少しずつ言葉を交わそう

あの後、検温の見回りに来た看護師に見つかり、やんわりと注意を受けながら帰った。本当は仕事場に行く予定ではあったが、志衣が吐いた胃液がスーツに付いてる為、流石に帰らせてもらった。秘書の吉野には小言を言われまくったが。今日出勤して、書類増えてたらどうしようとか不安を抱えながらも、今日もお見舞い。志衣は今日も寝ていた。

「でも、さっきやっと寝付いたって聞いたしな」

頬に掛かる髪を避けてやり、志衣の寝顔を見る。途中で会った佐川さんから、俺が帰った後志衣は起きたらしく、看護師が見回りに来る度に起きてしまっていたらしい。今日も俺が来る前に来ていた看護師のせいで起きたらしく、充分な睡眠が取れてないとか。
でも、昨日もだが俺が来る時は絶対寝てるんだよな。いい事なんだよな、これって。志衣がちゃんと寝れてるんだから。でも、

「俺としては、ちょっとばかり話したいところだけどね」

佐川さんからも寝てるなら寝かせてあげてくださいと頼まれてしまったから、起こすことはないけど、何十年振りの再開のためか話をしたいって欲は捨てきれない。でも、寝かせてあげたい。………我慢するしかないかと頬を緩ませ、志衣の手を握る。小さくて冷たい手。こんなに冷たい手だ、志衣はきっと冷え性だな。家に来たら防寒対策しとかないと。

手持ち無沙汰だから、こんなことしか考えられないけど、退屈とは感じない。不思議な気分だ。






結局志衣の手を握りながら、防寒対策の為にあれやこれや買わなきゃなと計画立てていたら、面会時間も残り数十分となった。ここまで志衣は一回も起きてないから、一時間弱は睡眠を取れてるだろうけど、それでも少ない。俺が帰ってもちゃんと寝てるんだよ、と思いながら志衣の綺麗な髪を梳いた。

「………っん」

「あ、起こしちゃった…?」

ぱっと手を髪から離したら、志衣が寝返りをうちながら、俺の方を向いてぱちりと目を開いた。寝かせてあげたかったなと思いながらも、起きてしまったらならしょうがない。

「志衣、おはよう」

「…………あ、なん、で」

一言声を掛けたが、よく分からない返事が帰ってきた。なんで?って何がだろう。

「志衣、何が何でなの?」

「ひっ」

ビクッと飛び上がり、両手でぎゅっと掛け布団を握りしめ、両目を瞑る那智。二日しかまだ見てないが、志衣は怖いこととかあると両目を瞑るのが癖なのかもしれない。あと、両手で両耳塞ぐのとか。見えない、聞こえない方が怖い気もするが、見えなかったり、聞こえなかった方が志衣にとっては救いなのかもしれない。

「怒ったりしてないよ、志衣。ほら、目を開けて」

怖がられてるのは分かってるから、これ以上怖がられないようになるべく優しく声をかける。
ゆっくりとだったが、志衣の瞼が上がり、俺と目が合った。その目にはまだ恐怖が残ってて、兄でも俺のことはやっぱり怖いかと少し落ち込んだ。

「ご、めんな……さ、い」

「志衣が謝ることしてないよ。志衣は悪いことしてないだろ」

「……………分からないけ、ど、志衣は悪い、子……だか…ら」

「俺には悪い子に見えないよ。志衣はいい子」

そう伝えても首を横にしか振らない。
謝る様なことしてないのに謝る志衣。しかも、悪い子だから謝ると。俺が何度いい子だと伝えても分かってくれないとしたら、父さんからされた"教育"は根強いのかもしれない。

「でもね、俺には志衣がいい子だとしか思えないよ」

「……………な、んで」

「俺のこと怖い癖に俺の目を見て、話してるから」

「っ!」

志衣の目が大きく開いた。
久しぶりに再会した昨日から今日に至るまで、この子が俺の目を逸らして会話したことがない。まだ二日しか経ってないけど、怖がりなくせに、人の目を見て話せるって凄いと思う。

俺はもう一度、凄いよ、志衣はいい子と、言ったが、返事がなかった。ただ、布団を掴む両手をじっと見つめていた。

「しーい、大丈夫?。気持ち悪いのかい?」

ビクッと震え、首をぶんぶんと横に振る。気持ち悪いとかじゃないなら、どうしたのかと思考を巡らせていたら、

「こ、わいから……見てな、いとだめ、だから」

「えっ」

「見てな、いと………怖い、か、ら………いいこじゃ、な、い」

そう志衣は言うと布団に潜り込んでしまった。中から微かに嗚咽が聞こえるから、布団の中で泣いてる。剥ぎ取って涙を拭って上げたいけど、怖がってる相手にそんな事されたらもっと泣かせてしまうかもしれない。

志衣がくるまる布団に優しく手を置き、撫でる。それしか出来ないのが歯がゆい。

でも、怖いから見てるって何でだ。
怖い相手をじっと見つめて居なきゃいけない理由は何だ。再び思考を巡らせるが、ピンっと来る答えが思いつかない。

ただ、時計の針の音と、嗚咽を懲らす志衣の泣き声が病室に無機質に響いた。




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