我儘な俺の大きな願い

『ガンッ』

拳を壁にぶつける。志衣が過呼吸になり、ナースコールを押し看護師が病室に入って来た際に彼は言った。

『死なせて』って。

思わず"逝かないで"と言ったが、志衣に聞こえてるかは分からない。手当するからと看護師に言われ、病室から追い出されたがドアの前から一歩も動けずにいた。何で志衣は死にたいと言ったんだろう。何で言わせてしまったのだろう。守ると決めてのに、早速傷つけてしまった。

「くそ……っ」

くしゃっと前髪を握る。
過呼吸になる前まで普通だったのに。泣かせてしまったが、志衣はやっと俺の前で泣いてくれたのに。泣かせすぎてしまったのか。色々な疑念が浮かんで後悔して胸が苦しい。でも、こんな苦しみより志衣の苦しみの方がもっと辛いのだから、泣き言なんて言えない。

ズルズルと壁に背を付け、しゃがみ込む。廊下に座り込むのはマナー違反なのは分かるが、何かに支えて貰いたかった。

何分この場に座っていたか分からない。気が付いたら、目の前に佐川さんが立っていた。

「春日さん」

「………佐川、さん。…し、志衣は!!」

勢いよく立ち上がり、佐川さんの手を掴む。佐川さんは小さく頷くと

「大丈夫ですよ。今は気を失って寝てますが、命には別状はありません」

「そ、そうですか。よかった」

何時の間にか気を張っていた力が抜けた。佐川さんの手を離し、顔を手で覆う。手で隠された目から涙が出そうだった。あの時泣いたのに。もう泣かないとさっき決めたのに。

「………春日さん」

佐川さんがさっきまでの優しい声とは変わり、志衣の話をした時みたいな真面目な声に変わった。何か別の問題が起きたのかと、顔から手をどける。佐川さんの目を見詰めると

「厳しいこと言いますが、こんなことでへこたれてたら志衣くんを支えられませんよ」

「……」

「支える側もキツイことがあると思います。ですが、今あの子が頼れる人は春日さん、貴方しかいないんです。だから折れないでください。私たちも志衣くんを支えます。でも、私たちが出来るのは身体面のサポートだけ。春日さんにしか志位くんの傷は治せません」

佐川さんの言葉は俺の心に深く刺さった。へこたれてるつもりはなかった。でも、支えて欲しいって思ったのは事実で、自覚してなかっただけで随分とへこたれてたみたい。
志衣を守るって決めたんだ。佐川さんの言う通り折れる訳にはいかなかった。

「…俺しかできませんもんね」

「そうですよ。傷つくことはあると思います。…いいえ、精神的に弱ってる人を支えるって事は自分の心も傷つきます。でも、志衣くんの傷を治せるのは貴方だけです。それだけは覚えておいてください」

「はい」

「なら、安心しました。………志衣くんは寝てますけど面会時間はまだあるので、よろしくお願いしますね」

佐川さんは小さくお辞儀をすると、その場を去って行った。

「志衣の傷を治せるのは…俺だけ」

ぎゅっと胸を辺りを握りしめ、その言葉を噛みしめる。

俺が治せるって事は、俺自身も志衣を傷つける刃物になる可能性があるって事だ。薬は身体を治すものでもあるし、壊すものでもあるって事と同じだ。
俺は志衣の薬。治すなら、守るなら、俺は間違えちゃダメなんだ。

「………よし」

ガラっと病室の扉を開ける。ベットには小さく儚い俺の大事な子が眠っていた。ゆっくり近づきながら、佐川さんの言葉を頭の中で反芻する。忘れない様に、間違えない様に。

「俺は負けない。志衣を助けるのは俺なんだから」

柔らかな志衣の髪を梳いながら呟く。願いでもあり独占でもあり。
この願いは家族だから生まれたのか、それとも別の何かから生まれたのか。分かるのは俺だけだった。














薬は治すものでも壊すものでもある。
でも、俺は知ってる。薬を使えば依存してくれる可能性があることを。



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