ただ真っ直ぐにそう思えた。
「広瀬、質問」
「突然なんですか」
志衣のお見舞いから一夜明け、今日は真面目に仕事場に来た俺は、俺の秘書である昨日の志衣の発言について質問しようとした。広瀬は怪訝な顔をしたまま、書類から目を離し俺を見詰めた。
「自分にとって怖い相手が目の前にいるとする」
「はぁ?。というか仕事関係ない質問ですか」
「うん。仕事に関する質問をするって俺、言ってないだろ」
「…………上げ足を取るのは上手いですよね。それで、その相手が目の前に居て、どうするんですか」
一瞬呆れ顔をされたが、俺と付き合いが長い広瀬は俺の発言に対して怒る事もせず、真面目に質問に答えようとする。俺は意外と優しい広瀬の態度が好きだ。まぁ、雰囲気自体はめんどくさいですねっていう感情が漏れてるけど。
「あー、んで、その怖い相手に話しかけられた時、普通視線が下がるだろ?」
「……まぁ、全員が全員そうとは限りませんけど、相手の顔は見ませんね、私なら」
「だろ?。なのに怖い相手の目はじっと見ながら、怯えながら応える理由は何だと思う?。ずっと考えてるんだけど、全然思い付かなくて」
「貴方自身怖いと思う人がいないから、共感できずに思いつかないだけなんじゃないですか」
白い目で見られ、笑って誤魔化した。
確かに俺は怖いなって思う人や恐れてる人はいない。言葉が通じるなら会話して何とかなるだろうし、ならない場合は物理的力や社会的な力で黙らせるだけだ。伊達に大きなIT会社の社長を務めてないし、自分の判断一つで俺の下で働く部下たちの人生が変わると言う責任を負っていない。技量やカリスマ性が必要だが、精神的に強くないとやっていけない仕事だと母さんは言っていた。
「私の考えですけどいいですか?」
「どんな考えでもいいよ。煮詰まってるからね」
広瀬は小さく息を吐いた。
「多分ですけど、見てないと何かされるんじゃないかって思うからじゃないですか」
「何か?」
「えぇ。殴られたりとか暴力をふられるんじゃないかって。目を見てれば自然と上半身は目に入りますよね。なら、手が上がったら素早く身構えられたり出来るから、自分を怖い相手から守る為……だと思います」
「…………なるほど」
広瀬の話は胸をすっと流れた。妙に納得した。
志衣は怖いから見てないとって言った。そして志衣は、男若しくは人、そして暴力を恐れていた。広瀬のいう事は全て志衣に当てはまった。
「社長、私からも質問していいですか」
「あ、あぁ、何?」
広瀬の言葉を反芻していたら、質問された。なんだ、仕事はいつ終わりますかって内容だったら、嫌になりそうだ。と、考えていたが、広瀬が質問して来た内容は俺の考えた内容と全く違うことだった。
「社長が質問して来た内容の人って噂の弟さんですか」
「……………よく分かったね」
噂と何か、酷く気になるが取りあえず質問には答える。広瀬はそうですかと小さく呟いた。噂って何と声に出すよりも早く広瀬は再び喋りだした。
「何も関係ない私が言うのは何ですが、弟さん、勇気がある人ですね」
「え」
「お兄さんは思わないんですか?」
広瀬は疑わし気に俺を見詰めた。
「そんなことないよ。怖い相手を見てられるのは勇気が要る事だし、逃げ出さない、強くて勇気のある弟だよ」
広瀬はゆっくり笑うと、再び書類に目を移した。
あぁ、志衣に会いたい。
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