手塚side 03.



「有坂」

聞き慣れた声で名前を呼ばれ、莉緒は廊下を振り返る。

「手塚先輩。何かご用ですか?」

連絡先を交換したもののやっぱりというか、手塚からは業務連絡以上のことはなくて、相も変わらず手塚と莉緒が顔を合わせるのは生徒会の活動日だけだった。
廊下ですれ違っても挨拶くらいしか交わしたことがなかっただけに、少し驚きながら莉緒は聞く。

「学園祭の準備はどうだ?」

「順調ですよ。他の学校の委員の子たちとも仲良くなれましたし、やりがいがあって楽しいです」

「そうか」

「跡部さんってすごいですね」

生徒会長にして強豪校のテニス部部長。努力なくしては決して務まらない役職だろう。同じ境遇の人の下で働く莉緒は、それを十分すぎるほど知っている。だからこそ助けになればと引き受けたのだ。生徒会も、学園祭も。

「跡部は派手なパフォーマンスを好むが、それは揺るぎない自信に裏付けられたものだ」

語り口は淡々としているが、寡黙な手塚が手放しで褒めることはそう多くない。

「跡部を支持する者は多い。氷帝にはファンクラブまであると聞いた」

「女の子にも人気あるでしょうね」

あのルックスでテニスが強くてお金持ちとくれば、女子が放っておかないだろう。ファンクラブがあるというのも頷ける。

「有坂も……」

「え?」

「……いや、なんでもない」

珍しく手塚が言いよどむ。その眉間に皺が寄っているのを見た莉緒は、あ、と声を上げて手塚の顔を覗きこんだ。

「手塚先輩、また難しい顔になってます」

「……そうか?」

「そのうち取れなくなっちゃいますよ。また、甘い紅茶でも淹れましょうか?」

いつもなら、いやいい、と断られるので莉緒は冗談めかして聞く。あまり休憩をとろうとしない手塚を気遣うのは、もう習慣のようになっていた。

「……そうだな。頼む」

だから、手塚が頷くのは完全に莉緒の予想外で、そして。

「いつも、助かっている」

こんな台詞を、あの生徒会長から聞く日が来ようとは。
固まる莉緒の頭に、いつかのように手塚はぽん、と手を乗せる。

「ありがとう。……莉緒」

こんな──こんな手塚を見る日が来ようとは。

「て、づか、せんぱ」

うまく頭が回らない。うまく言葉が出てこない。
ただ真っ赤になってあわてふためく莉緒を手塚は、ただ黙ったまま、優しげな瞳で見つめていた。




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