素直にそう思ったので




新開悠人に自転車の事を教えてほしいと言った後、早速手渡されたのはサイクル誌だった。ペラペラとページを捲りながら読んでいくものの、分かるのは自転車競技で使うのは私の見慣れた自転車よりも随分と車体の細いやたらとスタイリッシュなロードバイクというものだという事だけ。本を読むのは嫌いじゃないけど、知りもしない専門用語が出てこられては理解が追い付かず頭に入っていかない。なによりこのサイクル誌を読む人なんて先に自転車の知識が身についてるだろ。

「わかった?」
「わかるかこんな雑誌だけで」
「葦木場さんもそれ読んでるから」

適当に流し見していると横から声を掛けてくる新開悠人に、さっぱり分からないと文句を言えば葦木場さんの名前を出してくるから狡い。そんな事言われたら真剣に読み込むしかないじゃん。雑誌にこんな事書いてありましたよね、とか会話出来ちゃうかもしれないじゃん。

「なんかよくわかんない用語とかあるんだけど」
「どれ」

どれって、どれもこれもだよ。用語だけじゃなくレースの事とかもよく分からない。載ってる選手の愛車の名前まで書いてあるけど、読み方すら分かんないから。目に付いた分からない単語を指差して「これは…」と説明しだす新開悠人の言葉にほんの少しだけ驚きながら耳を傾ける。自分で調べろとか言われると思っていたのに案外まともに教えてくれる姿勢に、本当にちゃんと教えようとしてくれているんだと驚いたのは内緒だ。

「ただそれぞれでコース走るだけじゃないんだ」

自転車競技と聞いてパッと頭に浮かぶのは大体の人が競輪のようなものだと思う。決められたトラックコースを、個人で競い合って一番速かった人が勝ち。そんなふんわりとしたイメージだった。
そもそも個人で走るレースはあるけど、インターハイは六人で一つのチームとして走るというのも初めて知った。その中で平坦が得意な人、山が得意な人に別れてチームの優勝の為に得意分野で走るなんて上手く想像出来ないものの凄いんだなと感心する。

「ちなみに葦木場さんはクライマーね」
「クライマー、って事は、山?」
「そう」

山を登るのが得意だなんて相当キツそうなのに流石だなと思っていれば、元々はクライマーの葦木場さんは今年はエースとしてインターハイに出るんだと自分の事のように語る。他にも誰々がクライマーで、誰がスプリンターでと教えてくれるのは有難いけど今話している本人、新開悠人はなんなんだと思いパッと顔を上げた。

「あんたは? あ、待って、当てる!」

新開悠人から聞いた他のクライマーの人はそこまで筋肉質じゃなくて細身の人が多い感じがする。体格的な問題じゃなくて、負けず嫌いそうな性格を考えて平坦も山もいけるオールラウンダーって気がするんだよな。

「オールラウンダー、っぽいけど……クライマー?」
「っぽいって何だよ」
「ねぇ合ってる?」
「まぁ、合ってるけど」

ほとんど当てずっぽうだったけど、合っていた事が嬉しくて「やっぱりね!」と言って笑っていればフイっと顔を逸らす。なんだ、当てられたのが悔しいのか。

「走ってるとこ見た事ない癖に」
「……じゃあ見に行く」
「は?」

新開悠人の言っていることは確かに間違ってはいない。走っているところを見た事もなければ何も知らないのに、当てずっぽうで当てられてもと思うのは仕方ないだろう。それなら見に行けば少しは分かるんじゃないと考えて口にすれば逸らした顔をまた私へと向ける。

「レースある? なんか出たりすんの?」

そもそも一年生ってレースとか出たりするのかとか、それすらも疑問だ。身を乗り出して聞いてみると視線が宙を彷徨い言いにくそうに口を開く。

「…………インハイ」
「え、インハイ出るの?」

インターハイって凄い大会なんじゃないの? 野球で言う甲子園みたいな? そんなのに一年が出るの? 信じられなくて聞き返せばこくりと頷き「口、開いてる」と指摘されてしまった。

「うわ、なにそれ、凄いじゃん」
「別に凄くねーし」
「謙遜するようなタイプじゃないでしょ」
「俺よりすげー選手なんて山ほどいるんだよ」

その「すげー選手」に、お兄さんは含まれているんだろうか。一瞬浮かんだ疑問はすぐにかき消して、私の思う凄さと新開悠人の思う凄さの違いを伝える。

「私は自転車競技の事なんにも知らなかったし、ロードバイクなんてものにも乗ろうとは思わないけどさ」

あんな細くて頼りなさそうな車体で普通のママチャリとは形が全く違うロードバイクに、もし私が乗る事があったとしても走れる自信が無い。きっとアレに乗るだけでも、初めて自転車に乗った時以上に練習が必要になるんじゃないか。そのロードバイクに乗って、毎日毎日走っているのは素直に凄いことだと思う。

「自分に出来ない事をひたすらに頑張ってる人って、本当に凄いと思う」
「……がん、ばってる、っていうか」
「練習頑張ってんじゃないの?」
「そ、だけど」

ロードバイクに乗れるだけでも頑張ったんだと思うのに、一年でインターハイの出場メンバーに選ばれる程これまで練習を積み重ねてきた新開悠人は相当努力してきたんだろう。もしかしたら元々の才能もあったのかもしれない。でも、箱根学園は自転車競技部の強豪校らしいし才能だけで伸し上がるなんて難しいはず。

「ならやっぱ凄いよ、新開悠人は」

偉そうだし生意気だしムカツクとこは沢山あるけど、それを置いておけば普通に凄い奴なんだ。嫌味とかじゃなく、誰かと比べてとかでもなく、純粋にそう思っているんだと伝わっただろうか。何かを考えるような顔をする新開悠人を、真っ直ぐ受け取ってくれれば良いなと思いながら眺める。

「……その呼び方、やめてくんない?」

そうきたか。話は逸らされてしまって文句まで言われたものの、ちょっとだけ困った顔で言う姿に私の言いたい事は分かってくれたんだと勝手に解釈して「新開ってなんか呼びにくいんだもん」と笑っておいた。



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