世界で一番嫌いになりました
クラスの皆が騒いでいた。同じクラスの新開くんが自転車競技のレースで優勝したんだって。ちっちゃい時からお兄さんと一緒に走ってて何度もレースに参加していて、兄弟揃って優勝を飾っているんだとか。実際に自転車に乗っているところは部活でたまたま外周を走っている時に遭遇したその一度しか見た事がないけど、あんな細い自転車でレースに出るんだ…と思った。単純に優勝した事が凄いなと思って、新開くんに「おめでとう」だけでも言おうと席に近付き声を掛ける。
「新開くん」
「なに」
「自転車のレースで優勝したんだよね?」
「そうだけど」
あれ、新開くんってこんなにクールな感じだったっけ。もっとこう、男子と話してる時は普通に笑って喋ってたりしてたと思うんだけど。素っ気ない返事に加え目なんか合ってるのかも分からないぐらい。どこ見てんの?私見えてる?なんかもう既に声を掛けた事を後悔してるけど、ここで「じゃあ」って会話を終わらせるのも自分から声を掛けておいて可笑しな話だ。頑張れ私、労いの言葉を掛けたら終わりだ。
「凄いね、おめでとう」
「……ありがと」
一応お礼は言うんだ。でもやっぱり態度は中々に冷たくて変な感じ。折角声を掛けたのにこんな空気悪くされると思わなくて、なんだか意地になって言葉を続けてしまったのが間違いだったのかもしれない。
「お兄さんも自転車乗ってるんでしょ?」
誰かが言っていた事を思い出して話題を振れば、新開くんは冷めた顔から一気に不機嫌そうな表情に変わり私の事を睨みつけてきた。そんな顔するんだとビックリして言葉に詰まっていると、盛大な溜め息をわざとらしく吐き「あのさぁ」とさっきよりも怠そうな声で話しだす。
「隼人くんと俺を比べたいのか隼人くんに近付きたくて俺に声掛けてきてんだったらやめてくんない?」
「……は」
「結構あるんだよね、うざいんだけど」
「いや、隼人くんって誰」
「隼人くんじゃないの?じゃあ俺?尚更やめてくんない?」
なにこれ、私なんでキレられてんの。やれやれ、みたいな顔して私に向けていた目を前に戻してポケットから携帯を取り出しカチカチと弄りだした新開くん。ただ単にクラスメイトが騒いでた話しを聞いて、凄いなって思って声を掛けただけなのに何でこんな事言われなくちゃいけないの。
「意味分かんないんだけど」
「そもそもロードの事もよく知らないクセに」
どうしようコイツ凄いムカつく。確かにロードの事なんて知らないけど、そもそも隼人くんって誰だよ。お兄さんの話ししたからお兄さんの事なのか?顔も知らないのに近付くってなんだよ。しかもそれが違うなら「じゃあ俺?」ってなに。
「うっっっざ」
「は?」
「別にアンタにもアンタのお兄さんにも興味ないし」
だって知らないもん。新開くんの事だって同じクラスではあるけど今まで喋った事も無いからよく知らない。だからって「おめでとう」って「凄いね」って言うだけでこんな風に貶さるの可笑しくないか。
「なに、じゃあ俺?って、自意識過剰かよ」
「な、じゃ、じゃあ一々声かけてこないでくれる?」
「はぁ?皆が騒いでたから何となくおめでとうぐらい言っとこうかなって思っただけじゃん」
「それがいらないっつってんだけど」
「だったら今後レースで優勝してもおめでとうは要りませんって貼り紙でもしとけバァカ!」
新開くんの態度に腹が立ちすぎて勢い余って怒鳴るようにそう言えば元々大きめなタレ目を更に大きく開いて口をぱくぱくと動かしている。金魚かお前は。ふんっ、と鼻を鳴らして新開くんに背を向け自分の席へと戻った。イライラして周りが見えていなかったけど、席に座りパッと周囲を見渡すと皆が私を見ていて教室内はしんと静まり返っている。
「ちょっと、アンタ何してんの」
キレ散らかしてしまった私に怯えたような目をするクラスメイトもいる中、よく一緒にいて仲の良い友人が小声で喋りながら傍に駆け寄ってきた。何してんのも何も悪いのはあんな態度でキツイ言葉を吐き出した新開くんの方でしょ。
「アイツが悪い」
「新開くんも悪かったかもしんないけどさぁ」
「も、って何?私悪くないじゃん」
隣に座って喋る友人に八つ当たりのように言うと頭を抱えている。新開くんとの会話の中で一体どこに私の悪いところがあったのか教えてほしいぐらいだ。
「世界で一番アイツの事嫌いになったわ」
「規模デカすぎるでしょ」
初めてまともに喋った新開悠人は一瞬でめちゃくちゃ嫌いな奴になったし、そんな彼が乗っていると言うロードバイクとやらも見たくないと思う程に心底腹が立ったのだ。思い出すだけでもムカムカしてくる。「その勝気な性格も考えもんだよね」と頬杖をついて私の肩を叩く友人に、確かに女の子らしさは皆無かもしれないけど今は別に直すつもりもない。
「高校行ったら女の子らしくするもん」
「無理じゃね?」
「即答しないでよ」
私の性格を熟知している彼女は眉間に皺を寄せている。失礼すぎるだろ。高校生になったらちゃんと女子力磨いてやるんだから。そんでカッコイイ彼氏とか作っちゃうから。ぶつぶつと拗ねながら夢の高校生活を話せば「へー、そりゃ楽しみだね」なんて、聞いてるんだか分からないぐらい全く心の篭っていない言葉が返ってきた。