似合わないのは自覚済みだけど
最近の新開悠人は入学当初に比べたら穏やかになった、気がする。なんて言うか朝から機嫌が悪かったりとか、重い空気を纏っている事が無くなった。お陰で私の気持ちもだいぶ平和でお互い変に突っかかって口喧嘩をする事は減ったと思う。
休み時間にいつも通り本を取り出して栞を挟んである頁を開いて読みかけていた続きの文章に目をやり、文字の羅列を追っていく。完全に本の世界に入り込む前に不意に隣から「苗字ってさ」と声をかけられ、珍しいなと思いながら本から顔を上げて振り向く。
「なに?」
「いっつも何読んでんの」
「本だけど」
「見てわかるし」
あからさまに機嫌悪そうに眉間に皺を寄せた。ちょっとボケかまそうとしただけなのに冗談の通じない奴だな。いや、まぁ今のは私が悪いのかもしれないから心の中で反省だけはしておこう。「恋愛小説」と今読んでいる本の事を話せば興味無さそうな顔で返事をしてくる。自分から聞いといてその反応なんだよ。
「そんな面白いの」
「面白いから毎日読んでるんだよ」
「ふーん」
沈黙。なんなんだコイツ。恋愛小説とか少女漫画とか乙女っぽいもの好きそうな顔立ちしてるクセに。私の偏見だけど。パラパラと読んでいた頁を捲り内容を思い出してみると、こんなの現実では有り得ないんだろうと考えながらも私もこんな恋愛をしてみたいと思ってしまう。
「高校入ったらカッコイイ彼氏作って楽しい毎日を送る予定だったのにって思いながら読んでんの」
「夢見すぎ」
虫けらでも見るような目でバッサリと言い放つ新開悠人に、そんなの自分でも夢見すぎてんなって思ってるしと若干腹立ちながら言葉を続ける。
「放課後デートとかするんだよ」
「あっそ」
「休みの日は水族館行ったりさぁ」
「ありきたりすぎ」
「深海魚見てアレ怖いねぇーとか言って」
「鏡でも見とけば?」
「おい、誰が深海魚だ」
冷めた返事をしてくるのに負けじと妄想を語っていれば、とんでもない一言に私の妄想は止まり勢い良く身体を隣に向けたせいで椅子がガタリと音を立てた。仮にも女子に向かって深海魚のフレーズに対して鏡見とけは無いだろ。このまま口喧嘩が始まるかと思ったけど、反対側から肩を叩かれビックリして振り返ると友人が不思議そうな顔で立っていた。
「あんた達なんなの?」
「なにが」
「めっちゃ普通に喋ってんじゃん」
「どこが普通だった?」
今にも喧嘩が始まりそうだったよ。なんならゴング鳴りかけてたっていうか私の中では既に鳴ってたよ。このやり取りを聞いて普通と捉えるなんてこの子も大概思考がズレてる。私の前の席に座って持っていた本を奪い、さっき私がしていたように途中からパラパラと流し読みを始めた。
「恋愛小説とか読んでんの」
「どっかのお隣さんのせいで夢の高校生活は打ち砕かれたから本で妄想を補ってる」
「それ俺のせいって言ってる?」
他に誰がいるんだ。入学初日からギャンギャン言い合いしてたせいでクラスメイト達から微妙に怖がられてるんだぞ。仲良くなろうと思って女子に声掛けても愛想笑いされるんだぞ。まともに友達が作れなかったら彼氏なんて夢のまた夢だ。私の想像してた高校生活はこんな筈じゃなかったのに。
「そもそも苗字の性格で彼氏作るとか無理だろ」
「はぁ?」
失礼過ぎるにも程がある発言に目の前で本に目を向けていた友人が噴き出し顔を隠して笑っている。肩震えてんの見えてるから。付き合いの長い友達なんだから、そこは代わりに否定してくれても良いんじゃないの。
「すぐそうやって喧嘩腰で喋るし」
「あんたのせいでしょ」
「女子のクセに力強いし」
「え、まさか殴ったの?」
「あんなの軽く叩いただけじゃん」
前に飴をせびってきた時に手を叩いた事をまだ根に持ってんのかコイツは。別に女の私の力なんて大した事ないだろ。普段口喧嘩ばかりしているから友人は私が手を上げたと勘違いして聞いてくるけど殴ってはいない。しかも「大丈夫だった?」と新開悠人を心配して声をかけている。なんで私が悪いみたいになってんのこれ。
「あれで軽くだったら怪力すぎるだろ、ゴリラかよ」
深海魚といいゴリラといい女子に向かって言って良い言葉じゃないって分かんないのか。だからいつも一人ぼっちなんだよ。そういうとこだぞマジで。ここで言い返したら更にゴリラ扱いされるかもしれないと出かかった言葉をグッと堪えて笑いを我慢出来ずに変な顔でにやにやしてる友人に向き直る。
「ちょっと、友達がゴリラ扱いされてるけど」
「い、良いんじゃない?…っ、強いじゃん」
「笑ってんの我慢出来てないのよ」
強いじゃんって言われて私が喜ぶとでも思ってんのか。隣から「ナンバーワンゴリラになれるんじゃね」とかどう考えても煽ってる言葉が聞こえ、ついに声を出して笑う友人を冷めた目で見てもう一々怒るのも面倒になってきた。この子がいなかったら今頃めちゃくちゃ言い返して喧嘩になってたかもしれない。盛大に溜め息を吐いて本を取り返すと、文字をなぞるように目で追って笑う二人は無視する事にした。
大きな喧嘩をしなかっただけでも、今日は平和な一日なんだと思い前までより言葉に棘が少し無くなった新開悠人を横目で見て目が合う前にもう一度本に目を落とす。