遠くから海がざわめく音が聞こえ、時折強く吹き付ける風が窓を鳴らす。どこからか入り込んだ風が彼の人の手元を灯す蝋燭の火を揺らしていた。ゆらり、ゆらり。風によって不規則に揺れる灯りが私の瞳に、それはそれは儚く映るのだ。
雪解けが近いこの季節、冬は最後の足掻きとでもいうかのように酷い嵐を起こす。
(今日は、特にひどい)
この地に渡って随分と経つが、この季節にはほとほと参っている。しかし、この季節が今この地をこの時を守っているのも事実だった。雪が解け、新芽が芽吹く季節になれば、新政府軍はあの海のむこうから必ずやってくる。一面白に覆われているこの世界は、瞬く間に赤へと塗り替えられるだろう。
(…どうして)
寒さのためか、はたまた底知れぬ恐怖のためか、カタカタと小刻みに震える自身の体をぎゅっと抱き締める。
(どうして、戦うんだろう)

「どうした、千鶴」

ふいにかけられた声は、己の震えをとめるには充分だった。ゆっくりと、視線を体ごと外の景色から彼へと移す。

「…いえ、何も」
「そんなに震えてて何もはねえだろ」

クツクツと喉を震わせながら笑う彼の存在は、ひどく私を安心させる。
伸ばされた手が頬に触れ、そのぬくもりに甘えるかのように頬をすりよせた。
らしくない反応に彼の菫は一瞬大きくひらいたけれども、すぐにそれは柔らかく細められる。

「どうして、戦うんでしょうね」

その言葉に私の頬を撫でる手がとまる。静止した手からゆっくりと逃れれば、彼は小さくため息をついた。

「今さらなんだよ」
「…今さら、ですか」

数拍の沈黙。その間も絶えず灯りは不規則に揺れる。ゆらゆら、ゆらゆら。沈黙を破ったのは、彼の短い舌打ちだった。

「てめえの正義のためだ」
「…正義、ですか」
「ああ。少なくとも、俺はそう考えて命を張ってる」

―正義
意味は重いが、余りにも簡単に移ろぐものである。現に新選組が京に在った頃、それは正義の下にだったのだろう。それが今はどうだ。正義に背を向けた者たちとして、新しい正義に追われる身である。

「だが、正義は脆弱だ。なぜなら正義は時代によって変わるからだ」

私と視線を交わらせることなく吐かれたその言葉に、今度はこちらが目を開く番だった。

「今は逆賊でも、百年後の日本では俺たちが正義と言われるかもしれない。正義はいつだって変わっていくんだよ」
「未来は、変わるかもしれない…」
「ああ、そうだ。…千鶴。お前は、一体何のために戦う?」

―何のために戦う?
今までただ土方さんに付いてきただけだった私にとって、それは難問とも言えることだった。
暫しの沈黙のあと、何か言おうと口を開いたのを合図にしたかのように、ふいに蝋燭の灯りが消える。

「…あ、」
「ちっ、消えたか」

広がるのは闇。ひたすらに漆黒の闇。けれども近くに、そして確実に、彼の存在を感じる。
(…あ)

「千鶴、ちょっと待ってろ今火つけるもん「土方さん」
「あ?」
「私が戦う理由は、いつだって土方さんですよ」

闇を隔てたその奥にいる彼にむかって投げ掛ける。
返ってきたのは深い深いため息だった。

「…それは、例え俺が間違った道を進んでいてもか」
「私は正義のために戦います」
「お前、言ってることむちゃくちゃだぞ」

火が消えたのと同時に嵐もやんでしまったようで、今はどんよりとした雲が上に在るだけになっている。
遠くに目をやれば雲に空いた穴から光が差し込んでいて、夜明けを教えてくれていた。

「私の正義は土方さんですから」

明けない夜がないように、終わらない冬もない。
雪解けは、近い。











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