scene.3 ごごいちじ

棚から替えの制服を取り出し、莉緒に渡してベッドのカーテンを閉める。
衣擦れ、そして制服がパサリと床に落ちる音。静かな保健室は僅かな音も響かせる。反応しかけて、俺は慌てて目を逸らした。

「お待たせ。あ、消毒液も借りてええ?」

見れば膝小僧に血が滲んでいる。擦りむいたのだろう、俺は手早く救急箱を用意した。

「手当てしたる、座り」
「え、いいよ自分でやるから」
「ええから。ほら」

半ば強引に椅子に座らせ、白い膝に消毒液で濡らしたガーゼをを当てる。

「ひぇ!蔵わざとやろ!」
「ひどい言いがかりやなぁ、親切丁寧に手当てしとるのに」
「いいいい痛い!丁寧すぎんねん!」

ちょっと涙目になっている莉緒が可愛い。理性が飛ぶ前に絆創膏を貼り、救急箱を片付けた。

「おおきに。ちょっと、いやかなり痛かったけど」
「一言多いで」

口を尖らせる莉緒の頭を軽く小突く。手を伸ばせば触れられる距離にいることに、安堵と一抹の寂しさを覚える。

「莉緒」

思わず名前を呼ぶ。口を開きかけたところで───ノックの音がした。

「莉緒先輩……と、白石部長」
「光!どうしたん?」
「あー、絆創膏もらお思て。莉緒先輩は?」
「こけた。あと制服がココアまみれ」
「だっさ」
「お黙り」

ドアを開け、入ってきたのはテニス部の後輩。いつ財前と知り合ったのだろうか。名前で呼び合うほどの仲なのだろうか。親しげに話すふたりに心がざわつく。

「莉緒、次移動教室やろ?そろそろ行った方がええんちゃう?」
「あ、せやった。蔵、色々おおきに。光またな!」

ばたばたばた、と慌ただしく足音が遠のいていく。俺は財前に絆創膏を渡しながら、雪とどこで知り合ったのか聞いてみた。

「図書室っすわ、数週間前に」

莉緒には好きなやつがおるらしい。そう知ったのも、数週間前。
じゃ、また放課後。そう言って財前は保健室を出ていく。偶然だろうか、いや偶然であってほしい。ひとり残された俺は、そんなことを考える。
机の上には莉緒に渡そうと思っていた、まだ開けていないココア。冷めきったそれを一口飲めば、喉に絡みつくようなほろ苦さが残った。


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