マンゴーパフェ



ジリジリと日差しが照りつける正午。
俺は約束の場所へと、足を動かしていた。
珍しく静雄から連絡が入り、なんと相談に乗ってほしい、と言うのだ。
たまたま近い日付でお互いのスケジュールが合った為、俺から何か食いながら、と昼飯に誘った。

それにしても、相談とは何だろうか。
静雄ならば、あの首のないライダーと仲がいいようだし、そちらに相談をしそうなものだが。
もしくは信頼しているであろう、上司の田中トムか。
そんな疑問を浮かべつつも、相談を持ち掛けてくるという事は、少しでも頼られている、という事なのだろう。
そういうのに、悪い気はしない。




「ドタチン」


あまりされないあだ名呼びをされ、声のした方へと顔を向ける。
久し振りだね、なんて言いながらこちらに来る臨也は、今日も真っ黒な服装。
暑そうだ、なんて頭の隅で考えるが、そう考えるのは高校の時からずっとだ。


「久し振りだな、臨也。あとその呼び方止めろ」
「別に良いじゃない。可愛いだろう?」
「俺に可愛いもクソもねぇよ」
「えー?」


相変わらず、人の良さそうな笑顔を貼り付け、ケラケラ笑う。
俺は平気だが、静雄はこんの笑顔も気に入らないらしい。
一目見て、この笑顔に裏があると思ったらしいが、それはそれで凄いと思う。

と、臨也の顔と共に、脳裏に浮かんだ顔に、はっとする。
慌てて腕時計を見れば、約束の時間まであまりない。
余裕を持って出てきた訳ではないのだ。
こんな所で立ち止まっていたら遅刻してしまう。


「悪いな臨也。俺これから約束あるんだ。また今度ゆっくり話そう」
「そうなの?誰と?」
「や、…まぁ、友達とだ」
「なになに、本当は彼女とか?」
「ちげぇよ」
「…ふぅん。じゃあ俺ももう行くね」


ひやり、とした。
俺も上手く、狩沢や遊馬崎の名前を適当に出せば良かったものを。
変に濁してしまったため、変な視線を向けられてしまった。
じゃあね、と言いながら、後ろを付いて来る気満々の顔をしていた。
あぁ、もう面倒臭い。
もういい、勝手にしてくれ、俺は気付かないフリをするからな。
ブツブツ心の内で文句を垂れ流し、歩幅を大きくして、早足で進む。
沢山の人が行き交う中で、臨也の気配はやはりある。
思った通り、一定の距離を空けて後ろにいるらしい。
はぁ、と大きな溜め息を吐いてから、俺は顔を上げて、少し離れた長身の男に声を掛けた。



「静雄。わりぃ、遅れた」
「いや、そんなに待ってない。平気だ」


無表情から、少し柔らかい顔になった金髪は、今日はバーテン服ではなく、サングラスもしていない。
細身のジーンズに、ラフなTシャツを着て、特にお洒落に気を遣っているとか、そんな格好ではない。
それでも長身・細身でスタイルもいいし、今みたいに血管が浮いていなければ、イケメン寄りの大人しそうな青年だ。
目立つ金髪もあって、人々は静雄を眺めている。
バーテン服とサングラス、2つの看板がない事で、静雄だと気付かない人もいるようだ。


「どっか適当なファミレスでいいか?……静雄?」
「なんか…ノミ蟲くせぇ」
「はっ?!…あー、さっき、臨也と会ったんだよ、俺にはよく分からんが、匂いが移ったのかもな!アイツ新宿に帰るって言ってたし、大丈夫だ!」
「そうか」


深く、眉間に皺を寄せてはいるが、あっさりとそう言った。
それに少し驚くが、暑そうに手で少しの風を送っているので、もしかしたら早くどこか中に入りたいのかもしれない。


短い話し合いの後、近くにあるファミレスに2人で入る。
空いている席が窓際しかないのに、また大きな溜め息を吐いた。
臨也はまだ近くにいるような気がする。
見られていたら嫌だな、とぼんやり考えた。



「静雄、決まらないのか?」
「や…オムライスに決めてある」
「じゃあ、何悩んでんだ」
「パフェ…」
「パフェ?」
「どっちにしようかな、って」


指を指した先には、イチゴパフェとプリンパフェ。
それをジッと見ながら、うんうん悩んでいる。
ここのパフェってデカくなかったっけ、と口の中で呟く。


「そういや、お前高校の時から、甘いもの好きだったよな」
「……悪いかよ」
「悪くねぇよ。ほら、これ。新作だってよ」
「…これにする」
「じゃあ頼むぞ」


静雄は確かにキレやすい。
沸点が低くて、いつ地雷を踏むか分からないのだ。
それでも、少しコツを掴めば、案外平気だった。
あの騒がしい高校生活を送ったのだ。
慣れもする。

テーブルに置いてあるボタンを押すと、高い機械音が聞こえる。
それに反応した女性がこちらに来てくれた。


「お伺いします」
「ステーキセットと、このオムライス。あとあのパフェ一つ」
「パフェは食後でよろしいですか?」
「はい」
「かしこまりました。しばらくお待ちください」


ぺこりとお辞儀をした店員は、静雄の顔をチラリと見てから、奥の方へ行ってしまった。
まだデザートのページを見ている静雄は、気付いていないようだ。
明らかに成人した男が甘味ページをまじまじと見詰めているのが、気になったのかもしれない。



「で?」
「あ?」
「相談って何だ。その為に連絡くれたんだろ?俺で良ければ何でも聞く」
「……あー…、引かないでくれよ?」
「? あぁ」
「門田って、男好きになった事ある、か?」


は?と間抜けな声が出た。
がしがしと頭を掻いて、言い辛そうに言葉を発した静雄の顔は赤い。
目が点になっている俺をチラリと見て、気まずそうに俯いてしまった。


「静雄、驚いただけだ。引いたりしてねぇから安心しろよ」
「そ、そうか…」
「俺は男を恋愛対象として見た事はないが。なんだ、好きな奴が出来たのか」
「ま、まぁ。出来たってか、好きだったってか…。いや、俺もまさか、って感じだったんだけどな?」


俯いてボソボソ言っている時に、二人分の料理が運ばれてくる。
びくりと体を強張らせた静雄を見て、
「まぁまぁ、まずは腹を満たそうぜ」
と声を掛ければ、大人しく頷いた。
相談事ではなく、世間話をぽつぽつ出しながら、食事を進める。
静雄は元々あまり喋らないタイプなため、ほぼ俺が話している状態だが。



「パフェ、お持ちしてよろしいでしょうか?」
「あ、はい。お願いします」
「少々お待ち下さい」



時間を空けず出てきたそれは、予想以上にデカかった。
マンゴーが沢山乗っているそれは、オレンジ色に染まっている。
それに早速手を出した静雄は、もくもくとそれを口に運ぶ。


「美味そうに食うな、お前」
「なんだ、門田も食いたいのか?」
「いや…」
「食えば?マンゴー、甘いぞ」


ひょい、と目の前に出されたスプーン。
そこに乗っているマンゴーとシャーベットは、確かに美味しそうだ。
だが、これは食べにくい。
しかし、ここで「早くしろ」という表情をしている静雄からのこれを、断るのも申し訳ない。
ここは恥を捨てるしか…。


「あー…、美味いな」
「なんで恥ずかしがってんだよ」
「いやいや。女にやってもらうのも恥ずかしいぞ、これ。それを男同士でやるんだ、恥ずかしいだろ」
「そうなのか。幽とも普通にやるからな。気付かなかった」


何をやっているんだ、この兄弟は!
お互いブラコンな兄弟だ。
おかしくないのかもしれないけど。
……いや、やっぱおかしいだろ。



「ところで。さっきの話だが」
「あ?あぁ」
「告白はしないのか?」
「こっ!告白っ?!」


スプーンを持ったまま、ガタン、と狼狽える静雄。
一緒にパフェが揺れ、慌てて左手で押さえていた。


「いや、だって好きなんだろ?言えばいいじゃねぇか」
「や…、男同士だしよ…。まず振られるのは100%だから、言うつもりねぇんだけど。なんか…話を誰かに聞いてほしかっただけってか」
「らしくねぇな」
「分かってる」


苦笑を漏らした静雄は、またパフェを口に運ぶ。
言ってしまえばいいのに、と思う。
見ていてもどかしいのだ。
静雄も、あの男も、昔からそうだ。
もう少し素直になれないのだろうか。
静雄は感情を表に出やすいタイプだというのに、こういうのは変に潜らせるからいけない。


「今更嫌われるも、引かれるもないだろ?殺し合いみたいな喧嘩ばっかやってんだし。言っちまえよ」
「それもそうなんだけどよ。……は?」
「あ?いや、さっきはちょっと知らないふりしたけど、相手、臨也だろ?」
「な、なんっ、」
「俺からしたら、お前は分かりやすいよ。岸谷も気付いてんじゃねぇか?」
「………しにたい」


やはりスプーンを握ったまま、頭を抱えて突っ伏してしまった。
「違う俺は誰にも言ってない事を軽く話してスッキリしたかっただけなのに」
等ブツブツ言っている姿は、正直怖い。


「取り敢えず、玉砕でも言ってみたらどうだ」
「馬鹿野郎!アイツにそんな事言ってみろ!絶対変な噂と一緒に嬉々として情報流すだろ!」
「いやー…それはねぇだろ。案外上手くいくかもしれねぇぞ」
「それはない。絶対ない」


喚く静雄の言葉を聞きながら、ちらり外を見る。
もう臨也はいないようだ。
アイツの態度がああだから、静雄もこうなるのだ。
自業自得というやつだろう、臨也にとっては。


「まぁ、有り得ねぇって分かってっから、割り切れるんだけどな」
そう言った静雄の顔は、逆に清々しい程だった。







「ドータチン」



結局あの後、少し買い物をして、居酒屋で飲んでから別れた。
その帰り道、人通りの少ない道で、昼頃聞いた声に呼び止められる。
ポケットに手を入れたままくるり、と振り返れば、そこには闇に溶けそうな真っ黒い男。
いつもの笑顔にも、黒さが滲んでいる。


「やぁ、お昼振り」
「今度話そう、とは言ったが、まさか今日がその今度だったとはなぁー」
「待ち合わせ、シズちゃんだったんだね」
「まぁな」
「シズちゃんってば、百面相みたいに色んな表情しちゃってさ。なんの話をしてたの?あーんまでしてさ」
「やっぱり付いて来てたか」
「なんの話をしていたの」


ぶわり。
顔の黒が強くなった。
焦っているのか何なのか。
俺が少し回答を引き伸ばしただけで、これとは。
こいつも変な所で分かりやすいな。



「嫉妬しているなら、嫉妬していると言え」
「してないよ。何言ってんだよ」
「…いいのか?そんなんで」
「え?」


静雄は今まで、臨也の行動で散々悩んで落ち込んで傷付いてきたのだろう。
だから、こういう事は、臨也から行動すべきだと思う。


「もしも俺が静雄の事、意識してるって言ったら、どうするんだ?」


精々焦って、さっさと行動しろ。
静雄がお前を直ぐに信用するかは、知らない。
きっと信じないだろう。
それでも、それが変わるまで、お前は諦めてはいけない。
俺にとっては、臨也も静雄も、大切な友人なのだ。
両方が想い合っているのなら、幸せになって欲しいと思う。


「…ドタチン、そういう趣味だったの?シズちゃん好きなんて、どうかしてるよ」
「それはお前も同じだろう?」
「別に…」
「今更隠すなよ。めんどくせぇ」
「……俺が言ったって、どうしようもないだろ。今更どうしろってのさ」
「別に俺は、お前が諦めたって構わないんだけどな。好きにしろよ。まぁ、岸谷ならお前とも静雄とも付き合い長いし?お前の相談に乗ってくれるんじゃないか?俺は乗らないぞ」
「っ、そう。呼び止めて悪かったね。じゃ」
「もう遅いんだ、岸谷にメールしてから行ってやれよ」


俺が発した最後の一言は無視して、くるりジャケットの裾を翻した。
内心焦って困惑しているだろうに、それを表に出さない当たりは、流石である。
せっかく静雄が勇気を出して俺に相談してくれたのだ。
上手く動いてやれよ、臨也。

世話のかかる二人だな、と呆れつつ軽く息を吐いた。


後日岸谷から「もどかしいから、僕も門田君と同じような事言って焚き付けといた」と電話をもらい、臨也がまた俺の所に来るとは、この時思いもしなかった。
岸谷お前、面倒だから俺に臨也を押し付けたかっただけだろ。









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