scene.5 ろっかのころ
雨天中止の判断は正解だったらしい。外に出てみると、冷たい雨が絶え間なく降り続けていた。
「今日は蔵にお世話になりっぱなしやなぁ」
隣を歩く莉緒が俺を見上げ、少し照れくさそうに笑った。
「はいはい。前見て歩かんとまた転ぶで?」
「はぁい」
おどけた仕草で前を向く莉緒を横目に、俺は別のことを考えていた。
財前が持っていた傘。あれは紛れもなく莉緒のものだ。水玉模様がお気に入りだと言っていたのを思い出す。財前はきっと、莉緒に会いに来ていたんだろう。
「蔵、お母さんみたい」
オカンみたい。財前にも言われたことを思い出して足が止まる。驚いたように莉緒が聞いた。
「蔵?どうした──」
「……オカンやない」
もし、莉緒が財前を好きだと言ったら。
俺は今みたいに笑えるだろうか。莉緒と、財前と、今まで通り接していけるだろうか。
「オカンなんかやない。幼なじみでもない。俺は」
手を伸ばして莉緒の頬に触れた。きょとん、とした表情を浮かべるけれど、莉緒は逃げない。この距離は幼なじみだからか、それとも。
「──莉緒が好きや」
唇が少し震えた。言ってしまった。でも誰にも取られたくなかった。オカンでも、幼なじみでもなく、ひとりの男として見てほしくて。
「…………」
「…………」
「……幼なじみだよ、蔵は」
少しの沈黙の後、ゆっくり、区切るように莉緒が話し出す。俺は静かに目を伏せた。頬に触れている指先が冷えていく。
「…………」
「…………」
言わない方が良かったんだろうか。
そう思いかけたとき、俺の手に莉緒の手が重ねられた。
「……幼なじみで、時々お母さんみたいで……私が好きなのは、そんな蔵だよ」
莉緒は顔を赤くして、まっすぐに俺を見ている。きっと俺も同じような顔をしているのだろう。
「私も、蔵が好き」
もう、寒さは感じなくなっていた。
***
「あ、雪!」
冷たかった雨が雪に変わり、アスファルトを白く染めていく。
傘から飛び出すと空に手を伸ばしてはしゃぐ莉緒。俺はその手をとってポケットにいれた。
「風邪ひくで」
「やっぱりお母さんやん」
「彼氏やろ」
「ふふ、はぁい」
俺を見上げて莉緒が笑う。ポケットの中で繋がれた手が少しずつ温まっていく。今朝と同じ距離にいるけれど、もう指先が冷たくなることはないだろう。