知らないことに気付いた
たまたま会った新開悠人に待っているように言われて大人しく着替えを待っていたのは良いとして、結局なんだったのか分からないままだ。暑いからってスポーツ飲料を貰ったけど、これをくれる為だったのか。それならもう帰っても良いのか、受け取ったペットボトルを両手で持って立ち尽くす私と向かい合って私を見ている新開悠人という謎の構図に困惑していた。
「っていうか飲まないの」
優しさでくれたんじゃないのか。だったら優しさを貫き通して飲むのも私のタイミングで飲ませてくれよ。催促されるとは思ってなくて、言われるままにキャップに指を掛けて力を入れる。うん、入れてはみたよ。
「パントマイムでもしてんの」
「馬鹿にしてる?」
苦手なんだよ、ペットボトルのキャップ開けるの。自分がか弱い女子だなんて言うつもりはないけど、昔からキャップを開けるのが苦手で周りから馬鹿にされたり、あざといと言われたりするのが面倒で最近は紙パックの飲み物ばかり飲んでいる。予想してたのとは違う馬鹿にされ方だけど、悔しくて指先に力を入れてもう一度回そうとした時、手からペットボトルを抜き取られた。
「先に言えよ」
いとも簡単にキャップを回し開け、緩めた状態で私へと返してくる。言ったら『そんなのも開けらんないの』とか言われると思ったんだから仕方ないでしょ。折角貰って嬉しかったのに、売り言葉に買い言葉で昼間みたいな事になったら嫌だったし。
「たまに開けれるもん」
「今は開かなかっただろ」
「まぁ、そうだけど」
こんな事で意地を張っても意味がない。小さな声で「ありがと」とお礼を言って緩められたキャップを外しボトルに口を付ける。普段そんなに飲む事のないスポーツ飲料は冷たくて、暑さで乾いている身体に染み込んでいくような感覚がした。
「帰るよ」
「え?」
喉を潤してキャップを締めるのを確認し歩き始めた新開悠人を戸惑いながら追い掛ける。そんなスタスタ歩いていく程に早く帰りたかったなら、わざわざ私が飲んでいるのを待っていてくれなくても良かったのに。しかも意外と歩くの速いなこいつ。競歩でもしてんのか。
「歩くの速くない?」
運動なんて体育の授業でぐらいしかしない。ついてくだけで息が上がりそうになる私もどんだけ運動不足なんだ。ピタリと足を止めて無言で振り返り視線を私の足元に落とす。
「苗字の足が」
「おいそれ以上言ったら殴る」
絶対今私の足が短いって言おうとしただろ。確かに新開悠人は私よりも背は高いけど、私が特別足が短い訳じゃない。うん、別に短足なんかじゃない、はず。
「自覚ありじゃん」
「あんたが私の足見てたからでしょうが」
「その言い方やめろ」
「……変態じゃん」
間違ってはいないでしょ。思いっきり人の足見て何か言おうとしてたんだもん。でもよくよく考えてみたら私のその言葉だけでは余りにも変態臭い。笑いを堪えて言えば「ちげーよ!」と全力で否定する新開悠人に我慢できず笑ってしまった。
「誰か聞いてたら勘違いされるね」
「まじでやめて」
あの新開悠人が女子の足を見てると噂され兼ねない。想像しただけで相当面白いんだけど。同じ事を考えたのか私とは反対に渋い顔をしている新開悠人を見てふと気付く。校門からはとっくに出ていて、私は寮へと帰る為に歩いている。新開悠人も寮に帰る筈で、男子の寮はこっちではない。
「ねぇ、何でこっち来てんの」
「は?」
「や、だって寮向こうでしょ」
「そうだけど」
だから何だって言いたげな表情で答えられても。聞いてんのは私なんですが。当たり前に一緒に歩いてて普通に笑って喋ってたから私も違和感無かったよ。
「そっちの寮まで行くだけ」
だからそれが何でなんだ。考えたところで新開悠人の思考なんて分かる訳もなく首を傾げる。女子寮まで来るってどういう事なの。さっきは人の足見といて今度は女子寮って、まさかこいつほんとに。
「え、変態?」
「なんでそうなるんだよ」
「っ、いったぁ!!」
話してた流れで本当にそうなのかなって思うのは仕方ないじゃん。いや、違うのは分かってんだけど。冗談だって分かるじゃんか。仮にも女子の肩をそんな強く叩く事ないでしょ。バシッていったよ、そこそこ痛いし。
「遅いから送るっつってんの」
普通わかるだろ、と投げやりに言い放たれた。日が沈み始めてるとは言ってもまだ暗くはないし、寮に帰るだけだから学校から距離があるわけでもない。それなのに送ってくとか、その言葉に驚きすぎて咄嗟に何も返す言葉が出てこなかった。こいつが私を送るとか、まじで言ってんのか。
「別に一人で帰れるけど」
「そこは素直にお礼言うとこだろ」
「ありがと?」
「なんだよそれ」
疑問符を浮かべたまま言われた通りお礼を口にすると、そんな私の様子がおかしかったのか笑っている。こんな風に私と話してる時に笑うなんてあったっけ。だいたいが眉間に皺を寄せてるか無表情。私こいつの事ほんとに何も知らないんだな。まぁ、知ろうともしてなかったし。中学から一緒で席も隣なのに笑った顔を初めて見るとか逆に凄いんじゃないか。きっと葦木場さんやチャリ部の人達は、私の知らない新開悠人を知ってるんだろう。少し、ほんの少しだけ、羨ましいと思う私がいた。