「私、男に生まれたかったです」

千鶴が蝦夷にやって来て、再び俺の側にいるようになり二週間ほどたった頃、ふと彼女がそうもらした。

「あ?」

言っている意味がわからず、つい眉間に深い皺を寄せてしまえば、千鶴は少し困ったように笑ったあと俺の眉間に人差し指をあてぐりぐりといじりだす。
鬼の副長と呼ばれた自分にこんなことが出来るのは彼女くらいだろう。無論、彼女以外にこんな真似は許さないが。

「だって、もし私が男だったらお酒をご一緒出来たかもしれません」

がくり、と思わず脱力した。それは性別関係なくお前が酒に弱いだけだろうと言えば、ぷうっと頬を膨らまし男だったら強かったかもしれません、と大して迫力もない顔で睨み付けてくる。

「他にも理由はありますよ!」
「あー、何だよ?」

俺の態度に顔を赤くして、少し唇を噛み締めている姿は正直ものすごく可愛くて愛しい。いっそ彼女を押し倒したくなる衝動にかられるが自制した。
(あー、せめて抱き締めてえ)
俺が千鶴に対してこんなことを思うのも彼女が女だからというのに。

「一緒に花街だって行けました」
「京にいた頃、行ったじゃねえか」
「殴り合いも出来たかもしれません」
「ほー?」
「隣を走ることだって出来ました」
「へー」
「刀を振ることだって出来ます」
「…あ?」
「共に、死ぬことだって許されました」
「…」
「女であれば、共に死ぬことさえ許されない」

己の無力さを呪ってか、声を震わせながら話す彼女を衝動的に抱き締めた。
千鶴は抵抗することなくただ大人しく腕の中に閉じ込められる。

「俺ァ、お前が女で良かったよ」
「…土方さん」
「お前を今抱き締められるのも、愛しいと思えるのも、お前が女だからだ」

野郎だったら敵わねえよとため息混じりで呟けば、彼女は腕に収まったまま少し声をあげて笑った。その姿が愛しくて愛しくて思わず腕に力を込めてしまう。
奴らは、新政府軍は雪が溶ければ必ずやって来る。そしてこの五稜郭が最後の砦となるだろう。勝算は限りなくゼロに等しい。
しかし、死ぬために戦うわけではない。生きるために、彼女とともに生きるために戦うのだ。神などというものを信じるわけではないが、願うかのように、祈るかのように目を伏せた。
春は、近い。

乞う人

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