うしろ姿の君を想う
何度目かの席替え。
窓際の一番後ろという最高の席を引き当てた俺の、ちょうど斜め右前の席に彼女―有坂莉緒はいた。
席替えをするまで名前すら知らなかったそのうしろすがたが、綺麗だなんて思ったのは、退屈な英語の授業中、居眠りから覚めたときだった。ぴんと背筋を伸ばして真剣にノートをとる様子が、なぜかやたらと記憶に残った。
いったん意識してしまえば、今までどう過ごしてきたか分からなくなるほど、授業中黒板に目を向ければ、いつも、ぴんと伸びた背中があった。
あの日から、俺の視界には彼女がいる。
「赤也、最近授業中の居眠りが減ったそうじゃないか」
幸村部長にそんなことを言われたのは、つい先日の話。
「そうっすかね?」
曖昧に返事をしながらも、その事実も原因も分かっていた。
有坂莉緒がいるからだ。
あのうしろすがたに、目を奪われているからだ。
少しずつ話すようになった彼女。
俺とは対照的に真面目に授業を受ける姿も、整った文字が並ぶノートも、よく通る声も、やわらかい笑顔も。少しずつ少しずつ、俺の中に彼女が増えていく。
それは未知の経験で、けれど不快感はなく、むしろあたたかくて少しくすぐったいような、不思議な感覚だった。
「有坂、英語のノート見せてくれ!」
「切原くん、また居眠り?」
少し呆れたように笑ってノートを貸してくれる彼女に拝むように手を合わせ、それを受け取る。
「わりぃな、今度何か奢るからよ」
本当は。この席になってから、居眠りなんてしていなかった。大嫌いな英語の授業でさえ。
ただ、少しでも多く彼女と関わりたかっただけ。
そのまま、いつものように他愛ない話を続けようと口を開いたとき。
「莉緒」
聞き慣れた声が彼女の名を呼んだ。
「精市」
ぱっと顔を上げた彼女は、呼ばれるままに立ち上がる。
「ごめんね切原くん、またあとで」
そう言って、決して俺には見せないような表情で駆けていく彼女のうしろすがたはやっぱりとてもとても綺麗で、けれど少し滲んで見えた。