手塚side 01.



莉緒が消えた後、手塚は黙々と書類の整理をしていた。
テニス部が順当に勝ち進んでいる今、生徒会長と部長を兼任できるのは生徒会メンバーの協力があるからこそだと思っていたし、だからこそ結果を出すことでその気持ちに報いたいとも思っていた。
処理しなければいけない書類にある程度の目処を立て、ふと時計を見れば下校の時間が迫っている。

「もうこんな時間か…」

…何故、引き止めなかったのだろうか。

手塚の脳裏に、跡部に連れられた莉緒が浮かぶ。
生徒会役員だから。仕事があるから。大義名分を掲げれば、降ってわいたような跡部の理不尽な要求など、簡単に跳ね除けられただろうに。

「…………」

書類を置こうと机に目をやり、カップに入れられたままの紅茶に気づく。青いティーカップは、莉緒がいつも手塚にお茶を淹れるときに使っているものだ。
冷えきった紅茶に口をつければレモンの香りがふわりと漂う。いつもより少し甘く淹れられたそれは、忙しい日々を送る手塚への心遣いだろうか。

「…甘いな」

眉間に皺が寄ってます、疲れたときには甘いものですよ、と手塚に会う度口癖のように言っていた後輩のことを思い出す。
手塚は無言のまま残っていた紅茶を飲み干すと、片付けて足早に生徒会室を出た。

「……しまった」

校門を出たところで思い出し鞄を確かめるが、やはり。おそらく生徒会室に置いたままだろう、持ち帰ろうと思っていた資料がないことに気づく。

まったく、らしくない。

下校時刻が来る前にと手塚は急いで生徒会室に戻る。机の上の目的物を手に取ったところで───机の横に置き去りにされた鞄に気がついた。

「有坂…か?」

他の生徒会役員はもう帰宅しているようで、部屋に人の気配はない。ストラップなど目印になるようなものはついていない、一見すると誰のものか分からない鞄。

あのとき有坂は、鞄を持って行っただろうか?

それを手に少し逡巡するが、やがてふたつの鞄を抱えた手塚は、いつもと違う道を歩き出した。



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