探しものは何ですか?
調べ物をするために、滅多に行かない地元の図書館に足を運んだ昼下がり。
館内は涼しく、予想以上にひんやりとしていた。
日頃の私ならおよそ縁のない歴史関連の書架に向かい、表紙を眺めながら必要そうな本を選ぶ。さっとタイトルを流し読みし、読みやすそうなシリーズ化されている内の1冊を選んで手をかけようとしたときだった。
「「あ」」
声と、伸ばしていた手が重なった。
「す、すみませんっ」
「いえ、こちらこそ…」
慌てて手を引っ込めて頭を下げる。
相手も驚いたのか、私と同じような動作をしていた。
「私、その本いいので。お譲りします」
別にそのシリーズにこだわりがあったわけじゃない。調べ物が出来ればいいわけだし。
そう思い、また別の資料を探そうと踵を返した私に、予想外の言葉が届いた。
「あの、歴史好きなんですか?」
そして、どうしてこうなったのか。
今、私は手塚と名乗った男の子と図書館横の出来たばかりのカフェにいる。
目の前のテーブルには、本が2冊。
どうやら手塚くんによれば、この本は何冊かでひとつの時代を綴っているらしく、途中からでは話が繋がらないだろうとのことだった。そして彼はこのシリーズを読み進めており、今日返却ついでに続き、つまり私が手に取ろうとした本を借りようとしていた、ということらしい。
読書が目的ではない私にとって本は何だってよかったのだが、譲ってもらったお礼にと代わりに読みやすそうな本を選んでくれた。
そうして2人で貸し出しコーナーに並べば、今日は暑いねなどどいう話になり、そういえば隣にカフェが出来たらしいと言われ、折角だから行きましょうかと、そういう話になったのだ。
そうだ、そういうわけだった。
とはいえ、お互いに初対面同士。
話が弾むわけでもなく、頼んだアイスティーの氷を見つめるくらいしかすることがない。
「…あの」
特に話すこともないのなら、本を選んでくれたお礼を言って切り上げようかと、本に手をかけたときだった。
「すまない…後先も考えず、呼び止めてしまった」
まるで、ひとりごとのような言葉。
私はそっと手を引っ込め、少し困った表情で続ける手塚くんを見た。
「嬉しかったんだ。同年代で、ああいう本を好きな人は少ないから」
手塚くんは勘違いしている。
私は別に歴史が好きなわけじゃないし、本もそれほど読むわけじゃない。
そう思ったけれど、私は何も言わなかった。
「今度、改めて話がしたい」
真っ直ぐに眼鏡の奥の目と目が合って、私は静かに視線をアイスティーに移す。
「来週の今日、同じ時間に。来て、くれるだろうか」
黙っていることが肯定の意味を示すと知っていて、それでも、私は何も言わなかった。
ただ視線の先で、アイスティーの氷が熱で溶けていくのを、ずっと見ていた。