手塚side 02.
「この辺りだったはずだが……」
帰りが遅くなったとき、一度だけ送ったことがある。その記憶を頼りに手塚は外灯がまばらな道を歩く。見覚えのある住宅街に出たところで、夜道がヘッドライトに照らされた。
「手塚先輩…?」
見れば住宅街を走るには相応しくない大きさの車から、驚いたような表情の莉緒が降りてくる。走り去る車に向かって律儀に頭を下げた莉緒は、そのまま手塚に向き直った。
「……生徒会室に、忘れ物だ」
「あ…!すみません……!!」
鞄を受け取ると再び頭を下げる莉緒に、手塚は困ったような表情を浮かべた。
「そこまで謝る必要はない。お前のせいではないだろう」
「でも…わざわざ持ってきてもらって…」
「気にするな、俺が勝手にしたことだ」
なおも申し訳なさそうにする莉緒に、それより、と手塚は続けた。
「連絡先を教えてくれないか」
そういえば、と莉緒は携帯を取り出す。
手塚を含め、生徒会役員のアドレスは知らない。生徒会室に来れば会えるのだし、持ち帰りの仕事も多くはない。急を要する仕事は校内放送で事足りる。今回はそれが仇となったわけだが。
「携帯持っててもアドレス知らないと意味無いですね…勉強になりました」
「そうだな」
苦笑混じりに言う莉緒に、手塚も表情を和らげる。慣れた手つきで登録を終えた莉緒はアドレス帳を見てふと気がついた。
「手塚先輩が初めてでした、生徒会の人のアドレス」
「……そうか」
頷いてポケットに携帯をしまう。顔を上げると、優しい表情をした手塚と目が合った。
「今日は予想外のことが多くて疲れただろう。ゆっくり休め」
ぽん、と莉緒の頭に手を置くと、手塚は来た道を戻りはじめる。
「……手塚先輩も、あんな表情するんだ」
思ったことがそのまま口から滑り落ちた。いつも表情を崩さないから、笑ったことがないんじゃないかと密かに心配していたのだが。
おそらく今日一番の予想外の出来事に、莉緒は頭に手を添えたまましばらくその場に立ち尽くしていた。