一緒の朝を迎えよう

落ちていく手を俺は掴んだ。
全てスローモーションに見えた。志衣が泣いてる姿も、諦めていく表情も全てが俺には見えていた。

「に、に」

「ま、待ってて。直ぐに引き上げるから…っ!」

志衣は軽いけど、片手で引き上げるのは少し難しくて直ぐには無理だった。風で志衣がゆらゆら揺れる。志衣は何が起きたのか分からないらしく、パチパチと瞬きを繰り返していた。
俺だって何が起きたのか分からない。ただ病院に寝泊りする許可を貰って、志衣の病室に帰ってきたら、窓から志衣が落ちていったのだ。慌てて志衣の手を掴んだが、志衣の両腕は赤く染まっており、俺がいない数時間に何があったのか、混乱させることがあったのかと考えさせる。
きっと両腕も痛いだろう。ゆっくり引き上げなければ。

「……………な、んで」

「え」

ゆっくりと引き上げて、近づいてくる志衣がポツリと零した。

「助ける、の」

志衣の目から大粒の涙が地面に落ちた。

「志衣のことが、好きだからだよ」

俺が今どんな顔してるのかは分からない。不細工に笑ってるかもしれない。それでも少しでも志衣に俺の気持ちが伝わればいい。
志衣は酷く顔を歪ませた。


ゆっくりと志衣を引き上げる。志衣の病院服は真っ赤に染まっていて、見るからに痛そうだ。点滴等の針を抜いたせいで機械がピーピーと鳴っているから、今に看護師辺りがくるだろう。その時に手当してもらおうと、頭の片隅で冷静な自分がいた。
部屋に志衣を入れ、他に怪我がないか確認したするが、特に何もなくて一つ息を吐き出した。それに反応してか志衣がゆっくり話し出す。

「に、に」

「……何、志衣」

冷静だとしても、自分から身を投げる行為を許す事は出来なくて。志衣が死にたがってることは何となく察していたとしても許せなかった。だけど、怒るつもりもない、志衣は死にたいくらい生きづらいのだから。怒ってるつもりはなかったが、俺の声のトーンが何時もより低いことに気づいた志衣は震えだした。

「あ、ごめん。ごめんね、志衣。怖がらせるつもりはないんだ、ごめんね」

腕の傷が痛まないように優しく抱きしめれば、ゆっくりと震えは小さくなった。少し安心、少し罪悪感。

「にぃ、に………汚くな、ちゃ、う」

そう志衣が言うと、俺の胸を弱い力で押してきた。汚くなる?血のことか?。血なら気にしないでと言っても志衣は首を横に振りながら、俺の胸を押して離れようとする。

「ぼく、きた、ないか、ら……にぃに、汚く、したくな、い」

志衣の言葉で漸く意味が分かった。
そして、さも当たり前のように言う志衣が悲しかった。

「……志衣は汚くないよ」

初めて会った時も志衣は汚い、悪い子って言い続けてたことを思い出した。あの時も否定したが、彼の意思は変わらないらしい。それだけ、言い聞かせられてきたってこと。何度も何度も。認めるしかないくらいに何度も言われてきたこと。

「志衣、聞いて」

「……っん」

涙をぽろぽろ零す彼が汚いと誰が思うんだろう。
笑うときっともっと綺麗に決まってる。

「俺は志衣が綺麗でいい子だと思ってる」

「ちが、う」

「違わないよ。志衣は汚くも悪い子でもない。今回自分から落ちた事は悪いことだけど、本当に自分から落ちたかったの?」

志衣は目をはっと見開いた。大きな目には沢山の涙を浮かべていた。そして、小さく

「お、父さんが、やりな、さ、いって」

「そっか、父さんが…。志衣、父さんは志衣がそういうことやるのを望んでるかもしれない」

志衣は小さく息を飲んだ。俺は今冷たいことを言ってるのは分かってる。志衣が生きてた父さんに何度そういうことを強要されてたのかは知らない。でも、幻覚になってまで彼にそれを望んでいるとするなら、生前はもっと酷かったのは予想がついてる。だとしても、俺は志衣に言わなきゃならない。

「父さんは志衣のこと悪い子って言っていたかもしれない。何度も何度も言われたかもしれない。だとしてもね、志衣。俺は志衣がいい子だと思うよ。父さんみたいに何度も何度も言い続けるよ、志衣はいい子って。そしてね、俺は志衣と沢山の明日がみたい。一緒に笑って泣いて、明日も一緒に過ごそうって約束して。そんなことを俺は志衣としたい」

「………あ、した」

「そう、明日。一緒に寝て、朝を見て、ご飯を食べて、遊んで、星を見て、ご飯食べて、また寝て、そして朝を迎えたい。全部一緒に共有していきたい」

「……ぼく、そんな…け、んりな、い」

嗚咽を必死に我慢しながら喋る志衣。あるよって言ったところで志衣は否定をする。なら俺が与える。志衣が普通に過ごせる権利を。

「俺が志衣にあげる。明日をあげる。だから、俺と一緒に生きて」

抱きしめて、冷たい体温に俺の体温をあげよう。志衣が少しでも温かくなるように。

「に、ぃに」

「何、志衣」

「しな、せ、て」

泣きながら言う志衣を俺は離さない。押してた手が、いつの間にか俺の服を弱く握るこの手を俺は離さない。

「生きて、志衣」

生きようとしてるのは分かってる。地獄のような環境で必死に生きてたのを知っているから。

「ひっ、ん、あっ…」

「一緒に生きて、志衣」

もう独りで明日を迎えさせない。



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