サボ / 三人称 / 自由に
2019/12/20



 幸せ、という言葉を考えたときに、真っ先に思い浮かぶ光景が、サボにはあった。
 文字にしてしまえばたった二文字の響きの中には、けれど、数えきれないほどの色や形がひそんでいる。道端を行き交う人々や、空や大地を駆ける動物、あるいは指先ほどの虫や草花。それぞれにとっての、最適な色や形。
 サボにとっては、腕の中のぬくもりこそが、そう呼ぶことのできる確かなものだった。
 日差しの匂いがするシーツが敷かれた、ベッドの上。ふと浮き上がった意識が、いちばんにとらえるぬくもり。彼女の寝息は規則正しいリズムで、サボの肌をくすぐっている。
 サボは彼女の名前を呼ぼうとして、やめた。見下ろした寝顔はあどけなく、起こしてしまうのがもったいないように思えた。
 代わりに抱きしめる腕に力をこめた。サボとは違う、やわらかくて、丸みのある形だった。その黒い髪に鼻先を埋めれば、自分と同じシャンプーの香り。
 目覚めているときの彼女なら、サボがこうすると頬を赤らめただろう。そのさまも愛おしいと思うサボだったが、なされるがままの彼女の姿も、やはりいいものだった。口許が甘くほころぶ。
 彼女は他の誰でもなく、おれの腕の中にいる。
 指の先までそんな喜びに浸りながら、まなざしを上げた先、窓の外はもう朝の気配に満ちていた。
 もう一度、サボは腕の中のぬくもりを見た。彼女の白い頬に落ちる朝の光の、そのやわらかさ。そこへそっと唇を落としながら、ああ、とサボは思う。
(これがおれの幸せだ……)
 もう少しすれば、彼女も目覚めるはずだった。
 サボは微笑んで目蓋を閉じる。次に起きたときは一番に、愛しい彼女の唇へ口付けよう……そう思いながら。




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