―――


あるサイトさんの、筋肉臨也を見たらなんかとても萌えた。そうだよね、パルクールって人間業じゃないような動きするもんね。人知れず汗流して努力してたらクソ萌える。ってもんもんしてたら出来上がった。ほどよくしっかり筋肉ついた臨也とかイケメンすぎて私爆発しそうだ助けて。
てか調べたら常に他者を思いやり助ける心を育む事を目的としている、って書いてあったんだけど、彼の場合、完全に違いますよね。あと、原作では「多少」って書かれてたけど、アニメとか見ると確実に「多少」どころじゃないよね、あれ。めっちゃ頑張ったでしょ、折原さん。








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