怖がりな僕の大きな願い
志衣 said
にぃにはぎゅっと僕を抱きしめてくれた。初めて会ったときみたいに。あの時はお父さんが目の前にいて怖くて怖くて逃げたくて、にぃにの存在なんか忘れてた。でも、今日は違う。にぃにの存在を近くに感じてる。
あったかくて優しくてぽかぽかする。
僕はこんな場所にいていいのかな。
家畜の僕がこんな幸せでいていいのかな。
色んなことがグルグルと頭の中で回ってる。でも、離れたくなくて、にぃにの背中に手を回した。
だって、初めて泣いていいよって許してくれたんだ。
「あー、目を擦らないで。赤くなるよ」
瞼を優しく触れてくるにぃにをそっと伺う。抱きしめてくれてた時、にぃには何も言わなかった。ぐずぐずしてたからにぃにに、僕が泣いてるってバレてると思うのに、約束を守ってくれた。
あんなににぃにのこと怖かったのに、今はさっきよりも怖くない。寧ろ少し安心してる気がする。なんでだろう………。
「じゃあ、俺は帰るね。また明日、志衣」
ぽんぽんと頭を撫でられ、この場を去ろうとするにぃに。もう帰っちゃうんだ……そう思った。何か言った方がいいかな、でも、何を言えばいいんだろう。んーんー、と考えてもいい案は浮かばず、にぃには僕に背を向けたあぁ、にぃにが行っちゃう……!。
「…………………志衣、どうかしたの?。俺の裾掴んで」
「…え……あ、ご、ごめんな、さい!」
手が勝手に伸びてた。
可笑しい、何でだろう。独りの方が怖いこと起きないのに。何で引き止めちゃったの?。
にぃには首を傾げながらまたベッドに腰掛けた。迷惑だったよね、謝らなきゃいけない。でも、口が開かない。
「………っ」
「志衣」
「っ!」
口の中でカチカチと歯が鳴る。心臓がバクバクしてる。気持ち悪い。怒られる。殴られてる。見てなきゃ。守らなきゃ。怖い。怖い。怖い。怖い…………!。
あれ?上手く吸えない。
「はぁはぁはぁ…っ」
「志衣!…聞こえる?志衣?。俺と同じことして。大きく息吸って………吐いて……吸って……吐いて……」
はぁはぁと息が零れる。なのに求めてる酸素が吸えない。にぃにが隣で深呼吸してる。
真似すればいいのかな。
でも、どうやって吸ってたのか、わからない。でも、やらなきゃ怒られちゃう。でも、わかんないよ。
「………い!し…!」
霞む視界。苦しくなる胸。
にぃにが僕の名前を呼んでる。
何時かお父さんみたいに僕の名前呼んでくれなくなっちゃうのかな。
やだって言ったらダメかな。
お父さんみたいに殴られちゃうのかな。
もう全部全部わかんない。
「…かはっ、はぁーはぁー、」
部屋がバタバタしてる。にぃにじゃない人がいる。またヤられちゃうのかな。もうやだよ。痛いのも苦しいのも上手く息できないのも名前を呼ばれないのも…。
「はぁ、にぃ……ん、はぁ」
薄ら見える視界ににぃにの苦しそうな顔が大きく映る。届いて、僕の願い。最後の小さな願い。
「しな、っ、せ…て」
真っ暗闇に包まれた。
途切れる意識の最後ににぃにの言葉が微かに聞こえた。
「いかないで」って。
にぃに。僕は幸せになりたい。
志衣 said end
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