本人の知らないところで
お昼休みに教室を出て友人と食堂に向かって廊下を歩いていれば、同じように食堂へ向かっているだろう数人の女子が喋りながら前を歩いている。別に聞きたい訳でもないけど聞こえてくる会話を右から左に流していると聞き慣れた名前が耳に入ってきた。
「新開くんってカッコイイよね」
「お兄さんも去年この学校にいたらしいよ」
「私去年のインターハイ見に行った」
新開くんってあの新開くんの事か。黙ってれば顔だけはカッコイイかもしれないアイツの事か。最初こそ新開悠人の名前から始まった会話は、二言目にはお兄さんの話題にすり変わりいつの間にか「東堂さんが」とか「真波って人も」とかカッコイイらしい人の話で盛り上がっていた。
「アイツのお兄さんってそんな有名人なの」
「秦野でも結構有名だったよ」
「うっそ、知らなかった」
「あんたは周りに興味無さすぎ」
そりゃ興味が無くて当たり前だろう。自分と全く接点のない人にどうやったら興味を持てるのか教えて欲しいぐらいだ。
「何してもお兄さんの名前が出てくるから新開くんも色々と大変なんだろうね」
何をしても付き纏うお兄さんの名前。それで新開悠人が嫌な思いをしてるんだって事は分かっている。でも、だからってそれは私には関係の無い事で同情する気も更々ない。「ふーん」と友人に気の無い返事をして今日のランチを選ぶ。
たまには沢山食べても良いかと唐揚げのランチに決め、適当に空いている場所へと座り食べ始める。あんまり食堂に来る事は無かったけど時々こうやって食べるのも良いかもしれない。それに、ここに来ればまた葦木場さんに会えたりするかも。そんな事を考えていたからか、ふと顔を上げてみれば今考えていた葦木場さんの後ろ姿が目に入った。
「あっ、葦木場さんだ!」
ご飯を食べている最中で行儀が悪いと思いながらも箸を置いて立ち上がってしまった。勢いが良すぎてガタッと音を立てた私に、少し離れて空いている席を探して居た葦木場さんが気付いて目が合う。隣からは「見つけやすくて良いね」なんて呆れた声が聞こえてきたけど無視だ無視。たぶん今の恋する乙女の私なら葦木場さんの背が低かろうが匂いかなんかですぐに気付ける自信がある。それを言えば隣で呆れている友人には気持ち悪いと言われるんだろうな。
「良かったらここの席どうぞ」
「え、ほんとに? 良いの?」
「いや、もう是非!」
背が高い割に緩やかな動きで此方に歩いてきた葦木場さんに声を掛け、どうぞどうぞと自分の向かい側の席を指して言えば葦木場さんと一緒にいた他の先輩達も並んで前に座っていく。やばいな、葦木場さん以外の人も一言二言程度なら話した事はあるものの名前まで覚えていない。
「悠人に聞いたけど、同じクラスなんだってな」
「そうなんですよ 」
軽く挨拶を交わして食事に戻ると、ふと斜め向かいに座っている少し目付きの悪い先輩が声を掛けてきた。この人はこの間部活を見に行った時に喋ったぞ。新開悠人の事を見に来たと勘違いした人だ。誰か分かんないけど。
ってゆうかよくよく見ればチャリ部の人って皆顔立ち良いな。自転車に乗って競い合う部活で、運動部なんだからもっと体育会系の集まりだと思ってた。葦木場さんもこの見た目でおっとりした話し方で運動部に所属しているとは思えないし、なんかチャリ部って不思議。
「アイツ、ちゃんとクラスで馴染めてんのか?」
どうでも良い事を考えながらご飯を口に運ぼうとしていたタイミングで聞かれ、半開きの口のままバカみたいな声を出しそうになった。なんだその質問は。私が見てる限りいつも一人で携帯弄ってて、もしかしたら友達いないんじゃないですか?なんて事言える訳もなく「まぁ、普通だと思いますよ」と当たり障り無く適当に誤魔化して、中途半端な位置で止められていた手を動かしご飯を口に運び入れ咀嚼する。
そうか、と揃って安心した様子を見せる先輩達に新開悠人は部でどれだけ浮いてんだと思うと同時に、こんなにも自身の事を心配してくれている人がいる事を本人は気付いていないんだろうなと思った。
「でも、こんな可愛いお友達がいるなら安心だね」
「か、かわ、……っ!!」
「落ち着きな?」
ゆるゆるとした喋り方で言われた言葉に過剰に反応してしまう。だって今まで可愛いなんて言われた事が無いし、そんな言葉は私に無縁だと思っていた。しかもそれを葦木場さんに言われテンパって隣を向けば私の言葉になっていない声に冷静に返される。
「悠人と、仲良くしてあげてね」
そう言った葦木場さんの表情はとても優しくて、まるで自分の弟を思って言っているようだった。最近ギスギスした雰囲気じゃなくなったのは、葦木場さんや部の先輩達のお陰なんだと分かる。この人達は去年までいた新開悠人のお兄さんを知っていて、お兄さんに弟を頼むとでも言われたんだろうか。頼まれたからと言って仕方無く世話を焼いて出来る表情では無いと思うけど。
今更仲良くとか出来る気がしないし自信もないけど、その言葉と私を見る目に頷く事しか出来なかった。