跡部side 01.
「ま、待ってください!私、生徒会の仕事がまだっ…」
「手塚は止めなかっただろ」
「そ、そうですけど……ていうか、どこに向かってるんですか?!」
「会場だ」
「会場?」
「近々、関東地区合同の文化祭をやる。今日はその下見だ」
学校前にはやたらと長い車が停まっていた。少なくとも、日常生活ではそうそうお目にかかることのない類の。下校途中の生徒たちが物珍しそうな視線を送っている。
「これ、跡部さんの車なんですか?!」
「そうだ。会場まで頼む」
「かしこまりました」
至極当然のように頷くと、跡部は運転手に行き先を告げる。
車内の広さといい、シートの座り心地といい、莉緒はとりあえず自分にはおよそ縁のないものであることを理解した。跡部の隣で大人しく縮こまる。
「今年のテニス部は猛者揃いだと聞く。全国大会が控えるこの時期だからこそ、各校の親睦を深めるのも悪くねぇと思ってな」
「跡部さんも、テニス部なんですか」
そういえば手塚先輩もテニス部の部長だ。とすると、いつも以上に忙しそうだったのは気のせいではなかったらしい。
「ああ。準備期間は各校から実行委員を募り、各部活と本部との連携をとらせる算段だ。だが、肝心の本部で働く人間が不足していてな」
規模が大きい分、人選にも気を遣う。ある程度仕事慣れしていてミスがなく、テニス部にも騒いだりしないような。
「……私、仕事慣れしてないですよ」
莉緒が生徒会役員を始めたのは今年からだ。そう長い期間活動してきたわけではない。そう思ったのだが。
「俺様の眼力に狂いはねぇ」
自信満々に断言された。ポーズ付き。しかもよくよく考えたら保証しているのは己の能力。変な人だなぁ、という素直な感想は胸の内に留めておく。
「着いたぞ」
車を降り、跡部について会場をまわる。関東地区合同というだけあって、施設はかなりの広さだった。やがて、関係者以外立ち入り禁止と書かれたエリアにたどり着く。
「来い」
跡部は躊躇いなくそこに足を踏み入れ、ひとつのドアの前に立つ。
「俺様と来れば、最高の体験をさせてやる」
跡部は慣れた仕草で手を差し出した。取るか取らないかは莉緒次第だ。試すように、綺麗な指先が少し揺れる。
「どうする?」
この人についていくのは大変だろう、と莉緒は考える。何せ車内での短時間で、あれ程の印象を与えた人だ。
けれど。
莉緒は覚悟を決めて頷く。この緊張感は嫌いじゃない。
「よろしくお願いします」
その返事に跡部は満足げに笑い、本部へと続くドアを開けた。