scene.2 いまはただ
「「あ」」
昼休み、自販機の前で重なった声。俺と同じように100円玉を握り、寒そうにしている莉緒と目が合った。
「学校内で会うんは久しぶりやなぁ」
確かに、と俺は思う。教室が違うというだけでこうも顔を合わせなくなるのかと、クラス替えのときに思ったことを思い出した。莉緒が好きなやつというのは、もしかして同じクラスのやつなのだろうか。俺の知らない莉緒と、俺の知らない、誰か。
「お先にどうぞ」
少しおどけた仕草で莉緒が俺に順番を譲る。いつもならコーヒーを選ぶところだが、今日は躊躇わずココアを押した。
「めずらしいね」
「ああ、たまにはええかと思てな」
手に取ったものを見て小首を傾げる莉緒。ココアが好きなのは俺やなくてこいつ。
「おそろいやな」
莉緒も迷わずココアを買う。へへ、と笑いながら缶をあけて歩き出し───
「莉緒っ!」
「きゃ?!」
慌てて伸ばした手は宙を切り、莉緒はものの見事に段差でこけた。盛大に尻もちをついたまま、ココアが容赦なく制服に染みを作る。
「大丈夫か?」
「大丈夫やない……」
ついてへん、ココアが、などとぶつぶつ言いながら莉緒はむくりと起き上がった。ココアよりも制服気にせんかい、というツッコミは胸の内にしまっておく。
「最悪や。保健室で着替え借りなあかんわ……」
「確か今日先生出張やで。ついてったるわ」
「おおきに。持つべきものは保健委員の幼なじみやな」
幼なじみ。
その言葉がやけに引っかかった。
「行くで」
缶を片付けて保健室に向かう莉緒から香る、いつものシャンプーとは違う喉が渇くような甘ったるい匂い。
「待って、蔵」
今はただ、隣を歩けるだけでいい。そばにいられるだけでいい。幼なじみでいい。この時は、そう思っていた。