Short Story #novel5_# | ナノ

傘の向こうに見えた色


「嘘…」

忘れ物を取りに戻った学校。下校時刻はとっくに過ぎ、校内に人の気配はない。
薄暗い校舎はいつもと違ってなんとなく怖くて、一刻も早く帰ろうとした、その矢先のことだった。

「雨…降ってる…」

昇降口から出てきてみれば、さっきとは打って変わって、空一面の雨雲が勢いよく雨を降らせている。
油断した、と後悔するも、時すでに遅し。
すぐに帰るつもりだったから、携帯も傘も家に置いてきてしまった。

「はぁ…仕方ない」

濡れないように軒下へ移動し、雨が止むのを待つことにする。

「…………」

初夏とはいえ、梅雨尾季節はまだまだ肌寒い。
いつ止むかも分からない雨空を、不安な思いで見上げたときだった。

「自分、どないしたん?」

背中から聞こえた柔らかい声。

「え……」

振り向くと、淡い髪色の男の子と目が合った。

「こないな時間に、こんなところで。危ないやろ?」

「…忘れ物を取りに来たんですけど…雨、降ってきちゃって…」

「傘、ないん?」

「はい…」

こんなことなら、ちゃんと天気予報を見てくるんだった。
そう後悔しながら返事をすると、彼は一本の傘を取り出した。

「使い」

「…え。でも、あなたは?」

「俺、もう一本持ってんねん。せやから…な?」

柔らかな笑顔で差し出された、若草色の折りたたみ傘。

「ほな」

「あ、ありがとうございます!」

傘を渡すと、そのまま校舎に戻っていく。慌てて頭を下げると、彼は一瞬足を止めて振り向いた。

「またな!」

優しい声。柔らかな微笑み。
片手を上げて去っていく背中。

また、会える?

そんな想いがふと浮かんで、私の心をあたたかく満たした。

“白石蔵ノ介”

私が傘に書かれた名前を見つけるのは、もう少し先のお話―――


Fin.



(…クーちゃん、なんで傘持ってったのにずぶ濡れなん?)
(…大人の事情や)



-END-



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