Short Story #novel5_# | ナノ

茜色の教室


下校時間間際の、誰もいない教室。
傾きかけた夕陽が窓から差し、視界を照らす。私は机に腰かけて足をぶらぶらと遊ばせながら、黙って日が暮れていくのを見ていた。

「ここにいたのか」

音もなく教室に入ってくる気配。静かな声。
いたのか、とは言っているけれどなんとなく、彼は私がいることを知っていたような気がした。そしてまた、私も。

「偶然だね」

会えるような気がしてた、なんて野暮なことは言わなかった。言葉にしなくてもお互いに、考えを分かり合っている確信があった。

「こんな時間に何をしていた?」

彼はそんなふうに問う。私が外を眺めるのが好きなのを、ずっと前から知っているくせに。

「外を見てた」

見たことがあるのだろうか。夕方から夜に変わりゆく時間、茜色と藍色が混じりあった空を。

「…何が、見えた?」

それには答えず、私は黙って手招きをする。隣に来るよう促せば、彼は素直に従った。

「これ、は」

はっとしたように彼が息を呑む。
視線の先には、彼が3年間通い続けたテニスコート。

「一番、綺麗に見えるの」

この時間、この場所から見るあの場所が。毎日努力を積み重ねていた彼が。

「ねぇ柳。結果だけがすべてじゃないよ」

部外者の戯れ言と笑われるかもしれない。あるいは、簡単に言うなと罵られるかもしれない。でも。

「柳が重ねてきた3年間を、私は見てた」

ありきたりな言葉しか言えない。全国大会連覇の夢が潰えたときでさえ。そのことをもどかしく思いながら、一生懸命言葉を探す。
柳はずっと黙ったまま、私の言葉を聞いている。

「うまくいかないこともある。それでも、努力は消えたりなんかしないよ。ほら」

私は外を指さした。テニスコートに浮かぶ人影。
どうしても見て欲しかった。夏が終わり、秋が来ても、何かに追われるように日々を過ごしていたから。
暗くて顔までは見えないけれど柳なら、シルエットで誰か分かるだろう。

「柳の、柳たちの意志は、ちゃんと受け継がれてる」

「……ああ、そうだな」

そう言ったきり、柳は何も言わない。教室もだんだんと暗くなり、近くにいるのにその表情は分からなかった。
余計なことをしたかもしれない。不安に思い始めた頃、不意に視界が覆われた。

「やな、ぎ?」

「…すまない。少しこのままでいさせてくれないか」

聞いているようだけれど、私に拒否権はないのだろう。
初めて感じる、シャツ越しの柳の温もり。細身のわりにしっかりとした胸板。頭に添えられた手は思っていたより大きくて、少し骨ばった感触だった。

「言いたいことがあって、お前を探していたんだ」

とくんと鼓動が早くなる。この心音は私のものか、それとも柳のものだろうか。

「俺は、これからもお前に見ていてほしい」

すっかり陽が落ちた教室。鼓動と共に耳に届く、いつになく自信なさげな柳の声。
そんなところも愛おしくて、私はゆっくり頷くと、彼の背中に手を回した。


Fin.




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