君への想いは雫となって
「そういえば精市、最近親しくしている女子がいるようだな」
「ああ、莉緒のことかい?」
部活を終えて帰宅途中、部室にタオルを忘れたことに気づいて取りに戻った俺の耳に飛びこんできたのはそんな会話だった。
「いったいどういう関係だと、弦一郎が気にしていたぞ。俺にそれとなく聞いてきた」
柳先輩と幸村部長。気にせず中に入ればいいのに、地面に根が張ったみたいに足がドアの前から動かない。
「真田らしいな。蓮二は何て答えたの?」
「精市の大切な人だろう、とだけ言っておいた」
「ははっ、違いない」
それは、俺がずっと聞きたかったこと。
あの真田副部長ですら気づくんだから、やっぱり二人は公認と呼べる仲なんだろう。
「で、実際のところどうなんだ?」
「それはデータ収集の一環かい?」
「いや、個人的な興味だ。まぁ予想はしているが」
「たぶんその通りだと思うよ。莉緒は俺の───」
最後までは聞かなかった。いや、聞けなかった。聞きたくなかった。
俺は忘れ物のことなんか忘れて走り出す。すっかり暗くなった通学路を抜けたところで立ち止まると、滴る汗が地面に染みを作った。異常なほど早くなった鼓動に気づく。
「くそっ……」
胸が痛い。息が苦しい。それは走ったせいじゃないことを、俺はもう嫌というほど知っている。
目を閉じればすぐに浮かぶ。笑った顔。やわらかい声。そしてあの綺麗なうしろすがたが。
忘れられない。
たとえ敵わない相手でも。たとえ叶わない想いでも。
「このまま、終われっかよ…」
奪えるなんて思ってない。けどまだ勝負は始まってすらない。
「絶対負けねぇ」
濡れた額と頬を手で拭い、俺は、宣戦布告を決意した。