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林檎色
「志衣、機嫌直してよ…?」
「……悪く、な、いもん」
「じゃあ、何でこっち見てくれないのさ」
屋台からそう離れてない所に満開の桜を見ることができるベンチに腰を下ろすが、俺の膝の上に座る志衣はどこか不機嫌だ。…不機嫌と言うよりも落ち込んでいるってのが正しいのかもしれないけど、当のご本人は機嫌は悪くないと言う。そのくせ目線は下を向いてるのだから、全然説得力がない。さっきまであんなに興奮していたのに。
何か志衣を落ち込ませることしたかなと、ぐるりと俺がやってたことを思い出すが、特に思いつかない。甘いモノ食べたら少しは元気になるかなと、りんご飴の封を開ける。
「はい、志衣。りんご飴だよ。食べる?」
「…………た、べる」
長い沈黙の後の答え。よかった、いらないと言われたらどうしようかと思った。
志衣はカリカリと飴が固まったところを齧っていたが、まるでリスみたいだ。
「美味しい?」
小さく頷く志衣の反応を見て、ほっと一息。りんごは好きだから気に入ってくれるといいけど。そして、機嫌も良くなるといいけどと思いながら、志衣の髪を撫でる。柔らかな髪を撫でていると、蜂蜜色の中に薄ピンクが一枚交じっていた。
「…………あぁ、桜の花びらか。風で舞った時に髪についちゃったのかな」
「さく、ら…?」
少し顔を上げた志衣に小さく頷き、りんご飴を持っていない手に桜の花びらを落とす。パチパチと数回して、少し驚いてるようだった。
「にぃに」
「うん?どうしたの?」
「はな、び、ら…おちて、ない?」
「そうだね。落ちる前に志衣の髪がキャッチしてるからまだ………あ、志衣、お願い事しなよ。落ちてない花びらをキャッチできたら叶うんだろ?」
そうだ、さっき志衣が桜の花びらのおまじないの話をしていたんだ。あの時は自分が取ってないからと俺に返されたが、今度はちゃんと志衣が捕まえている。例え髪の毛に絡まっていただけだとしても問題ないだろ。というか、志衣のお願い事は俺が叶えるのだから全くもって問題ない。
志衣は何を願うんだろうと、一言一句聞き逃すまいと耳を澄ますが、志衣は桜の花びらをきゅっと握りしめると再びりんご飴を舐めだした。
「えっと、志衣?。お願い事は?」
「し、たよ?」
と、飴を舐めながら首を傾げる志衣は最高に可愛かったが、それどころじゃない。まさかさっき花びらを握った時、心の中で願ったいうことか。
「し、志衣。そのお願い事にぃにに教えてくれたりするかな…?」
「…………だ、め。おしえた、ら、かなわない、て、かいて、あ、た。ごめんな、さ、い」
「いや、いいんだよ!志衣。だから、落ち込まないで、ね?。よしよし」
再び俯いてしまった志衣の髪を撫でるが、俺も落ち込んでいる。確かにお願い事を誰かに言ったら叶わないと言うけど、にぃににくらい教えてよとか、律儀に守っていてやっぱり可愛いとか色んな感情でグチャグチャだ。願ったのに叶わなかったら、志衣落ち込むよな。それだけは避けたいのに、どうしよう……。志衣が悲しむのだけはどうしても避けたいのに、分からない俺はどうしようもできない。物凄く歯がゆくて、ぎりっと唇を噛みしめる。
そしたら、
「にぃに、いた、い」
温かい手が俺の頬を包んだ。何も痛い事されてないのに痛そうな顔をしてるのは志衣で、どうしようもなく悲しくなる。こんな顔させたくないのにさせてしまった。
「ごめん、志衣」
「ぅ?。…泣かない、で」
志衣の顔が近くなったと思ったら、瞼を温かい何かで舐められた。それは志衣の舌だと直ぐに分かったが、何がなんだか分からなくて滲んでた涙は引っ込んでしまった。涙なんか流れてないのにぺろぺろと慰めてくれてるみたいに舐めてくる。段々とくすぐったくなって笑いが漏れる。
「わら、た」
「くすぐったいよ、志衣。でも、ありがとう」
志衣は小さく首を振って、はいと大事そうに握るりんご飴を俺の口元に当ててきた。これは食べてってことかな。志衣が舐めてたことで薄くなっていた飴の壁に歯を立て噛みつく。そしたら、甘いりんごの味。
「い、しょ……できた」
「ん?。…あぁ、りんご飴一緒に食べれたね。美味しかったよ」
そう言えば、桜を見た時と…それ以上に輝いた笑顔を見せてくれた。その柔らかな笑顔につられて俺も笑ってた。あーあ、幸せだなって。
*
「にぃに、おねが、い…かなったよ」
「え!?」
志衣を抱っこしながら、桜並木を通りながら帰っていると突然志衣はそんなこと言い出した。え、何時の間に??。もしかしてりんご飴をもう一個買えたこと?。志衣が気に入ってるみたいだからもう一つ買いに行ってしまったけど、それくらいだったらにぃにに言ってよ、沢山買って来るから!!と、頭の中をぐるぐるしたが
「いっしょに、りんご、あ、め……たべ、れ、た」
「……俺とりんご飴食べることがお願い事だったの?」
「に、に…たべな、い……だか、らおねがい、し、たの」
そう言えば、一番最初にりんご飴を買った時、志衣はりんご飴を食べたことあるかって聞いてきた。あの時はないって答えたから、俺はりんご飴を食べないと思ったのか。確かに甘いモノは志衣と暮らすようになってから食べる様になったけど、独り暮らしの時は好き好んで食べなかった。……もしかして、俺がりんご飴を食べないってわかったから、志衣は落ち込んだのか……?。
でも、落ち込んだ理由とかより
「志衣。俺、志衣とりんご飴を食べれてよかったよ。また一緒に食べてくれる?」
志衣は大きく頷くと
「…約、束」
「うん、約束」
抱っこしてるせいで指を絡めることは出来ないけど、お互いのおでこはコツンと合わせる。蜂蜜を溶かした甘い瞳。志衣が持つりんご飴の様に紅く色づく頬。全てが愛しくて。
指切げんまんの代わりにぷっくりと小さく俺を誘う唇にキスをした。
志衣はりんごの味がした。
end
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