想い続けた君の名を呼ぶ
「切原くん、居眠りしなくなったの?」
ノート提出に向かった職員室前の廊下で有坂莉緒がそんな言葉を投下してきたのは、宣戦布告という名の告白を決意してから1週間。
その間何をしたかといえば、人の目があるいはタイミングが、とか今日の運勢はイマイチだから、とかあれこれ理由を付けていつもの他愛ない会話しか出来ず、あれ俺ってこんな男だっけ、とアイデンティティを見失いかけた頃だった。
「さっき職員室に行ったら、先生たちが話してたから」
先生たちのネットワークはこれだから困る。母親の井戸端会議並の情報網の速さだ。
「切原くんのこと褒めてたよ、最近頑張ってるなって。でも」
そういえば今日の運勢、恋愛運最悪だったな。
そんなことしか浮かばない俺に、核心をついた質問が飛んでくる。
「起きてるのに、ノートとらないの?」
その表情から読み取るに有坂は責めているわけではなく、ただ疑問に思っただけらしい。が、その疑問をかわせるほど俺の頭の出来は良くなかった。
ああ、もう。
「お前のせいだよ」
とんだ番狂わせだ。
「お前が気になって、授業なんか頭に入らない」
予想外の展開だったのだろう。
有坂の目が、驚いたように丸くなっていく。
「お前が幸村部長を好きでも……俺は、」
「ちょ、ちょっと待って!」
言いかけた肝心の言葉は、有坂の焦った声にかき消された。若干むっとしながら、俺は黙る。
「…なんだよ」
「切原くん。私、精市と付き合ってないよ?」
今度は、俺の目が丸くなる番だった。抱えていたノートがばさばさと盛大に音を立てて落ちる。
「は?え?だ、だって、あんなに仲良いのに。名前で呼んだり」
「幼なじみだもん」
「…………は?」
「幼なじみなの、私と精市」
なんだそりゃ。
俺は頭を抱えてずるずるとその場に座りこむ。
「安心した?」
有坂も目線を合わせるようにその場に座る。俺の気持ちが読めているかのようにふふ、と笑う仕草は、どこか幸村部長に似ているような気がした。
「さっきの続き、聞かせて?」
今までにないほどの至近距離。頭の中が真っ白になる。
玉砕の覚悟も考え抜いた台詞も、全部何処かに消え去って。
「好きだ。俺と付き合って」
口から出たのは、これ以上ないくらいシンプルな告白。ムードも何もあったもんじゃない。やっぱり今日の恋愛運は最悪だ。
だけど。
「喜んで」
そう答えてくれた有坂は、今までとも幸村部長の前とも違う、とびきり可愛い笑顔だったから。
「莉緒」
ずっと呼びたかった名前を呼んで、俺は彼女を抱きしめた。
Fin.