Short Story #novel5_# | ナノ

unexpected


「あーーー!!!!」

人気のない校舎に女子生徒の声が響き渡る。
しんとした学校と対照的に、外はどしゃ降りの雨。

雨は別に嫌いじゃない。植物の色は鮮やかに映えるし、静かに雨音に耳を澄ませるのはなかなか心が安らぐものだと思う。

が。しかし。しかしである。
この状況下ではそんなことを言ってはいられない。

傘を、忘れました。

「どーしよっかなぁ…」

今朝お母さんに言われたのに。台風が来る話題の中傘を忘れるとは、なかなかアホの極みである。
この時点で選択肢は2つ。

@雨がやむまで待つ
A濡れて帰る

最寄り駅まで電車で1時間以上かかることを考えると、Aは極力避けたいところだ。けれど夜にかけて上陸するという台風は、雨足を弱めたりはしないだろう。となると…

「! ひらめいた!!」

急いで教室に引き返すと、手に取ったものでゴソゴソやり始める。

Bゴミ袋をかぶって帰る

目の部分に穴をあけ、鞄まですっぽり覆うといざ!駈け出そうとした、瞬間。

「…なにやってんだ、お前」

背中から驚いたような、呆れたような、聞き覚えのある声。

「あっああああ跡部先輩!?」

「なんだ、幽霊でも見たかのよーな顔しやがって」

「しっ、してません! それより先輩、こんな時間にどうしたんですか?」

「生徒会の仕事だ。それよりお前、傘はどうした」

核心を突かれ、うぐぐっと口ごもる。しかし無駄な抵抗だと悟り、正直に告げた。

「……忘れました」

「馬鹿か」

正論すぎる言葉で瞬殺された。かぶっていたゴミ袋をばたばたさせて、無言の抗議をしてみる。

「いつまでもそんな格好してんじゃねえ。行くぞ」

袋を脱がされ、有無を言わさずとられた左手。

「校門に車を待たせてある」

その言葉は、神の救いか気まぐれか。
とにもかくにも、この幸運を逃すまいと、ぎゅっと手を握り返してついていく。

「ふん。今日はやけに素直じゃねぇか」

意外そうに僅かに目を開き、跡部先輩は呟く。

「あたし今、拾われた犬の気持ちです」

「犬はもう間に合ってる。そうだな、次は猫にするか」

猫?と首を傾げて先輩を見れば、空いていた手で喉元をすっと撫でられた。

「飼ってやろうか」

それが、その顔があまりに綺麗だったから。雨音も足音も、何ひとつ耳に届かなくなって。
赤くなった頬を、夕闇に隠すように黙ってひとつの傘に入った。


Fin.



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