Short Story #novel5_# | ナノ

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昼休み。
私、亮、長太郎はいつものように屋上で弁当を広げた。
世間的にはバレンタインで浮足立つ人が多いけれど、この二人にはそれは無縁のようだ。

「宍戸さん、明日の朝練なんですけど…」

「ああ、久しぶりだしな。行ってやるよ」

「ありがとうございます」

テニスの話ばかりの二人。
相変わらずなその光景が、何だか微笑ましい。

「ん? 何笑ってんだよ」

「何でもない〜」

「そういえば、今日バレンタインだな」

即効で弁当を食べ終わった亮が、わざとらしく話題を変えた。

「頑張れよ」

私の耳元でそう囁いて、亮は階段を降りていく。

「え、ちょっと…亮!?」

「俺は用事あるんだよ。じゃあな!」

片手を上げる後ろ姿に、呆然と残された私と長太郎。

大体なんで亮が私の気持ちを知ってるのか。
幼なじみって怖い。

「宍戸さん、どうしたんですかね?」

「…………」

亮の行動を理解出来てない長太郎。
突然の状況にパニック寸前の私。

でもまぁ、こんなチャンスでもなければ告白なんて出来ないだろう。
私は潔く頭を切り替えて、長太郎に向き直った。

「あ、あのね!」

「はい?」

穏やかな声に柔らかい微笑み。
それだけで、私の心臓は跳ね上がる。

それを出来るだけ表情に出さないように、私は鞄から箱を取り出した。

「…これ、なんだけど」

「え?」

「今日、バレンタインでしょ。だから…」
そこまで言うと、やっと理解出来たらしく、長太郎驚いたような顔で私を見た。

「俺にチョコを…? 宍戸さんじゃないんですか?」

「亮にはもうあげたよ。幼なじみとして」

うすうす気付いてはいたけれど、この後輩はとんだ勘違いをしているようだ。


「…じゃあこれは、先輩として、ですか?」

「違うよ」

おまけに天然。
はっきり言わないと伝わらないことは、何年も見てきて知っている。

今まで逃げてばかり来たけれど…今年は一歩、前進したい。

だから…

「これは…私として」

「え?」

「私っていう、一人の女の子として」

視線を合わせて、言い切った。
もう逃げることも、ごまかすことも出来ない。

「…先輩…」

目を見開いている長太郎。
あのね、ゆっくりでいいから私のこと、女の子として見てほしいんだ。

「受け取ってくれる?」

「……はい」

はにかんだ笑顔と、戸惑ったような声。

どうやらまだまだ先は長い。
私はやっと、スタートラインに立ったばかり。
それでも…確実に、一歩前に進んだんだ。




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