unexpected
「あーーー!!!!」
人気のない校舎に女子生徒の声が響き渡る。
しんとした学校と対照的に、外はどしゃ降りの雨。
雨は別に嫌いじゃない。植物の色は鮮やかに映えるし、静かに雨音に耳を澄ませるのはなかなか心が安らぐものだと思う。
が。しかし。しかしである。
この状況下ではそんなことを言ってはいられない。
傘を、忘れました。
「どーしよっかなぁ…」
今朝お母さんに言われたのに。台風が来る話題の中傘を忘れるとは、なかなかアホの極みである。
この時点で選択肢は2つ。
@雨がやむまで待つ
A濡れて帰る
最寄り駅まで電車で1時間以上かかることを考えると、Aは極力避けたいところだ。けれど夜にかけて上陸するという台風は、雨足を弱めたりはしないだろう。となると…
「! ひらめいた!!」
急いで教室に引き返すと、手に取ったものでゴソゴソやり始める。
Bゴミ袋をかぶって帰る
目の部分に穴をあけ、鞄まですっぽり覆うといざ!駈け出そうとした、瞬間。
「…なにやってんだ、お前」
背中から驚いたような、呆れたような、聞き覚えのある声。
「あっああああ跡部先輩!?」
「なんだ、幽霊でも見たかのよーな顔しやがって」
「しっ、してません! それより先輩、こんな時間にどうしたんですか?」
「生徒会の仕事だ。それよりお前、傘はどうした」
核心を突かれ、うぐぐっと口ごもる。しかし無駄な抵抗だと悟り、正直に告げた。
「……忘れました」
「馬鹿か」
正論すぎる言葉で瞬殺された。かぶっていたゴミ袋をばたばたさせて、無言の抗議をしてみる。
「いつまでもそんな格好してんじゃねえ。行くぞ」
袋を脱がされ、有無を言わさずとられた左手。
「校門に車を待たせてある」
その言葉は、神の救いか気まぐれか。
とにもかくにも、この幸運を逃すまいと、ぎゅっと手を握り返してついていく。
「ふん。今日はやけに素直じゃねぇか」
意外そうに僅かに目を開き、跡部先輩は呟く。
「あたし今、拾われた犬の気持ちです」
「犬はもう間に合ってる。そうだな、次は猫にするか」
猫?と首を傾げて先輩を見れば、空いていた手で喉元をすっと撫でられた。
「飼ってやろうか」
それが、その顔があまりに綺麗だったから。雨音も足音も、何ひとつ耳に届かなくなって。
赤くなった頬を、夕闇に隠すように黙ってひとつの傘に入った。
Fin.