シルバーネックレス



高校二年生の冬。
新羅と門田に誘われて、半分無理矢理な形で、クリスマスパーティーに参加したことがある。
クリスマスパーティーと言っても、新羅の家で開かれた、新羅、セルティ、門田、俺、そして臨也の五人で行われた、小さな集まりだ。
臨也も参加すると聞かされ、即答で断った俺だったが、仲良くなったセルティと、門田に何度もお願いをされ、渋々参加する事になった。
恒例のプレゼント交換をするから、何か用意しておくように言われた俺は、とても悩んだ。
友達など、これまでたいしていなかったから、プレゼント交換なんてしたこともないし、他人がもらって嬉しい物なんて、頭に浮かばない。
一人でぶらぶら池袋を歩いてみては、何を選んでいいのか頭を悩ませる。
そんな慣れない事は、それでも、意外と楽しかった。
誰かの為に、何かを買うだなんて、家族以外にしたことがない。
この際、喜ばれるかどうかなんて、どうでも良かった。
この行動こそが、俺にとって、意味のあるものであったし、特別な数日間であった。


クリスマス当日、男四人と、真っ黒いライダースーツのデュラハンとで、予定通り会は開かれた。
最初こそ、臨也の存在だけでイライラしていた俺だったが、意外とその日は臨也が大人しく、俺にちょっかいをかけてくる事がなかった為、キレる事もなく、時間が過ぎる。
セルティと新羅が用意してくれたという料理は、不思議な味の物もあったが、とても美味しかった。
この日の為にと、意外にも臨也が用意したのだというケーキは、俺好みだった。
いつもは喋らず、表情の硬い俺に、話しかけて笑わせてくれるみんなに、心が温かくなった。
部屋の空気が柔らかいその場所は、とても居心地が良い。
変に騒いだりした訳ではないけれど、こんな風に、友達同士で集まっているようなこの会が、とても嬉しくて楽しくて、たまらなかった。


「さて、今日のメインだよ」
そう新羅が言うと、一つの箱が出てきた。
中には、番号の書いた紙が入っているらしい。
それぞれ持ち寄ったプレゼントには、予め番号が書いてある紙が貼りつけられている。
箱から引いた紙に書かれた番号と、同じプレゼントが手に入るという、ありきたりなシステムだった。
箱から紙を取り出す順番は、公平にじゃんけん。
一番にセルティ、次に門田、その後に俺、新羅、臨也と続く。
一番最初に負けた臨也が、拗ねたような態度を取って、それが子供っぽいと笑ってしまったのは、この日が楽しかったからだろう。
いつもなら「うぜぇ」の一言だ。

誰が誰のプレゼントを貰ったのか、正直全員分は覚えていない。
俺がもらったのは、セルティが買ってきたマフラーで、新羅に嫉妬の眼差しと、言葉を向けられたのを覚えている。
頻りに交換してくれ、と言われたが、セルティがルール違反だ、と叱っていたような気がする。
俺がプレゼントに、と選んだのは、シルバーのアクセサリーだった。
悩みに悩み、結局何が良いのか分からず、誰でも身に着ける事ができる、在り来たりなチェーンネックレス。
男が多いので、少しゴツい物を選んだが、ロザリオとクラウンが組み合わさったそれは、俺にとってはとてもお洒落な物だ。
そしてそれの番号を引いたのは、最後の臨也だった。
えー、シズちゃんの?なんて言った臨也だったが、箱を開けてそれを見てから、意外そうな顔をしていた。
シズちゃんにしてはいいセンスかもね、なんて失礼な事を言われたが、その一言で少し上機嫌になってしまった。
そんな風に、少しだけ褒めてもらったネックレスは、もちろん臨也に身に着けてもらえる事はなかった。
学校に着けてくる事はなかったし、今でも着けている所は、見たことがない。
それは当たり前の事だと、俺も思っていたし、別に臨也を責める気も、全くない。
嫌いな相手が選んだものだ、身に着けるだなんて、嫌だろう。
もしかしたら、その日の内に、捨ててしまっているかもしれない。
時間を掛けて選び、臨也にとは言え、少し褒めてもらえたそれを、捨てられるの寂しい気もしたが、それはそれで良かった。
俺の手元にはセルティのマフラーがあったし、楽しかったあの時間は本物だったから。
また、あんな風にできたらなぁ、と、一人思うこともしばしばあったが、その願いは残念ながら叶えられていない。


さて。
長々と学生時代の思い出を、頭の中で思い返していた訳だが。
今はクリスマスでもなんでもない、猛暑である真夏だ。
季節外れな思い出を呼び起こしている俺は、ただいま混乱中。
そのきっかけは、少し前の時間に遡る。





いつものように、俺はトムさんと仕事に精を出していた。
少し雲の多い今日は、昨日に比べたら少しだけ涼しい。
それでも容赦なく襲い来る暑さは、俺のイライラを増幅させる。
そんな中、俺の視界に入ってきたのは、ファーの付いた服を着ている男。
見た目の暑苦しさと、条件反射のように湧き上がる不快感に、イライラはピーク。
トムさんに一言告げると、程々になー、と言われたが、程々に出来るかどうかは、あのノミ蟲次第だ。
早くイライラをアイツで解消して、早く仕事に戻ろう、とその場で決めた。


「いーざーやー。手前、また池袋来やがって。お前は新宿から出てくんな」
「わぉ、シズちゃん。こんな暑い日は、君のような暑苦しい人には会いたくなかったんだけどなぁ」
「暑苦しいのは手前だろうが。こんな季節に真っ黒でおまけにファーなんて付けやがって。燃え死んじまえ」
「ひどいなぁ。バーテン服ばっかりな君に、服装の事は言われたくないよ」
「うるせぇよ。さっさと死ね、このノミ蟲」
「おっと、危なーい」
「待ちやがれ!」


数秒の会話。
それを終わらせる為に投げた看板は、派手な音を立てて、臨也の隣に落ちる。
俺が外した訳ではない。
いつものように、無駄のない動きで、臨也がそれを避けたからだ。
そこからは、いつものように、派手な鬼ごっこ。
物とナイフが飛び交う俺らの周りに、人は寄ってこない。
その方が無関係の人々を巻き込まないで済むので、助かるのだが。



「ちょこまか逃げんじゃねぇー!」
「逃げなきゃ死んじゃうじゃない。相変わらずシズちゃんは馬鹿だねー」
「殺す殺す、マジで殺す」


途中で手に入れた止まれの標識。
これがない事によって、一般の車に迷惑が掛かるのかもしれないが、そんなものは知ったこっちゃない。
停止線で判断してくれ、いや、本当はごめんなさい。
心の中で誰かに謝罪をしつつ、振り回して曲がったそれを、臨也に向かって振り下ろすも、ひらり避けられてしまう。
どうしてこいつは、こんなにすばしっこいのだろうか、イライラする。

そんな激しく動き回る俺たちに、果敢にも立ち向かってくる男共がいた。
俺はこいつらを、勇者と呼んでやろう。
これから捻り潰してやるけど。



「平和島!てめぇ、先週はよくもやってくれたなぁ!仲間の敵討ち、させてもらうぜぇ」
「…ねぇ、君たちは馬鹿なの?今の状況見えない?」
「あぁ?!俺たちには好都合なんだよ、折原さんよぉ!手前にも恨みがあるんだ。二人まとめて沈めてやらぁ!」
「だってさ、シズちゃん。どうする?」
「うぜぇうぜぇうぜぇうぜぇ…!まずは雑魚をぶっ潰す。お前はその後だ」
「そ。じゃあ、俺も手伝ってあげるよ。俺の敵でもあるみたいだしさぁ。協力しようじゃないか」
「手前とか協力なんざ反吐が出る。勝手に動け。巻き込んで殺したら悪ぃな、ってかそうなってくんねぇ?」
「そんなヘマ、俺がするわけないでしょ?」


二人分の刺客。
数はやはり、多かった。
それでも俺には関係ない。
忌々しい力ではあるが、この力も、体も、こんな奴らに負けるはずがないと、確信している。
ただ、また暴力を臨也意外に振るわなければならない事に、苛立ちと憎悪が渦巻くが、それもまた暴力へと変換されてしまうので、これが終わるまでその罪悪感も意味がない。

俺の動きは、いつもシンプルだ。
殴る、蹴る、頭突く、投げる。
あとは標識や街頭を振り回して一気になぎ倒すか、だ。
シンプルなりに、派手に動く俺の近くで、最小限の動きをする臨也は、ナイフと足を使って、男たちをコンクリートの上へと伸ばしていた。
俺の行動を見ながら動いているのだろう。
お互いの攻撃が、お互いにぶつかることはなかった。
こんなの、まるで味方と一緒に戦っているみたいで、妙な気分だ。


ただ感情を殺して、男たちを伸ばしていると、少し遠くでカシャンと小さな音がした。
騒音が響く中、どうしてその音を拾えたのか不思議だが、どうやらそれはアクセサリーが落ちた音のようだった。
視線の向こうには、臨也と一人の男が向き合っている。
その間でキラリと太陽の光を反射しているのは、どうやらネックレスのようだ。
俺より近くで聞こえた音に反応したのは、臨也ではなく、正面にいる男。
そいつはそのアクセサリーを、「なんだぁー?」と首を傾げながら拾い上げようと身を屈め、指を伸ばす。




「触るな!」



煩いその場に、一つの声が響いた。
キン、と広がったその声は、臨也のものだ。
続け様に「それに触るなって言ってんだよ!」と言った声は、何処か必死だった。

その臨也の様子に、周りはもちろん、俺は驚きを隠せないでいた。
そもそも、臨也の怒鳴るような声は、常に喧嘩をしている俺でも、聞いたことがない。
人を馬鹿にしたような、嘲笑ったような喋り方をする奴だ。
声を張り上げて、怒鳴りつけるなど、しない。
呆気にとられている男の前から、素早くそれを拾いあげると、そのままコートのポケットに仕舞い込んだ。
どうやらあそこから落ちてきたらしい。

その、シルバーには、見覚えがあった。
その、クロスと王冠には、見覚えがあった。
どうしてあれが、あそこから落ちたのか。
それをゆっくり考えるには、とりあえず目の前の厄介ごとを片付ける事だ。
そう思った俺は、
「おい臨也!集中しろよ、さっさと終わらせる」
そう背後に向かって、叫ぶのだった。














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