微熱
「ねぇ、雅治」
「ん?なんじゃ」
「…暑いんだけど」
省エネが叫ばれる昨今、この部屋の設定温度は28度。とはいえ特に動く予定もない私はこの温度でも十分快適な休日を過ごせる。
そう。過ごせる、はずだったのだ。
「離れて」
「んー…嫌じゃ」
「嫌じゃない、暑い」
ソファで雑誌を読んでいた私の首を腕を回し、すりすりと頬ずりをする雅治。大きな猫のような仕草にいつもなら頭のひとつも撫でるところだが、夏という季節だけはそうもいかない。
実力行使で引っぺはがそうと腕を伸ばすも、軽く絡め取られて動きを封じられる。挙げ句恋人つなぎにされた。
「まぁまぁ。気にしたらいかんぜよ」
「気にする。雑誌読めないし」
不機嫌な私とは対照的に、雅治は髪を梳いたり頭を撫でたりと甲斐甲斐しく私の世話を焼き続ける。
「何かいいことでもあったの?」
私は諦めて雑誌を閉じると、雅治のいる方へ向き直った。
こういう時の雅治が何を言っても聞かないのは、長い付き合いでよく知っている。
「いや、何も?」
そう言って口の端を少しあげて笑う彼の、銀色の髪が陽射しに透けてきらきら光る。さっきのお返しとばかりに手を伸ばせば、その長い髪の毛はさらりと流れて私の頬をくすぐった。
「雅治、近い」
「気にせんとき」
「…暑く、ないの」
暑いところは苦手なくせに。
そう続けようとした言葉が声になることはなく、雅治によって呑み込まれた。
唇を重ねたまま、雅治は無言でクーラーのリモコンに手を伸ばす。ピピッ、という音と共に下げられたであろう設定温度。
これでええじゃろ、と悪戯っ子のように雅治は笑う。
微かに聞こえ始めた送風音。ゆっくりと身を離したその、銀色の髪が視界で揺れる。
もう暑くない、はず。
なのに。
「…あついよ、雅治…」
ようやく解放された唇で、息を整えながらつぶやく。
再び腕の中に閉じ込められながら、じわりと身体の奥が熱を帯びるのを感じていた。
Fin.