掴めるものはただ一つ

志衣 said



パチリと目を開ければ、真っ白の天井が映る。この空間から逃げ出したいとは感じたことはなかった。お父さんと過ごしたお部屋の方が僕にとっては檻の様なもので、まだこの空間は僕を閉じ込める檻の様には感じなかった。ただ大きな窓に映る色とりどりの空が綺麗で飛び出したいと思う。だけど、このベットから降りれるほどの勇気は持ってないから、じっと窓を眺めるだけだった。
白から水色に、青になって赤く染まって最後は黒くなる。沢山の色が窓の向こう側を染めていって、羨ましく思う。だって、僕には色がないから。あっても空のように綺麗な色なんかじゃなくて、もっと汚くて触りたくもないどす黒い色。僕が悪い子だから、家畜だからみんなの様に、にぃにのように綺麗な色なんかじゃない。だから、なりたいと望んだこともなかった。ただ空の様に羨ましく感じるだけだった。

「……汚い」

窓から目を移して自分の両手を見る。細い線に丸い火傷の跡が沢山ある腕。
沢山の細い管が僕から生えている。お医者さんが言うには僕を助ける管だとか。何を助けてくれるのかな。そもそも、助けてほしかったのかな。
お医者さんは綺麗な色してるのに、僕に触っても大丈夫なのかな。にぃにも僕を抱きしめてくれた。暖かくて、久しぶりに優しく抱きしめてくれたから涙が止まらなかったけど、僕のせいでにぃにの色も汚くならなかったかな。

一度考え出すと全部全部悪く感じる。
お父さんは言っていた。志衣は”悪い子、汚い子”って。

「…ふぅっ」

管を掴んで、ブチブチと抜く。痛かったけど、あの時より痛くなかったから我慢できる。それに僕のせいでみんな汚くなったなら、これくらい我慢しないと。悪いことしたんだ、ばつが必要だとお父さんの声が聞こえる。僕を助ける管なんかいらない。

ピーピーと何処からか鳴っているけど、僕には関係ない。
腕に爪を立てて、そのまま下におろす。そしたら汚い黒い液体が零れた。

『一本だけじゃ罰にならないよね、しーい?』

「はい。お父さん」

目の前に座るお父さんが笑う。楽しそうに笑う。
お父さんが笑うんだ。きっと僕がやってることは正しいんだ。

線を引かなきゃ。お父さんがそう望んでる。

黒い液体が腕を染める。染まったら今度は逆のほうも染めなきゃ。


『えらい、えらいよ。流石お父さんが躾けただけあるね』

「ありがと、う、ござ…ます」

『両方とも汚くなっちゃたね。次はあそこから飛び出してみようか』

お父さんはにぃっと笑いながら窓を指さす。黒い世界が広がる外を指さす。飛び出す?、窓から出ていけばいいのかな。お父さんが望むなら僕はやらなきゃいけない。なら、飛び出さなきゃ。

ベットから降りる勇気なんか無かったくせに、簡単にベットから降りてしまった。やっぱりお父さんの力を借りれば何でも出来るのかな。痛いことも辛いことも我慢できた。
ペタペタと冷たい床を歩く。数歩進めば、僕が憧れていた空がすぐ目の前にあった。窓に手を当てればひんやりしていて、僕の体温がまだ温かいことが分かった。でも、その温かさも今に消えてしまうかもしれない。だって、お父さんはそれを望んでる。

『家畜、早く。お父さんを待たせてもいいことないの知ってるでしょ』

背後から冷たいお父さんの声。怒ってる声。背筋がゾクリと震えた。そうだ、お父さんは待つのが嫌いだったんだ。早く窓から外に行かないと…!。


「…っ!」

カタカタと指が震えてるの分かる。でも、開けないとお父さんがもっと怒る。だけど、窓のカギを掴むことができない。
どうしよう、どうしよう、どうしよう……!。震えはどんどん大きくなって、お腹がグルグルと気持ち悪くなる。開けないといけない。でも、開けれない。

『しーい』

冷たい何かに後ろから抱きしめられた感じがした。この体温は知ってる。良くないことが起きるって鳴っている。ゆっくり冷たい何かは僕の右手を掴む。そしてそのまま、右手でカギを掴ませる。

『お父さん優しいね。家畜の手伝いをしてあげた。ほら、こうやって開けるんだよ』

クスクスと笑いながら、冷たい何かは僕の手を掴んだままカギを下におろし、解除する。カラカラと窓が開き、冷たい風が僕の頬に触れた。

『さぁ、志衣。後はできるよね…?』

「…あ、あ…っ」

『しーい』

耳元に冷たい何か。お父さんは僕に”教えた”。





『早くしないともっと汚くしちゃうよ』




「………っ!!!」


汚い色に染まった手が空を仰いだ。
例え僕が汚くても、醜くても、悪くても、これ以上汚くされたくなかった。なら、お父さんの言うことに従わなきゃいけない。
僕の手には綺麗な黒の世界に光るお星さまなんか掴めなくて、少し残念だなぁって思った。でも、もうどうでもよくて。かくんと傾く身体を支えることなく身を任せる。ズルリと窓から落ちる。落ちたらどうなるのかな、痛いのかな。でももう汚くならなくて済むよね。

ゆっくりと目を閉じれば、泣きそうな顔をしたにぃにが浮かんだ。
なんでこんな時ににぃにの顔を浮かぶのか、何でそんな顔をしてるのかわからなかった。でも一つだけ、汚くて悪い子の僕でも分かることがあった。

「な、かない…で」

悲しくなんかないのに、涙が空を舞う。まるでお星さまのようでとても綺麗だった。手を伸ばせば、涙のお星さまを掴むことができた。僕でも綺麗なお星さまを掴むことができた。それだけで十分でもうどうでもよくなる。

悪い子で汚い僕をお仕舞にする。










「志衣っ!!!」











かくんと時間が止まった気がした。


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