痛む姿に癒す力を、

俺の弟と何十年振りの再開は病室だった。
沢山の管に繋がられた彼を見て、ぎりぎりの状態で生きてるのは直ぐに分かった。まぁ、面会出来るようになる迄、二週間は掛かっていたから何となく想像はしていたが、想像以上で胸が痛くなる。

弟、志衣の顔を見て単純に人形みたいだと思った。俺より綺麗な蜂蜜色の髪に、透き通る様な白い肌。人形の陶器はこんな色をしてた筈。瞳の色は何色だったか、数年振りだから覚えてないが俺より綺麗な色だったと思う。

「早くみたいな……」

志衣は保護されてから三日後には起きたが、起きても直ぐに寝てしまい、今も寝てる。医者が言うには今迄足りてなかった睡眠を補っているようだと言っていた。
冗談っぽいが真実でもありそうで怖くなる。
同い年…いやそれ以上年下の子たちより低い身長に平均より足りてない体重。触ったら折ってしまいそうなくらい細い志衣。

「本当に生きてるのか分からなくなるよ」

ポツリと呟いても返ってくる言葉がある訳でもなく、ただ志衣が生きてると証明する心拍計の音が響く。この音だけが志衣が生きてると実感させてくれる。












どのくらい時間が経ったのか分からないけれど、唯志衣の寝顔を見ていた。起きたらいいなと考えながら見ていたら、僅かに志衣の瞼が震えた。

「…あっ」

起きるかもと思ったときには瞼は完全に開いていて、虚ろな瞳できょろきょろと辺りを見渡していた。帰る前に起きてる姿を見れてよかった。
見渡した末に俺に気がついた志衣。目と目が合った。
やっぱり昔も思ったが、綺麗な瞳だ。甘い甘い鼈甲飴をドロドロに溶かしたかのような瞳。もし志衣の瞳を舐めれたら、きっと甘いんだろうなと考えたら、口角が上がった気がした。

「志衣、おはy「ひっ!!」え?」

おはようと挨拶しようとしたら、見て分かるほど志衣は飛び上がり、崩れ落ちていくようにベッドから落ちていった。……落ちるというより、俺から逃げたが一番正しい表現かもしれない。
慌てて志衣が落ちた側に回れば、病室の隅でガタガタと怯えて、両手で耳を塞ぎ、何処か一点を見詰め、涙を零していた。

「…はぁ、……ひっく…」

ここまで怯えさせる事はしてないつもりだった。でも、現に志衣は怯え、怖がっている。多分、俺の存在が怖がらせてると思う。でも、泣いてる子を、大事な家族を置いていくのは流石に兄として駄目だと気持ちを落ち着かせる。
落ちた拍子に抜けた点滴などの針は、綺麗に抜けたらしく志衣の腕に針が刺さっている様には見えないから一安心。志衣から十分な距離を取りつつ


「えっと、志衣。俺はこれ以上近づかないから耳から手を離せるかな…?」

耳を塞いでるから聞こえてるかは定かではないが、優しく話しかける。
震えながらも、俺のことを確認するかのように俺を見詰めてくる志衣が、状況が少しアレだが可愛く思う。でも、寂しくもある。あいつらみたいに志衣をいじめる訳ないが、志衣にとってはきっと俺も恐怖の対象なのだろう。
怖がらせまいとなるべく頬を緩ませて話しかけているが、志衣は怖いらしい。

「しーい、聞こえてる?」

名前を呼べば分かりやすくビクッと震えるから、耳を塞いでても少しは聞こえてるらしい。こんな確認の仕方は嫌だけど。
でも、聞こえてるなら話が早い。床に座らせたままだと志衣の身体が冷えてしまう。ガリガリの痩せ型だから、免疫力が落ちてそうだから冷やして風邪を引かれたら後が辛い。

「志衣、ベッドに戻れるかな?」

「あっ……や、ひっ、、ん」

緩く首を振られた。隅がいいのかな、でも床はベッドより冷たい。身体が冷えてしまう。

「身体が冷えちゃうよ、冷たくない?」

「ん……や、や、ひん…」

会話になってないが、冷えてしまう事を心配するより、落ち着かせることが先かもしれない。さっきまでちゃんと返答出来てたから、怯えてるだけかと思ったが、何かが違う。

俺に怯えてるのは何となく感じてるが、果たして何故か。知らない人がいるからか?。まぁ、数十年ぶりの再会だから誰か分からないのかもしれない。

「んー、志衣。遅くなったけど、俺は志衣のお兄ちゃんの春日要人。志衣が小さい頃に別れちゃったから覚えてないかな?」

「……お、にいちゃ……ん?」

震えながら怯えた目で俺の言葉を反芻する志衣。そうだよと意味を込めて頷くが、この反応を見る限り兄がいた事なんか忘れてたみたいだ。志衣がハイハイ出来た頃位に別れた気がするから仕方ないか。

志衣は何度もお兄ちゃんと言葉を反芻し続けた。何度も呼ばれると何かむず痒い、嬉しいけど。

「そうだよ、俺は志衣のお兄ちゃん」

「お兄ちゃ、ん………にぃに…?」

「え、志衣、俺のこと覚えてるの?」

昔は拙い言葉で志衣は『にぃに』と読んでくれていて、あんなに反芻するから忘れてるものかと思ってたから驚きだ。
でも、志衣は首を傾げて振ったりした。
朧気に覚えてる様な覚えてない様なって感じかな?。でも、何となく志衣と近づけた気がするから良しとしよう。

と、一安心した瞬間

「っぅえ…ッおえ…っげほ、ゲホッゲホッ…うっ、え…っ」

志衣は前屈みになり、むせ返る音と吐瀉物が床に落ちた音が響いた。余りに突然な事で何もできなかった。

「げほ、ゲホゲホ……はぁはぁ、うぇッおぇ」

肩を上下に揺らし、吐瀉物に顔が触れるんじゃないかってくらい志衣は身体を折った。

「志衣っ!」

近づかないと言ったが、気にしてる暇はなかった。志衣の隣に周り込み、背中を摩る事しか出来ないが、嘔吐は一時止まったようだ。激しく咳込みをし、頬には水の跡。きっと涙の跡だ。

「志衣、ゆっくり息吸えるか?、吸って吐いて……俺のマネしてみて」

志衣に聞こえるくらい大袈裟に、且つゆっくり呼吸をした。志衣は最初は吐いたばかりもあって咳込んではいたが、虚ろな目が俺を捉えたら、ゆっくりと俺の真似をし始めた。ん、偉い偉いと背中を優しく摩る。

「……ちょっとは落ち着いたかな」

一応呼吸も正常に戻ってやっと安心。
過呼吸にまで陥らなくてよかった。

「………あり…が、と…ござ、い、ます」

「お礼はいいよ。家族なんだしね。それに志衣はよく頑張ったよ、偉い偉い」

流れで頭を撫でようと手を頭に近づけたら、志衣はビクッとはね、ゆっくり後退していったので、まだ怖いかと手を下げた。

志衣はそのまま視線を下げた。
俺も同じ様に下げたら、当たり前だけど吐瀉物が広がっていた。胃液しかなく殆ど固形物は食べてないようだ。看護師呼んで、申し訳ないけど片付けて貰うかと腰を上げようとしたら

「ごめん、な、さ…い」

と志衣は小さく呟き、そのまま頭を吐瀉物に近づけた。

「志衣!、気持ち悪いのかい?」

慌てて志衣を支えようとしたが、志衣は俺の想像を超えることをした。


吐瀉物を舐め始めたのだ。



「志衣!!」

何時もより大きな声が出た。志衣が驚いて俺の方を怯えた目で見るけど、それどころじゃない。ぐいっと引っ張り志衣を俺の胸に抱き寄せる。この子は今何をした、何を舐めた?。

「……志衣、」

「ごめんなさ、い、早く……かたづけ、ま、す。ごめんなさい」

ごめんなさいと何度もいい、俺から離れようとする。でも、離れさせる訳にはいかない。好きな様にさせたら、さっきみたいに人としてあるまじき事をする。

「謝らなくていいから、片付けなくていいから。志衣、何でアレを舐めちゃったの?」

「……お、父さんが」

志衣から吐き出た言葉は決して親が、人が言うことではなかった。
『吐いたら舐めて綺麗にしろ、家畜』。
あいつはこんな子どもにそんな事をさせていたのか、そう思うとギリっと志衣を抱きしめる腕に力が入る。

「ごめんなさ、い。はな、して、……お父さ、んが……おこ、る、、やだ、……叩かな、いで、……ひっ、やだ、やだやだ」

志衣は俺の腕の中で暴れる。
もう亡きあいつに怯えて、あいつの言いつけを守る為に吐き出したものを綺麗にしようとする。スーツが志衣の涙で湿っていくのが分かる。

「志衣、聞いて。もう父さんはいないよ。だから、もう綺麗にしなくていいんだよ、しなくていい」

「ち、がう、しぃは汚……い…………。綺麗にしな、いと…………お父さん…こな、来ないで!!」

「え?」

志衣が言ってる言葉は半分も理解出来ない。
でも、俺の背後を凝視し、『来ないで、叩かないで、ごめんなさい』を叫び出す。
この子は何を見てるんだ?。この病室には俺と志衣しかいない。俺の背後には誰も居るはずかないのに。

「ひっ、うぇ…ご、…めん…….さい、」

ガタガタと今日見た中で一番大きく震える志衣。この子はもしかすると

「父さんが見えてるのか?」

そう聞けば、ひっ、と悲鳴が聞こえた。
この子には死んだはずの父さんが見えてるんだ。俺の背後に立つ父さんが。幽霊という存在は信じてないから恐らく幻覚だろうけど、幻覚と現実がごっちゃになってるんだ。

可哀想とは思わなかった。
ただ死んでもなおこの子を怖がらせるあいつに腹が立った。

俺は志衣の存在を隠すように抱き締めた。

「志衣。大丈夫だよ、お兄ちゃんが父さんからお前を守るよ。だから、大丈夫」

「やだ、やだやだ。い、る、ごめんなさいごめんなさい、ん、ひっ、ごめんなさい」

嗚咽を漏らし、両手で再び耳を覆い、殻に篭る志衣。そんな那智を隠す俺。

「しーい、俺が那智を隠してるから父さんは志衣を見つけられないよ。大丈夫だから、謝らないで」

色んな声を掛けても、志衣は直ぐそばにあいつがいると認識し、ただただ謝り続けた。こんなに謝ってるんだから許してやれよって思うくらいに。そして、また

「っぅえ…ッおえ…っげほ、…うっ、え…っ」

今度は俺のスーツに吐瀉物がぶっ掛かった。別に志衣のせいで汚れたなら気にしない。志衣も今の精神状態だと、吐瀉物に気にかける余裕もなく、謝りながらも激しく咳き込んでいた。
背中を摩りながら、痛々しい志衣を何とかしてあげたかった。







結局志衣は泣き付かれて眠るまで、謝罪と嘔吐を繰り返し、一度も耳から手を離さなかった。





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