scene.4 このたびは
気づけば放課後になっていた。ラケットを握り、俺はいつものようにテニスコートに足を向ける。
ぽつり。
着替えて部室を出たところで、頬に冷たい雫が落ちてきた。
「……雨やな」
ぽつり、ぽつり。
天気予報は曇りやったのに、と少し恨めしげに空を仰ぐ。空は曇天で激しくなることはあれど、止む気配はない。珍しく定時に部室にいる監督に声をかけた。
「おー、さむっ!オサムだけに!」
「ほんま寒いわ。今ので氷点下超えたんちゃうか」
コートの袂を合わせながらオサムちゃんが出てくる。チューリップハットのつばが風に煽られてひらひらと揺れた。
「練習できんことはないやろけど……風邪ひくで、こりゃ」
試験前のこの時期に無茶せんでもええやろ、というオサムちゃんの意見はもっともだ。雨天中止の連絡網を回して制服に着替え、置き傘を取りに教室に向かう。
「ん、財前?」
誰かに用事でもあったのだろうか。学年の違うクラスの廊下にいる財前に気づき、俺は何気なく声をかけた。
「自分、今日はよう会うなぁ」
振り向いた財前が少し驚いたように会釈する。
「ああ、練習なら中止やで。止む気配もあらへんし、雨がひどくなる前に帰った方がええわ」
「さっき、謙也さんに聞きました」
「謙也に用事やったんか。あ、傘は持っとる?」
「……部長、オカンみたいっすわ」
持ってるんで大丈夫っす、と財前が鞄から出してみせたのは可愛らしい水玉模様の折りたたみ傘。俺は思わず目を見開く。
「え、こんなん使うキャラやったっけ?」
「ええやろ別に。水玉カワイイでしょ」
眉一つ動かさず淡々とした口調でそう言ってのけると、もう一度会釈して財前は俺に背を向けた。
どっかで見たような傘やなぁ、と首を傾げながらその背中を見送っていると、教室のドアががらりと開いた。
「あれ、蔵?部活は」
「雨で中止や。莉緒は?」
「傘…なくて…」
「ほな一緒に帰ろか。傘とってくるわ」
莉緒と帰るのは随分久しぶりな気がする。
少し浮かれた気分で教室のロッカーを開け、見慣れた自分の傘を手にとる。
そういえば、莉緒はどんな傘を使っていただろうか。
ふと考えたところで俺は、さっき財前の手にあった水玉模様の傘が、幼なじみがいつも使っていたのものだと気付いてしまった。