Short Story #novel5_# | ナノ

BITTER SWEET


2月14日、バレンタインデー。
本日の主役は、間違いなく彼。


机に山と積まれたチョコレート。
次から次へとやってきて、チョコを渡していく女の子達。
それらをさほど関心なさそうに、それでも丁寧な仕草で受け取っていく彼。


仁王雅治。


人目を引く容姿のせいか、普段からよく騒がれているけれど、今日という日はそれがいっそう顕著に現れている。

人気者はつらいなぁ、なんて他人事のように考えながら隣の席を眺めていたら、ばっちり彼と目が合った。

やれやれ、といった感じで軽く肩をすくめてみせる仁王。

気のせいだろうか?
少し…疲れているような気がする。

「…………」

しばらくその様子を見ていると、予鈴が鳴り、その音と共にすうっと女の子の波が引いていく。
見ている分には面白いけど、当の本人は大変だろう。

「お疲れ、仁王」

「ああ……」

そう思って声をかけると、疲れた声が返ってくる。相当ストレスになっているようだ。

「相変わらずすごいねー、この量」

「毎年毎年、ようやるぜよ……」

「でもさ、偉いよね。嫌な顔一つ見せないで受け取ってるんだから」

それを聞いた瞬間、仁王はむっとした様子で私に向き直った。

「…お前さん、それは嫌味か?」

「は? 何でそうなるのよ」

その思考回路に付いていけず、つい間の抜けた声が出てしまう。
そんな私を見て、仁王はやれやれとため息をつくと、どこか拗ねたように続けた。

「俺は全部受け取るんはな、もらいたい相手がおるからじゃ。…ま、そいつは今年も、くれるつもりはないようじゃがの」

「そうなんだ。大変だね」

「……全っ然、分かっとらんようやの」

はぁ、と肩を落とす仁王。
私、何か悪いこと言ったかな?

「まぁまぁ、そんなに落ち込まないの。これあげるから」

そう言って私は、まだ温かいブラックコーヒーを差し出した。

甘いものばかりじゃ飽きるだろうし、たまには苦いものもいい。
そう思ってのセレクトだったのだけれど…

「…………」

仁王は受け取ったまま開けようとすらしない。

「仁王? 飲まないの?」

「……勿体なくて飲めんぜよ」

「え?」

独り言のように呟かれた言葉と、私を真っ直ぐに射抜く視線。

「なんせ、もらいたい奴から、初めてもらえたもんやからのぅ」

滅多に見せない笑顔と共に続けられた言葉は、チョコレートよりもずっとずっと甘かった。




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