君の望みを、いつか教えて

佐川さんにそう伝えると、佐川さんは一呼吸つき、俺と目を合わせる。佐川さんの背後にいた看護師はいつの間にか居なくなってた。

「まだ志衣くんに何があったかは、私でも全て把握してる訳ではありません。今から話すのとは警察の方と今迄見た診断から予測でしかないです」

「はい、分かりました。予測でしかないとしても、ほぼ合ってるのでしょう?」

「恐らくは。志衣くんに事情を聞きたくても、今の精神状態では当分無理ですからね。あ、警察の事情聴取は入院中は拒否させてもらってますから、安心してください」

「あ、すみません。色々やってもらってしまって…」

「いえ、患者を守るのも医者の仕事ですから」

にこっりと微笑み語る佐川さんは、いい医者だと思う。ばたばたし過ぎて忘れていたが、父さんは犯罪を犯していたのだ。被害者である志衣に事情聴取一つは合ってもおかしくないが、佐川さんの配慮のおかげで当分その問題は先のことになりそうだ。

「……本題から入らせて貰いますと、志衣くんは虐待と性行為の強要をさせられていたと思います」

「……やっぱりですか」

男に怯え、暴力を怖がる志衣。
虐待はあったと警察から言われていたが、性行為の件は初耳だった。警察も性行為があったと知ってたかもしれないが、黙っていたのかもしれない。

「えぇ。見ただけで痩せ細ってる身体。平均身長に満たない低い身長。恐らく子どもの時から十分な栄養がある食事……いえ、食事が取れてなかったと思われます。また、警察側の調べによれば小学校、中学校にまともに来ていた事はなかったらしいです。なので、同い歳の子達よりかなり知力も低いと思われます。……少し話し方が幼いのはそのせいかもしれません、精神年齢が止まったままだと……」

佐川さんは俺と目を合わせながらも、痛々しい顔をする。そして、"大丈夫ですか"と聞いてきた。
ぎりっと握りしめていた手に爪がくい込む。

「他にも何かありますか。……教えてください、全部」

大丈夫か、大丈夫じゃないかなら、大丈夫ではない。でも、精神的に辛いという訳じゃない。親である父さんに対して激しい怒りを留める事が出来ない。
母さんと離婚する前まで、俺たちを蔑ろにするくらい可愛がっていた志衣に対して、何故そんなことが出来るのか。何でそんなことをする様になってしまったのかを問いただしたい。でも、あの人はもう会うことは出来ない。だから、胸に湧き立つ怒りをぶつけるところが無い。

「……要人さん」

初めて佐川さんに名前を呼ばれた。
思わずビクッと身体が小さく飛び上がる。

「怒りを感じるのは私も一緒です。だから、我慢しなくていいですよ。……あ、志衣くんには向けない様にして下さいね?」

「…………はっはは、そんなの当たり前じゃないですか」

思わず面を食らった。真剣な顔で当たり前の事を聞いてきたから。でも、馬鹿にしてる感じはしてこなかった。ただ、俺の怒りを肯定し、共有してくれてる感じがした。

「ふふ、一応ですよ。肩の力抜けましたか?」

「えぇ、ありがとうございます」

「なら、話続けさせてもらいますね。……とりあえず志衣くんが保護された所を話させてもらいます」

まだ俺が聞かされていない所の話。
こくりと唾を飲み込み、気持ちを正した。

「"子どもの悲鳴と怒鳴り声がするから、注意してくれ"と警察の所に苦情の電話があったらしいです。その苦情のお宅が、要人さんの父親と志衣くんのご自宅です。ですが、この注意を喚起する電話はこれが初じゃなかった。ずっと前からあったんですが、何度注意に言っても虐待を発見することは出来なかったんです。ですが、今回の注意喚起で、やっと発見された。もう遅かったですけどね。……何故発見できたか、分かりますか?」

「応対するのが今回初めてって事じゃないですよね?」

「えぇ、応対はきちんとしてたらしいですよ」

応対はきちんとしていたが、虐待を発見できたのは何度目かの警察の訪問。

「……初めて志衣が応対した……?」

「正解です。応対したのは偶然らしいんですけどね。学校から帰宅した志衣くんと警察の方が偶々鉢合わせたみたいで……、その時学生服を着ていたから警察の方も流石に志衣くんが中学生ってことは分かったんですが、服を着ていても分かる細さや、頬に貼ってあったガーゼで少しおかしいと思ったみたいで、志衣くんが呼んで来てくれた父親と話したみたいなんです。"こちらのお子様は少し痩せすぎなんじゃないんですか"って」

「余りにも直球ですね」

「私もそう思います。ですけど、凄く動揺してたらしいですよ。…流石に虐待の証拠がなかったので、その日は帰って、後日また志衣くんのご自宅に訪問した時には、もう」

「父さんが首を吊って死んでいた」

「えぇ。その傍に志衣くんはいたらしんですが…………」

佐川さんは急に黙り込んだ。そして、何か決意したみたいな顔で俺に言った。

「恐らく自分が吐いた吐瀉物を舐めていたみたいです。固形物じゃない、胃液が染み込んだカーペットを」

「多分そう躾られてたみたいです。さっき面会した時も」

志衣に会ったときの話をした。佐川さんは吃驚していたが、次には悲痛な顔をした。

多分父さんが死ぬ間際まで、志衣はご飯を食べさせて貰ってなかった。父さんが死ぬ最後まで殴られて蹴られて、その際吐いたものを舐め続けていた。綺麗にするために、お腹が少しでも満たされるために。

そう佐川さんは言った。

「その後に父親のご友人の方が虐待と強姦を手伝っていた事実が発覚して逮捕された。ここはニュースでも流れてるので知ってると思いますが……」

「えぇ。警察の連絡が来た後にニュースで見ましたからね」

"そうでしたか"と言いながら、佐川さんは話を続けた。





佐川さんの話から分かったことは、志衣は小学四年生の時に父さんに強姦されたこと。その後から友人たちから輪姦されたこと。志衣が学校に行き始めたのは小学三年生の頃で、それまでは父さんと家で過ごしていたこと。学校に行き始めても性行為を強要され行けなかったこと。小学校、中学校ではいじめられてたこと。学校側は黙認していたらしく、今頃警察調べが入っていること。

そして、志衣は"家畜"扱いだったこと。





佐川さんが知っている事は全て教えて貰い、その場はお開きになった。何でも落ち着く必要があるかららしい。確かに俺には落ち着く必要があったと思う。
志衣が何をしたんだろう。もし何か重大な失敗をしたとしても、ここまでの罰は要らないはずだ。虐待も強姦も輪姦も虐めも要らない。
あの子だって人間だ、家畜なんかじゃない。痛いことは痛い、辛いことは辛かった筈だ。でも、それを叫ぶ機会を全部奪ったのは志衣を取り巻く人たちのせいだ。一番許せなかったのは父さんだったが、周りの奴らにも腹が立つ。

面会時間は過ぎてしまっているが、勝手に那智の病室に入る。志衣は最初来た時と同じ様に死んだように寝ていた。
志衣の手を優しく握り締めた。

「……志衣、もう我慢しなくていいからね。もう全部志衣が嫌なものは取り払ってみせる。だから、志衣は志衣がしたい事をしてね。君にはその権利があるんだ」

寝てる志衣には聞こえてない、俺からの望み。
何時か志衣の望みを聞くことはあるのだろうか。





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